16、俺の選択 sideラルフ
上目遣いに見てくるアリシアはとても可愛かった。
元々容姿も整っている上に、今日は寝不足もあり、いつもの強気な態度はなりを顰めとても庇護欲がそそられる。
魔法使いの階級試練から帰って来てすぐ……これはなんの試練なんだ。階級試練は正直結構大変だった。かなりシュミレーションをしていて予定では1日で終わらせる筈だったのに、3日もかかってしまった。まだまだ鍛錬が必要だし、未熟なのを思い知らされた。ただ試練中でも魔道具の魔力移行が正常だったのは大きな収穫だった。
今、目の前にある試練はどうしたら良い?
はやく終わらせるためにかなり無理したので、帰ったらすぐに休むつもりだった。なので全く頭が回らない。
いやわからん。恋愛なんて、今世では魔力レベルのせいで(途中からレベルは隠してたが)全く経験がないし、前世の記憶にだってこんな場面に出くわした事なんてない。
俺には前世の記憶がある。記憶はあるがそんなに役にたつ知識はない。本当に使えない記憶だ。今だってそうだ。前世も今世も俺の恋愛経験は乏しい。前世の俺はモテた事なんてない。
前世、俺は戦後少したった日本に生まれた。実家は田舎で貧乏だったし、中卒で上京し、働き始めた。高度成長期にがむしゃらに働いて、何とか奧さんをもらい、何とか家族を得た。
結婚生活が順風だっだとは言えない。後悔も沢山あったが、最後はしっかり者で心優しい孫に叱咤激励されながら、何とか平均寿命まで生きた。
その記憶の中で、今のような場面はない。
恋愛なんて前世では自分から告白しないとダメだったし、フラれるのが殆どだった。告白なんてされた事ないぞ。
どう言うのが正解なのか? 誰か教えてくれ!!
大体本当にアリシアは俺の事が好きなのか??
まさか? 魔道具を早く完成させてほしくてこんな事を?
そう言えば、前世で恋愛詐欺師の女がこんな風に擦り寄って来て、お金を無心された気が……? その頃の俺は散々痛い目を見たから直ぐに詐欺だと分かったが……。
えっ? アリシアが詐欺??
んなわけ無いだろう。いやいや! 落ち着け俺!
アリシアは婚約破棄するまでは……婚約破棄した後も暫くは王太子が好きだったはずだ。そう言うのは俺でも見ていてわかった。
魔道具の素材を集めて帰って来た時は、もう吹っ切ったように振る舞っていたが、時折考え込んだりしていたから、よくわからない。婚約破棄を宣言してから一年程立っているが……今は俺が好き?
有り得るのか? 女心はわからん。心の準備をくれ!
でも今のアリシアの態度に嘘は見受けられない……と思う。
あっ! もしかしてアリシアは次の2次の治験の心配をしているのか? 2次の治験にはレベルの異なる夫婦に参加してもらい、妊娠出産出来るか確認する必要があるが……。それでアリシアはこんな事を?
俺と夫婦になって2次の治験をするために、告白しているのか?
