30、忠誠と保護の印
少し話は戻って、ラルフとアリシアの会話の続きからです。
ラルフとの話し合いの後、私達は最後の夜を愛しんだ。
人の温もりは温かい……。抱きしめられながら眠る事はこれから当分出来ない。私は心に刻み込むように幸せを味わうのだった。
早朝、陽の光とともに目が覚める。これからの事を考えていたからか早めに目が覚めた。私が身じろぎした事で、ラルフも目が覚めたようだ。
「起こしたかな? ごめんね?」
私の言葉を聞いて、首を振り抱きしめられた。
ラルフも離れ難いと思っていてくれる事に嬉しさを感じる。私もギュッと抱きついた。
……どれくらいそうしていただろう。束の間の幸せを噛み締めていた。
「もう、行った方が良い」
「えっ?」
ラルフの急な話に私が驚いてラルフを見つめると、ラルフはしょんぼりした犬のように目尻を下げた。今から怒られるのがわかっているような感じだ。
「ごめん。ローザの容態は余談を許さない状況なんだ。本人は大丈夫と言っているけれど……。
モニターで監視していたけれど、ローザの生体反応が弱くなっている」
「えぇ?」
ラルフの話を聞いて、驚いたのは仕方ない。そこまで深刻だったなんて知らなかった。ラルフもローザが大変な状況なのは教えてくれていたけれど、命に関わる事なんて……。
私の驚愕の顔を見たのだろう。ラルフは背中を丸め更にしょんぼりした。なんならラルフに犬のような尻尾を下げているのが見えるくらいにしょんぼりしている。
とりあえずラルフの説教は、置いておいて今すぐにでもローザの元に行かないといけない。
私は魔法で直ぐに身支度を済ませた。
ローザの状況を考えて、ラルフ特製のローブを身に纏う。
ラルフの瞳の色と同じ色で織られた布にラルフの髪の色に似た刺繍が施されている。
……すごく独占欲が強いローブだ。ただ、これは防御にも魔力向上にも役立つ優れ物だ。こう言うところもラルフの愛情が垣間見える。
私は嬉しさを噛み締めながら、少し離れた場所にあるバネッサのチャイルドベッドまで行く。今もバネッサはすやすや寝ている。とても気持ち良さそう。これを起こしてまで別れの挨拶をするのは無粋だろう。バネッサなら眠たい目を擦りながら聞いてくれるだろうが、ラルフの話では今回の事はバネッサも了承済み。
一生会えなくなるわけではないし、今は私だけ別れの挨拶をする事にした。バネッサの額にキスをする。そこに想いを込めて、祈りを捧げる。
そうするとバネッサの周りが薄く輝き全体的に膜のようなものが張られる。
これは、昔から伝わる親から子へ贈る保護魔法だ。
親の愛とこの世界の創造神様によって編み出される魔法。
とても強力で子を守ってくれる。
バネッサの成長は著しい。1週間会えないだけでも凄く変わっているだろう。この時期の一年……バネッサは色んなやれることが増えて、すごく成長しているだろう……。それを親として日々見れないのはとても辛いけれど……。人の命には変えられない。それでも時々帰ってくるからね。
「バネッサ……ごめんね……そしてありがとう」
私はもう一度バネッサの額にキスを落とした。
振り返るとラルフはいまだにしょんぼり反省のポーズから動いていなかった。
「ラルフ」
名前を呼ぶと顔が上がる。寂しさと反省と行かないで欲しいと言う気持ちと諦めの気持ち……色んな感情が混ざった顔をしていた。
私はそんな彼に笑顔を返す。しばらく会えない日が続くだろう。それでも私の笑顔を忘れないでいて欲しいと思う。
私は何も言わずに転移した。
私はまずアーレン王国の結界の前にきた。アーレン王国を全体を覆う結界は特殊だ。例え魔法使いであっても、転移での結界の通過はできず徒歩でしか行けない。と言っても魔法使いなら数歩で道が開ける。
この数歩で、入出国の管理をしているのだろう。
ここを通ったら王族の人達には知られてしまうのだ。
まぁ別に今なら帰ってきたことが知られても大丈夫だろう。念の為、魔道具で髪を茶色に変えて今度はローザのいる場所へ転移した。
ローザは私にとってマブダチ兼お姉様だ。王国内にいるのなら魔力のオーラでわかる。ローザの場所など私にとっては朝飯前である。
…………
「いや……魔道具無しに居場所を特定出来るのはアリシア位だから……。
野生並みの嗅覚? 感覚? 怖すぎるような……懐かれているからいいのかしら?」
今にも命が消えてしまいそうなローザを治療して、ローザの意識が戻り最初の一言がこれである。
ちょっと酷い言い草だ。ないちゃうぞ!!
