番外編 前編 sideバネッサ
本編では、アリシアが記憶を失った後、ラルフは師匠になり文通相手となりました。
魔法の国なのに文通かぁ……と思いますが、ラルフが意図的に使えなくしている。声を聞くと溢れ出しそうな思いがあったからだと思います。
バネッサは納得いかずにある提案をします。
29話のバネッサとラルフの続きの話。
「ひっ、ひとばしら!?」
お母様が、アーレン王国へ旅立った後、今後のこの世界で起こるであろう事柄を聞いた。祖父……父、お父様。う〜ん。お父様っぽく無い。もう父さんと呼ぼう。父さんの話を聞いて愕然とする。
近い将来、小説通りにいけば、母様は人柱になると聞かされた。
いやいやいや、おかしいだろう。私の母様を何故そんな火山のマグマに突っ込む様な事を後押しする!?
まずはそのお説教からだった。
「たとえ、真実を話してもアリシアは行ったよ。俺はずっとアリシアを見てたんだ。アリシアがどんな結論を出すかはわかってる」
父さんは今にも泣きそうな顔をする癖に、見守るしかない様な言い方!!
結果は変わらなくても、何も知らされずに最後の別れになったお母様の事を考えると心が痛む。
私だって最後の挨拶できてないし!!
やっぱり父さんは人の機微に疎すぎる。
思わず私は父さんを睨んだ。
「もっもちろん!! アリシアを人柱なんかにさせないよ!!
その為の対策はしてるから!!」
私の睨みに恐れをなしたのか、途端に慌て焦り言い訳を始めた。
お母様を人柱にさせないための魔道具を持たせた。
その魔道具を使えば、お母様は結界に取り込まれる事なく安定化が可能だとか。
ただアーレン王国を覆う結界の不安定を埋めるために常に側にいる必要がある為、お母様はアーレン王国を離れる事が出来なくなったのだ。
そう、父さんがここを離れられないと同じ様に。
つまりは父さんとお母様はもう会う事は無いのだ。
それならばと、父さんはお母様の記憶から父さんに関する記憶も消してしまったらしい。人の『想い』は魔力を安定させる上で重要な役割を果たすらしくちょうど良かった、と言いやがる父さんに怒りが湧く。
父さんの記憶を消すと言うことは私の事も忘れてしまったと言うことだ。
怒り、喪失感、寂しさ……いろんな『想い』がごちゃ混ぜになる。私の魔力がぶわりと膨らむ気がした……。
父さんが私を見て驚愕しているのがわかるが今はそんな事を気にしている場合では無い。
「父さん……いやクソ親父は、なんて事をしてくれたんだ。
会えないから、辛い思いをさせるなら、記憶を消す!?
ふざけるな!! 人の気持ちをなんだと思ったいるんだ!」
何故か赤ちゃん言葉ではなく滑らかに口が動いた。
「で、でもアリシアには辛い想いはして欲しくなくて……」
「お母様がそうしてくれと言ったのか?」
「いっいや……そうじゃ無いけれど……」
「なら勝手に決めるな!!」
私はまず、その事からクソ親父に説教しなければならなかった。私が懇切丁寧に説明していくと父さんの顔が青ざめていく。本当に父さんは勝手だ。辛くたって無くしたくない気持ちはある。人の記憶を同意もなしに消そうとするなんて。
今すぐ連絡を取り、魔道具を改良しようとした。
けれど、後一歩遅く魔道具は発動してお母様の記憶は結界の中に取り込まれてしまった。そうなっては取り戻す事は難しいらしい……。
「ごめん」
しょんぼりする父さんが目の前にいる。
反省したところで今更過ぎた事は変えられない。
……もうお母様に私の記憶は無い。私がアーレン王国に行ける様になったとしても、お母様はお母様ではなくなってしまっている。
なんとも複雑な感情が芽生える。
忘れられてしまった絶望感と寂しさはある。
母親という存在を初めて知って……ちょっとぶっ飛んだお母様だったけれど私にとって大切な存在だった。
それでも私の知っているお母様はいない。私には今世も前世も母親と言う存在には縁が遠い様だ。
前世の事もあってか、何故か諦めも早い。
それは仕方ない。と思おう。
けれど、それよりも心配なのは正輝の事だ。
父さんとお母様はもう会う事は無い。じゃあ正輝はどうなるの?
