13、過去〜勝負の行方 sideラルフ
俺は賭けはしたけれど、最初は真面目にするつもりはなかった。売り言葉に買い言葉……その時の気まぐれで言っただけで深く考えて了承した訳じゃない。
それなのに、俺は半年の間、毎日欠かさず礼拝堂に通った。
俺の変わりように家族は驚いたが、俺はそれに気づかないふりをした。何かを言って気が変わってはいけないと周囲はそっとしてくれている。それを良いことに、俺は何も言わなかった……。
…………
アリシアと約束した翌日くらいはサボるのもな……と思い礼拝堂に行った。アリシアは既にいて祈りを捧げていた。
礼拝堂に来た俺を見て
「うむ。ちゃんと来てよろしい」
と、アリシアに上から目線で言われてイラっとしたが、隣に並び祈りの為に跪き首をたれた。
どうせ真面目に祈りを捧げているかなんて周りからはわからない。俺は神に祈りを捧げること無く、別の事を考えようとした。
すると、俺が1番会いたくない親父の顔が頭の中に浮かびあがりガミガミといつもの小言を言い始める。真面目に鍛錬しろだの。勉強しろだの。祈りを捧げろだの。とにかく鬱陶しい。
何で親父が出てくるんだよ! と思いながら、意識して別の事を考えようとすると更に大きな声で説教をし始める。
何なんだこれは……思わず目を開けた。
アリシアも俺の異常に気がついたのか目を開けてとても良い笑顔で俺に言った。
「ちゃんと祈ってる??
ちゃんと祈らないと悪夢が続くわよ??
ちゃーんと祈りましょう……ね?」
したり顔でこちらを見ながらコテンと首を傾げる。事情を知らない人から見ればとても可愛らしい態度だろう。が、その態度に、苛立った俺は睨みながら言い返す。
「俺に何をした!」
「ん? 昨日ちゃんと賭けをしたでしょう?」
確かに賭けはしたがこんな嫌がらせがある事は聞いてない。
それに昨日は賭けの話をしただけだ。契約書にサインした訳ではないし、契約魔法等の魔法陣が出た記憶もない。あるとすれば……最後にアリシアから握手を求められただけ……。まさか!?
「握手が魔法契約成立だったのか? 握手で魔法契約が成立するなんて聞いた事ないぞ!
それに俺は了承してない!!」
激怒する俺をサラリとかわしながらいつも通りの口調でアリシアは話し出す。
「う〜ん。確かにあんまりないかも。
でもちゃんと契約内容をお互い口頭で確認して了承したよね??
口頭でも契約魔法は可能だよ! 軽いやつしか出来ないけど。
最後に握手をした時に契りもしたから、ちゃんとした契約になってるよ!!
まぁ、契約を守らないと悪夢と言うか、自分が1番嫌な事が思い浮かぶって言うのは勝手に私が変えたけどさ!
契約を違反したら痛めつけたり、苦しくなったりするより良いでしょう?」
えっへんと、腰に手を当てて「良いことした!」と寧ろ感謝しろとでも言うようにドヤ顔をしているアリシアがいる。
子供の賭けに契約魔法までするなんて、そこがおこしいだろ!! しかも地味に嫌な罰則だ。ずっと親父の顔が頭に浮かぶなんて気が狂う。
俺は頭を抱えた。
契約解除しろと、俺は言ったが、アリシアはのらりくらりと曖昧な返事をして了承しない。
解除コードを入れ忘れてるから無理だの。無理に解除するとずっと悪夢が続くかもとこちらを牽制してくる。
……仕方がない……真面目に祈ればあのクソ親父は出て来ないはずだ。仕方なしにもう一度跪いて胸に手を当て祈りを捧げる。
なんで俺が……とイラっとした瞬間に、親父の顔が浮かんだので慌てて神に祈る。
こうやって誰かに無理強いされるのは不本意だが仕方ない……仕方ない。そう自分によく言い聞かせる。
創造神様どうか俺に力をお与え下さい……。
最初は不本意だったが、一度集中して祈り始めると、何かに引き込まれるような感覚があり、全身に魔力が巡る感じがする。
そうするとゾーンに入るというか祈りを捧げるのが苦じゃなくなった。
心地よい何かに包まれている様な不思議な感覚だ。体が暖かくなり、魔力が溢れてくる感覚がある。
「真剣に祈れば、レベル上げできる」それは実際に体験した感覚だ。
祈りが終わると、膨らんだ魔力が落ち着いてしまうが、ほんの少しだが確実に魔力が、上がっているのは実感できた。
魔力が完全に整った後、目を開けてアリシアを見た。
アリシアは、先程とは違いニッコリ嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「初祈りお疲れ様! そしておめでとう! 創造神様からのご褒美ボーナスだね! 普段はそこまで魔力量は上がらないよ。ふふふ、良かったね!」
アリシアは自分の魔力量が上がった訳でもないのに、とても喜んでくれた。少し歯痒いが、今は素直に受け止めておこうと思う。それくらい今回のことは衝撃的だった。
「ありがとう」
俺のお礼に初めは驚いたアリシアだったが、その後とても優しい笑みを返してくれた。
本気で祈ればレベルが上がる。それは現実だった。じゃあ何故半端者は沢山いる?