それがアリシアの為になるなら俺は騙されたって良い。俺は出来うる限りをすると決めている。
なら答えは自ずと出てくる。ただ、アリシアに確認は必要だ。俺は恋愛関係にならなくてもこの魔道具を、完成出来ると言わなければいけない。
「なぁアリシア? そんな風に甘えてくれるのは嬉しいけれど、少し確認させてくれ……気を悪くしたら申し訳ないんだが……」
「何?」
俺がおずおずとアリシアに質問しようとすると、可愛らしく何?と聞いてくる。思わず抱きしめたい衝動にかられるが、今はそれよりも大事なことがある。
俺は意を決して呟いた。
「早く魔道具を完成させてほしくて言ってるんじゃ無いよな?」
「……は?」
寝不足で気怠そうにしていたアリシアの目が、大きく開く。そしていつものように……いや、いつもに増して鋭さが出た。
その表情を見て、あ、さっきの質問は間違いだったと気づく。
アリシアは本気で思ってくれているという事だ。
今の質問は、アリシアの気持ちを疑う事であり、失礼に当たるのは言うまでも無い。
焦りすぎて本質を見誤った。だってアリシアが可愛すぎるのが悪いんだ!! ……何を言ったって、今更言ってしまった事は取り消せない。
あっ……終わったと思った。
だけどアリシアにはまっすぐでいて欲しかったから、もし魔道具の事で焦ってるのであれば、そんな事はして欲しくなかった。アリシアには本当に好きな人と一緒になって欲しいと思っていたから……。が、今の表情を見てわかる。アリシアは本気だったんだ。気持ちを疑ってしまったのは申し訳ない。それくらい俺には信じられない事だったから……。
本当は……俺はアリシアに相応しくない。魔力のレベル的にも、まだアリシアと対等とは言えない。
それよりもアリシアの境遇を考えれば伴侶は強い後ろ盾を必要とするのに俺にはそれが無い。
俺が出来る事は、しがらみが少ないからアリシアを最優先に考えられるだけだ。それすら、成人してからしがらみが増え難しくなっているというのに……。
8歳の時、アリシアを守りたいと決意した俺は、本来の俺を捨てた。元々腐ってた俺だ。
俺はレベルが低いの逆手に取り、馬鹿なフリもしてアリシアの害になりそうな人を炙り出していた。自分より弱い立場の人に対してどんな態度を取るかによってその人の本質がわかるからだ。
俺は魔力も、頭脳も全てを偽り、1番弱い立場の人間に徹した。俺の親父はそれなりの立場の人間だったから、親父のいる前ではあからさまな態度をとる奴はいなかったが、いないところでは本性が顔を出す。特に同年代の令息令嬢は顕著だった。10代にも満たない令息令嬢の態度を見れば親の方針もある程度しれる。
俺はアリシア以外にはどう思われても良かった。
ただアリシアにだけ、俺のこと知ってくれさえいればそれで良かった。いや……アリシアには本来の自分以上によく見せていて、後から困った事が何度かあったなと思ったりもする。アリシアにとって俺は言いたい事をなんでも言い合える頼りになるマブ達兼、魔道具師だ。こんな焦ってる俺は、前面に出してはいけない。今も何とか平静を装ってるつもりだ。本来の俺はこんなに、頼りにならないなんて思われたく無い。それだけはプライドが許さない。
アリシアの鋭さが増した目が涙を浮かべ、ホロりと頬を伝った。俺が傷つけたのは明らかだ。
どうするのが正解かはわからないが、アリシアが本心で告白してくれたのであれば俺も本心で返すべきだと思った。普段は、どうすればアリシアにとって1番円滑に進むかを考えて最適解で話す事に慣れていたが今はそれをしてはいけない事は判る。と言うか恋愛の最適解は俺には全く知識がなかったから、そうするしか出来ないのだが。
大体猪突猛進なアリシアが嘘なんてつくはずないのに……本当に俺はバカだ。
怒りを滲ませながらも、悲しみの方が勝るのかほろほろと涙が流れていくアリシアを見て、もう自分が抑えられなかった。思わずアリシアを抱きしめた……。
「ごめん」
アリシアをギュッと抱きしめながら言葉を紡ぐ。
アリシアを思うならこの手はとっていけないのはわかってる。頭では、俺は相応しくない、離れるべきだと思いつつ、アリシアが手を差し出してくれるのならば、その手をとっても良いのでは無いかと邪心が出る。本来は何も言わずに突き放すのが正解なのに……俺の本心を言えば、最後にアリシアはきっと握り返してくれるのはわかっているから。
先ほど出た謝罪は、アリシアの気持ちを疑ったことへのものなのか……相応しくない俺が手を取ることによって、将来アリシアを悲しませる事になる未来への謝罪なのか……。
ただ、俺自身は今の選択を後悔することはないだろう。
たとえその幸せが長く続かなくても、ほんの少しの間だけでも……俺にとってはこれからの時間が生涯宝物になるは確かのだから……。