女神様に姉弟として生まれ変わる事をお願いした。けれどこのままだと、物理的に子供が生まれる可能性はゼロだ。
父さんの様子を見るからに、新たな女性と添い遂げる事は無い気がするし……。
このままだと、正輝も前世の母も転生できない。
なら、生まれる可能性があるのはお母様の方だ。お母様だって記憶があれば、独身を貫くかもしれないが、今のお母様は記憶がない。それも父さんに関する記憶は全てないのだから、新たな恋をするかもしれない。
すごく身勝手な考え方で自分に嫌気がさすけれど、お母様には是非子供を生んで欲しい。それには記憶がなくなったのは僥倖と言えるのだろう。
私も正輝も過去に折り合いを着けるために、前を向く為に今回の事は……母様から記憶が無くなったことは仕方なかったのだと……そう折り合いをつけることにした。
このままじゃ、私は正輝には会えない訳で……。私と一緒に転生する予定だった正輝が心配する可能性もある。
今すぐ正輝が生まれる可能性は低いけれど何かしら対策をしておく必要はあった。
どうにか連絡を取る方法を考えないと。
◇◇◇
「とりあえずお母様と連絡が取れる様にして……」
「えぇっと……それは……そおっとしておいた方が良いんじゃ無いかな?」
「出来るか、出来ないかを聞いてるの」
「…………」
父さんが何故かしどろもどろになりながら否定の言葉を紡ぐ。こういう時、後ろめたい事があるからだ。
多分、連絡を取る手段はあるのだと思う。ただ父さんは直接お母様と連絡をとるのは避けたいのだろう。お母様の事になると急にポンコツになる父さんだ。ボロが出るのは目に見えている。
それに、記憶を失ったお母様は、すぐに再婚が決まった様だ。
どうやら幼馴染の令息らしい。
確かに父さんからしたら、父さんが連絡を取ることはその令息には悪いことなのだろう。けれどこちらにも譲れないものがある。
父さんが乗り気では無いことを他所に、私はその令息と連絡を取り、話し合いをした。
私が、お母様の娘だと名乗らない事を条件に連絡をとることは渋々認めてくれた。これからは師匠の娘としての立ち位置となる。心配性の令息は私に雁字搦めの魔法契約をしてきたが、甘んじて受け入れる。
令息……ダグラス様のお母様への愛は結構重たくて驚いた。とにかく記憶を失ったお母さんの憂いは少しでも取り除きたいらしい。はじめにお母様ではなくてダグラス様に連絡をとったのは最善だったと今更ながらに思った。お母様に直接話をしようとすれば握りつぶされていたかもしれない。
それでも無表情の割に人情味のある方らしく私の突拍子も無い話にも耳を傾けてくれた。
◇◇◇
最初の連絡は文通をしていたが、父さんを説得して通信ピアスでも連絡を取れる様にした。やっぱり通信ピアスでも連絡を取れたらしい。
勿論、ダグラス様が父さんとお母様を直接話す様にする訳もなく……。
基本的にピアスはダグラス様預かりで、必要時のみとなった。
ダグラス様の魔法契約で制約もかなり、お母様には娘とは言えないけれど、それでも全く繋がりが切れたわけではない。それは私にとって細い繋がりであったとしても意味のあるものだった。
もう一つ正輝の話をして番外編も完結です。
ラルフがポンコツになるのはバネッサの時もなのですが、バネッサは気づいてません。ラルフは妻と娘に弱いのです。




