6、拠り所
アリシア視点に戻ります
何となく、気持的にも物理的な面でも遠い所に行きたかった。心温まる何かを求めていた。
なので大陸の東側の1番端にあるトレドと言う街にやって来た。
アーレン王国から1番離れていて、ちょっとみんなで探検に行ったことのある街だ。この辺りは個々の街が自治をしていて大きな国と言う単位はない。どちらかと言うと集落に近いかもしれない。自給自足をしつつ余った農作物や手仕事で外貨を得ている民族だ。
この街には、お忍びで来た時にとてもお世話になってしまった。私達も手伝える事は沢山したが、皆が温かく、かなり義理堅い人達だったので、民族料理や芸を披露してもらった。
ここの民族料理は、アーレン王国では考えられないくらい味が豊かで何を食べても飽きないのが嬉しい。
そう!ここに来た理由はズバリ食だ! 食べ物だ!!
失恋を癒すのは、食い気だろう!! 考えれば考えるほど悲しいのでとにかく今は食べるしか無い!!
無心に食べようと思って来た。
ちゃんとお金は払うし、空間魔法の中には食料も入っているし大丈夫なはず。食材を提供しつつ料理を頼もうとこの街で以前お世話になったミサトさんの家に向かった。
この街は主に農業を生業にすぐそばには森もあるので狩猟もしている。土地も豊富にあるので家は平家が殆どであり、稀に屋根裏部屋がある程度で、高い建物が何もないので、とても見晴らしがいい。見ているだけでも開放感が凄い。私は自由にしてると実感できた。
ミサトさんの家は森の近くにあり、庭に卵用の鳥を買っているのが目印だ。ちょっとした薬も扱っていることもあり森の薬草を取りに行く事もある為今の立地に家を建てたとか。
建てたと言っても、木を主材料として、土壁で塗り固めた簡素な小屋とも言える。中で火を起こしても大丈夫な様に煙突が出ていた。煙だ出ているので多分在宅してるだろう。
アーレン王国よりも日入りが遅いので今は夕方だ。夕ご飯の支度をしているのかもしれない。
私は簡素な扉をノックして、声を出す。
小さな小屋なのでこれで誰か来たか分かるはずだ。
「お久しぶりです。アリシアです!!」
私が元気よく挨拶すると、ガチャガチャと作業をした後にパタパタと軽い足取りの音が聞こえて来た。やはり在宅していたらしく、ガチャリと扉が開いた。
「きゃー!! アリシア!! 来てくれたの??
2ヶ月ぶり? 最近こないからどうしたのかと思ったわ!!
うれし〜!! ふふふ。この時間に来たって事はご飯目当てでしょう?? さぁさぁ上がって!!」
扉が開いた後、私が何かを言い出す前に全てお見通しだった様だ。いつもの元気なミサトさんに思わず笑みが溢れた。
「急に来てすみません。ふふ。
そうなのです。私、ミサトさんのご飯目当て出来ちゃいました。食材もありますし、手伝いますので、夕食ご一緒しても良いですか?」
「あらあら、貴方が持ってくる食材は新鮮だからね!
腕がなるわ! じゃぁ沢山作っちゃいましょう。今日も沢山食べるんでしょう??」
ニヤリと全てをわかっている様な目で見られるとなんだが恥ずかしい。
……実は落ち込んだ時に、ミサトさんの家に来るのは初めてでは無い。
何かあった時……苦しい時、悲しい時、甘えたい時、仕事で失敗した時……成人してすぐの頃、何度もお世話になっていた。ここ2ヶ月は忙しくて来れなかったけれど。
私は成人して社会に出る様になってから、自分は社会不適合なんじゃ無いかくらいいっぱい怒られた。
学生気分が抜けてない訳ではないが、どうしても自分が思ったままの事を、そのまま実行してしまう癖が抜けてない。
自分がこうした方がいいと思ったら手が勝手に動いているのだ。
けれどそれは社会のルールや元々ある規則には反している事で……。どんなに自分のした事が結果良くても、ルールや順序を無視したやり方は周りに迷惑をかけると言うのをいやと言うほど思い知らされた。
その度に落ち込んだ。その時に食べるミサトさんの料理は何故か心からあったまるのたがら不思議だ。ミサトさんの人柄もあるのだろう。黒い髪に赤茶色の目をしたミサトさんは、おおらかでニコニコした肝っ玉母さんだ。ご子息さん達はもう成人しているので、別の家に住んでいるが、この家のあったかさはなくならない。
「ははは。勿論です。今日もお世話になります」
私は首肯して扉を潜る。
中も木の柱が何本があり、いくつかの部屋に別れて扉が四つほど見える。ここでは玄関で靴を脱ぐのが礼儀なので、靴を脱いで小上がりに上がった。
この街では男性は成人すると家を新しく構えるのが慣わしだから家にはミサトさんだけだ。けれど息子さん達は近くにいるので生活自体は変わらないらしい。忙しそうな時は夕食のお裾分けをすると言っていたなぁと思い出した。詳しい事は知らないが旦那さんはいないみたいだ。
私はキッチンに向かい食材を取り出す。
そうしているうちにミサトさんも戻って来た。
「アリシアがいるなら、今日は豚の角煮とザンギも追加しようかしら、タルタルも好きよね? 玉ねぎの微塵切りお願いできる?」
「勿論です!!」
主に調理はミサトさんだけれど、玉ねぎをみじん切りにするのは風魔法でシュパシュパすれば良いだけだし、鍋に魔法で圧力を加えてお肉や魚をほろほろにするのはお手のものだ。魔力操作においては1番だと怖い教官もそれだけは感心と言うか誉めてたっけ?
ザンギと言うのはおっきい唐揚げだ。揚げ物よ!!
ニンニクと生姜の効いた味がミサトさんお手製の味で美味しい。
これをそのまま食べても良いし、トッピングしたりする。
私は子供なのか辛いのは苦手なので、唐辛子は私の分にはいれない。その分タルタルソースと呼ばれる美味しいソースをつけるのだ。餡掛けも捨てがたいがここに来てタルタルを知ってしまってからはタルタル一択になってしまった。勿論そのまま食べても美味しい!!
包丁を使うやり方とは違うけど玉ねぎのみじん切りは得意だ。いつもは涙一つ出なくてスパッと切っていたのに何故か今日の玉ねぎは涙が止まらなかった。
ミサトさんにご飯ができたら呼ぶから、今日は部屋でゆっくり休みなさいと言われて、キッチンを後にする。
部屋は四つに分かれていて、キッチンとミサトさんの部屋、薬品を扱う部屋に昔息子さんが住んでいた部屋だ。
息子さんが住んでいた部屋は、今は内装も変わり女の子の部屋になっている。
私がよく来るのでミサトさんが女の子の部屋に改装してしまったのだ。その時は恐縮してしまったが、この街では、成人した子供が夜家に来る事は無いから良いのだと笑って言ってくれた。
けれど息子さん達の思い出を壊してしまったのでは無いかと心配したが、ミサトさんは『過去より現在や未来の方が大事、そっちをみてる方がワクワクするでしょ?』と言う前しか向いてない人なのでお言葉に甘えることにした。
女の子の部屋と言っても、落ち着いた緑のリーフやタペストリーが飾られていたり、絨毯やカーテンが可愛らしい花柄に変わっているくらいで、シンプルな作りだ。
ベッドも可愛らしい木製の木彫りが少しあるくらいで薄いグリーンのシーツがかけられている。私はそこにぽすんとダイブした。
何故涙が出て来たのだろう……?
わからない……。とにかくいっぱいいっぱいで、今は何も考えたくなかった。