36、虛空
8/2より毎日投稿中。
ご注意下さい。
結界管理室でのクリードの役目はかなり大変な様だ。重要機密なので詳しくは言ってくれていないが、結界の維持管理はかなり難しい状態にあるらしい。その不安定がローザに飛び火してしまっている様だ。なのでいつ何が起こっても良い様に私がそばに居ることが必須だ。
結界の不安定がなくならない限り私はアーレン王国から離れならない。不安定な状態を解消するには王族の人数を増やす事だ。王族がそんなにすぐに増えるはずもなく……。
思っても見ないうちに私の人生が変わってしまった。
アーレン王国に来てたった数日で、今後の未来が……アーレン王国から出られない事が決定したのだ。
ローザ達の結婚式前に、一度ラルフとバネッサ達に会いに行く予定だったのに、それも叶わなくなってしまった。
トレドの街にも行きたかったな。
なんと言うかあっけない。
「本来ならこんな筈じゃ……もっと後な筈で……」
とローザは青ざめていた。クリードはそれを慰めつつ、沈痛な表情を私に向けている。
ダグラスもどうにかならないかと難しい表情で考え事をしていた。
ローザは『私がちゃんとコントロールできるようになるわ。だから、私達の事はいいから、今からでも帰ってくれて良い』と、言っていたが、そう言うわけにはいかない。
ローザは今まで以上に無理をするだろう。
ローザを犠牲にして、自分だけのうのうと幸せに暮らす……なんてお花畑の頭は流石にしていない。
ローザには何も恩返し出来ていない。
…………
私が3歳くらいの頃、お母様が亡くなった。
お母様は私を産んでから産後の肥立があまり良くなく、日に日に弱っていた。
それをお父様は私のせいにした。
原因と言われればそうかもしれないが、それは決して子供のせいではない。子供の責任にする事自体おかしな話だ。
お父様とお母様が仲が良かったかはわからない。
話を聞く限りとても微妙な関係だったみたいだ。
けれどお父様はお母様を盲目的に愛していたのは確かだ。
お母様が亡くなった時、お父様の怒りは私に向いた。
お母様が、体調が悪い中でも最後まで私にかけてくれていた保護魔法を壊してしまうくらいに。
幼かったにもかかわらず、お父様の怒りに満ちた形相は忘れられない。
魔力暴走の通報を受けた警備隊により、何とか総出でお父様の怒りを鎮めたらしい。それ以降お父様は屋敷に顔を出さなくなった。
魔法使いの子供にとっての親からの保護魔法はとても重要だ。
保護魔法には二つの意味がある。子供を外敵から守る為と子供の魔力を調整して魔力暴走を起こさないための魔法だ。
私はお父様の魔力暴走より、保護魔法を失いとても不安定な状態だった。
誰かが保護魔法をかけてくれれば良いが、お父様の怒りが強すぎたのか、誰もかけることはできなかった。
屋敷には防犯の魔法はあるが完全ではない。お父様が帰ってこなくなり、メンテナンスが無くなり、所々穴が出てきていた。
高位の魔法使いの子供は、外国で高く売れる。
主人のいない屋敷は、犯罪者にとって格好のターゲットだった。夜は常に刺客に怯えていた。
それから自身を守るために、何も知らない魔法を発動できたのは、必要に迫られたから。理論なんてわからない。けれどやらなければ酷い目に遭うのは幼い自分でもわかった。
勿論魔力暴走も度々起こる。
ふらふらになりながらも生きる為には仕方なかった。
魔力暴走を起こすのは子供に負担がかかる。
そこで白羽の矢が立ったのが、教育係のダーナだった。
彼女は私の魔力暴走を起こさない様にするために、言葉ではなく体で覚えさせようとした。
3歳児に言葉で言っても通じないと思ったのだろう。
酷い話だ。勿論私は抵抗した。それでも子供の体力は贖えないもので……。
鞭を手にしたダーナは今も覚えていて恐怖でしかない。鞭を振るわれそうになっていた所で、身を挺して助けてくれたのがローザだった。今でもパチンとローザの背中に打たれた鞭の音は耳に残っている。
本来私が受けるはずだった鞭の痛みでローザの顔が歪む。
ローザだってあの頃はまだ幼い少女だったのに。
それなのにローザが『遅くなって、ごめんね』と謝ったのが印象的だった。
私は王城で保護される事になり、ローザが保護の印を結んでくれた。血縁者でもなんでもない少女のローザが、お父様からの怒りの印がある私に、保護の印を結べる事は奇跡に近かった。子供に対する保護の印は心から愛しむ気持ちがないと結べないからだ。
私にとってローザがお姉様であり第二のお母様だ。
…………
ローザを置いて行くなんて、そんな選択肢は初めから無かった。
けれど、ローザのもっと後……と言う言葉が気になって問いただした。もう皆んなに助けられるばかりは嫌だと思った。
私も自分自身のために未来を切り開きたい。
そう願って私はローザに問いただすと、今までの事とこれからの事を説明してくれた。
思っていた通り、ローザ達はずっと私を守ってきてくれたのがわかる。
この世界はある小説に則った世界で、私は断罪される悪役令嬢らしい。
本来とはかなりかけ離れた物語にはなっているが大きなイベントは覆らない事もある。
そしてそれは私が最期に向かうイベントも……。
どうやら、私はこの国を覆う結界の為に人柱になると言う事だった。
そうすることで結界が不安定なのは解消出来るみたいだ。
私にそんなことをさせたくないローザ達は早めにこの国から離れる様にしたかった。あんなに何度も早く帰れと言われたのはその為だった。
いつも皆んなに護られていた私はこれから何が出来る?
色々考えた。私はどうしたいのだろうと。
それを考えているうちに私は一つ気になった。
これはラルフも知っていた事だと。
ねぇラルフ? ラルフは知っていて私を送りだしたの?
ラルフから聞いたとしても私の選択は変わらなかったかもしれない。ううん。変わらなかった。
けれど、私はラルフと話し合いをしたかったと思うよ。
ラルフがあんなに辛そうな顔をしてたのは今ならよく分かる。
私が出す結論は変わらなかったかもしれないけれど、私達にはもっと会話が必要だったんじゃないかな?
ラルフは1人で悩んで1人で答えを出したの?
それが私は辛かった。
私はなんでも相談していたのに……ラルフは悩んでいた事を、辛いことを何も話してくれなかった。
私は結局、守られる存在で対等ではなかったんだね。
それが1番悲しかった。




