25、ポンコツ親父 side バネッサ
「わたし、そんなこと、いってないよね?」
まだ自分の舌足らずな言動にイライラしつつ、私は目の前にしょんぼり座るラルフ……父を見下しながら文句を言う。家族の寝室で一歳になったばかりの子供に仁王立ちされながら説教される親……。可笑しな縮図である。
そんなにしょんぼりするなら何故そんな嘘をついてまで行かせたのか疑問だ。本当にポンコツ親父には困ったものだ。
自分の誕生日会で、はしゃいだ自覚はあったが早々に眠りこけ、目覚めたのは次の日の朝だった。すごくスッキリした朝であったが、一歳児とは言えこんなに眠るのは初めての事である。何か怪しいと思い、父を問い詰めたら白状した。父は夫婦の話を邪魔されたくないが故に、私のチャイルドベッドに安眠と遮音の魔道具を仕掛けた。
そりゃぐっすり寝ますわ。いつもより快調であるし、なかなか良い魔道具だなと感心つつも、昨晩両親が話し合った内容を聞いたのである。
「ローザ様の体調はかなり悪かった。体調を整える魔道具を作成する事も考えたけれど、それよりもアリシアが直接行く方が的確で早い……。元々、王太子殿下の結婚式までにはアリシアはアーレン王国に戻るつもりだった。それが少し早まっただけだよ」
明らかに落ち込んでいる声音だ。まるで自分に言い聞かせるように私に話している。そうしなければ泣いてしまうのではないかと、不安定な父を見て、怒るつもりが毒気をぬかされた。そんなに落ち込むなら何故、母を行かせた!?
ローザ様の事は確かに心配だが、もう少しやりようがあったのではないかと思ってしまう。それに、私も母に行くよう望んでいると嘘をついたと言う。私はローザ様の状況を今初めて聞きましたよ? 父に相談なんかされてません!! 早く行くべきとも勿論言ってません!! 話し合いなどしておらぬ!!
「ローザ様の事を聞いたら、きっと悩むと思ったんだ。ローザ様も心配だろうけど、バネッサの事を気にかけるだろうって……。ローザ様とバネッサとの間で、思い悩むアリシアを見たくなかったんだ」
「はいはい。かあさま、だいいちしゅぎのとうさまのいけんはわかりました。それで? そこにわたしのいしはないの?
わたし、まだいっさいになったばかりなのに」
私は半分呆れつつも、これだけは言わないといけないと思い言葉を紡いだ。私はまだ一歳、普通なら成長と共に記憶は忘れ去られる年でもある。そんな小さな子を残して、母が負い目を感じないように嘘まで付いて後押しするとはどうなのかと思う。
「ごめん。全部、自分の責任です。わかっていて子供を作ったのは、本当に申し訳ない事をしたと思っている。ただ俺はいなくならないし、今度こそは一所懸命に養育するつもりだ。アリシアの事は1番だけれど、その次に大事なのはバネッサだ。寂しい思いはさせるつもりはない」
しょんぼり正座をして座っていた父は今土下座する勢いで背中を丸めているが、そこには強い意志が感じられ、私と真摯に向き合おうと言う気持ちは伺える。ただ、内容は全く理解できなかった。
「さびしいおもいはさせないって?
かあさまが、いないのにさびしいにきまってるでしょ」
私はまた怒りが込み上げてきた。本当にこの人は仕事は一流な癖に人の機微には疎すぎる。それを知らず知らずにしているから余計タチが悪い。特に一度順列を決めてしまうと、どんな状況でもその人優先になるその悪癖は本当にやめて頂きたい。
「ぅ……それは本当に申し訳ない。これからは俺が父も母も両方する。なんなら仕事も研究も全て辞めて、ずっと一緒にいる。バネッサが大きくなるまでは、働かなくても良いように貯蓄もしてるから大丈夫だ。今までの魔道具のロイヤリティも入ってくるから、保護施設の運営分も勿論賄える」
……そう言う経営的なセンスは今世でも相変わらずだ。父が大丈夫と言うのだから私が成人するまでは施設の経営も問題ないくらい本当に蓄えがあるのだろう。ただ驚いたのはどうやら今世の私の順列は仕事よりだいぶ上らしい。ランクアップしたのだろうか? それは良いものなのか、嬉しいものなのか……微妙だけれど、もう少し嫌味を言いたいと思う。
「とおさまに、どんなにじかんがあっても、おふろとおむつがえはぜったいにいやだ!!」
私の言葉に、父はショックを受けているようだ。
どうやら私が生まれる前に練習はしてたみたいだ。
けれど前世からの腐れ縁である父に世話をしてもらうのは生理的に無理だ。諦めて欲しい。それなら施設の年長者であるリーリエにやってもらいたい。リーリエは器用だしそつなくこなしてくれるだろう。
と言うかこの父は全く学習してないのは、いかがなものかと、更に決定的な言葉を口にすることにした。
「こんせでも、わたしからかあさんをうばうの?」
その一言で、父の顔は真っ青になった。寧ろ何故今までそのことに気づかなかったのか。まぁ前世の事は父が原因とは私が知る事ではないが、大いに反省はして欲しいものだ。
父がようやく状況を理解してくれて何よりである。
私は少し溜飲を下げた。