まぁそこには親しみが込められているのでよしとしよう。
ローザにかけられていたのは、保護の印ではなく忠誠の印だった。次代王の側近として上がる際に王家に忠誠を誓うための印だ。
忠誠の印の為、相手に敬意を払う意思が無いと反発してしまうし、本来は次代の王と印を結ぶ為のものなのに6大侯爵家と王家、7つ同時に忠誠を違うなど土台無理な話である。
6大侯爵家は今、一枚岩ではないので忠誠を誓うとなるとそれぞれが反発してしまうのは明らかだ。
私はローザの中の印を忠誠から保護に結び直す。
忠誠と保護の印は、実は結構似ているのだ。
忠誠の印の中には、相手に絶対服従の印とその服従の意に応えるための主人からの保護の印があるのだ。
つまりは絶対服従の印さえ解除すれば、保護の印となる。
つまりいらない部分をぶっ壊せば良いのである。
魔道具と同じで魔法の印も壊すのは得意なので、簡単だった。保護の印は壊さないように注意したよ?
複数の魔法陣を合わせて編んでいる印はとても複雑だ。
まぁ、前も言った様に一つ一つの魔法陣の意味はわかんないけれど、絵のように覚えているから大丈夫!
後、なんて言うか、魔法陣から感じる悪意とそうでない部分の境目がくっきり私には解る。皆にはわからないらしい? こんなにわかりやすく感じるのに理解できないのが謎だ。
ラルフは私なら解除可能と言っていた意味がわかった気がする。ローザも三つまでは自分で解除していたようだ。
厄介なのはガードナー侯爵家の印だ。わかり難くややこしい印にしているが、私はこの印を見慣れているだけにスッと解除する。悪意まみれでゾッとした。
最後に回復魔法とラルフから貰ったポーションを飲ませてローザの治癒は完了だ。
ローザの魔力がかなり減っていたので、魔力移行の腕輪で私からローザに魔力を分けた。
うむ。これで完璧!! と思ったら、ローザが目を覚まして、開口一番が、アレである。
やっぱりひどいーー!!
久々にトレドの町に行きたくなった。
はぁ……。でも今はローザに魔力供給しているし。諦めよう。落ち着いたらトレドの街に行きたいな。研究や子育てでそういえばあれ以来会いに行ってないことに気がついた。我ながら薄情な奴だ。
そんな事を思っていると、ローザが急に真剣な表情になり、その後わたしを愛しむような目で見てきた。
「ふふふ。ごめんね? アリシア……本当にありがとう。正直もうダメだと思ってたから、冗談言っただけ。
本当にアリシアにしか出来ない奇跡なんだからね?
王族の人達でも解除を出来なかったのよ?
クリード……解除出来なくてとても落ち込んでたんだから」
とりあえず治療を優先した為、よく見ていなかったローザの全身状態を再確認してみる。美しい顔は変わらないが、少しやつれていて目にクマも薄らある。手足はもともと華奢だったけれどいまは更に折れそうなほど細い。目に生気はあるけれど、疲れが溜まっているのか今にも眠そうだ。
「そっか……。私こそ知らなくてごめんね。まさかこんな事になってるなんて……」
「良いのよ? 私からラルフに言わないようにお願いしていたのだから。最初はラルフにも内緒にしてたの。だから気づかないのは仕方ないのよ?
結局は頼っちゃったけれど……。アリシアの幸せを壊したくなかったのよ。
こんな状態の私が言うことじゃないけれど、アリシアは早く帰った方がいいわ。私はもう大丈夫」
眠そうなのをグッと堪えて、気丈に振る舞うローザは見ていて痛々しい。私は今度は別の意味で泣きそうになった。
「こんなローザを置いて行けないよ。今だって魔道具で魔力供給してるのよ? 魔力枯渇状態だったんだから。数日は魔力供給が必要だから最低でもそこまではここから離れません!!」
私がいつもとは違い真剣に絶対に譲らない意思を示す。いつもはローザに丸め込まれるが今日はそうはいきません!!
「……そっか……。ごめんね」
ローザはそう言うと私の説得を諦めた。そしてうとうとし始める。
「ローザ!!」
焦りを帯びた声と共に勢いよく扉が開いた。その声はとても懐かしい。以前ならとても心が躍ると同時に辛く心が苦しくなる声でもあったはずなのに、今はとても穏やかだ。
これが時間と言う重要な治療だったのだとわかる。
それに……新たな家族が出来たことも大きいのだろう。
私の心は凪いでいた。