俺の疑問にアリシアは、顔を曇らせて教えてくれた。
半端者同士が足を引っ張りあっているのだ。誰かが、レベルが上がればそれを妬みその人のレベルをこれ以上は上げないでくれと懇願する者が現れるのだと……。懇願はしなくても心の中で妬みが生まれる。それが純粋な願いに影を落として神に祈りが届かなくなるらしい。
俺は落ちこぼれだとやる気がないと周囲に知られていたから、誰にも邪魔されずに祈りを捧げた。
俺自身も、変な魔法契約のせいで邪心する事なく純粋に祈りを捧げられた。だから創造神様が応えてくれたと。
目から鱗の情報だ。俺は自分を鑑定した。レベルこそ、そのままだが、魔力量は上がっている。
1日でこれだけ上がれば1ヶ月待たずにレベルが上がるかもしれないと期待がかかる。
それ以降俺は必死に祈った。流石に最初よりも伸びは悪くなったが1ヶ月ほどでレベルが一つ上がった。
周りにはレベルが上がった事は秘密にした。
変な妬みを持たれたくなかったし、アリシアとのこの時間は俺にとってとても心地いいものになっていた。誰にも邪魔されたくなかった。
これは癪だが、祈りが終わると物凄くお腹が減るのは本当だった。初めて祈り、魔力量が上がって喜んだ後、盛大に俺のお腹はなった。喜びが落ち着くと飢餓状態ではないかと思うくらいの腹の空き具合だった。これはオヤツを食べたくなる気持ちもわからなくもない…………。アリシアはニヤリと笑い、魔法空間からドーナツを出してきた。俺の口の前にそのまま持ってくる。本当に本当に不本意だったが、食欲に勝てず、ガブリとドーナツに齧り付いた。今まで食べたドーナツの中で1番の美味しさだった。
半年が過ぎ、賭けの勝敗が決まった。
俺はレベルが2上がったが、アリシアは上がらなかった。
この勝負はアリシアが上がるかどうかだったから、アリシアの負けだ。
この半年、アリシアの真剣な祈りを見て来た。魔力の巡りも俺なんかと比べてもかなり凄かった。なのに祈りが終わるとそれは定着する事なく霧散する……。霧散するのは妨害にあっている可能性が高いらしい。アリシアは思った以上に何かを抱えて、敵も沢山いるのかもしれない。
俺が何も言えないでいると、アリシアは妨害されているのを、気にしてない素振りだった。本心はわからないけれど……。賭けに負けたはずなのにアリシアは嬉しそうに俺に聞いて来た。
「あ〜あ。負けちゃった。まぁラルフのレベルが上がったからよしとしましょう!
さてラルフの望みは何?」
「そんなに妨害されてるのに何で勝ち目のない賭けなんてしたんだよ!!」
アリシアは、キョトンとした後とても嬉しそうにした。
「妨害されてても、少しずつは上がってるのは確かだよ。
少しずつ上がればいつかは目指すレベルまで行くでしょう?まだ私達は8歳なんだから今から諦めるのは早いわよ?
それに、私はラルフがそう思ってくれていたことの方が嬉しいかな。私の事心配してくれたんでしょ?」
「うるせー! 賭けの願い事な! とびきり面倒なやつをお願いするから覚悟しろよ!」
アリシアの返しに俺は居た堪れなくて話を変えた。俺の脅しに、アリシアが困った顔をする。
「私に出来る魔法なら良いんだけど……。私が叶えられないと叶えられるまで契約不成立だから私が悪夢を見るんだよね」
「大丈夫だ! アリシアなら出来る! むしろ、アリシアにしか叶えられない事だ」
「……なに?」
不安気に揺れる瞳は、いつもの強気のアリシアにしては珍しい。きっと自分が悪夢を見ることよりも俺の願いが叶うかどうかの心配をしているのだろう。心配しなくても俺の願いはアリシアにとって簡単な事だ。
「俺の願いは、俺とこれからも一緒に祈る事だ」
今までの俺から言えば考えられないセリフだ。もっと凄い魔法なり金なり貰えたはずだが、それでも今はどうしてもそう言いたかった。めちゃくちゃ恥ずかしかったが……。
本当なら友達になろうと言えれば、良いのだろう。けれど、それではアリシアの願いを叶えてしまう。なので遠回しにこれからも一緒にいようと言ったのだ。どうやらアリシアにもそれは伝わった様だ。
「っ……。ありがとうね。ラルフ……これからもよろしくね。大好きだよ」
俺のくさい台詞にもそう言って、アリシアは屈託のない笑顔を見せてくれた。
勿論アリシアの大好きは友達としてだとはわかっていた。それでも俺は嬉しかった。俺はもうこの時にはアリシアの事を好きになっていたんだ。俺がアリシアを守りたいと誓ったんだ。魔力では敵わなくても、アリシアの為に俺にでも出来る事を水面下で探したのだった。
…………
過去と今を比べてもアリシアの本質は変わっていない。横槍が入っても自分の意見に真っ直ぐで、汚れを知らない。
自分の意見を曲げない時は大抵、他の人の為だ。アリシアの我儘は結局は相手の為なのだ。
そのアリシアのお陰で今の俺があると言っても過言ではない。アリシアが人の為にするなら、俺はアリシアの為に動く。アリシアの苦手な部分を補うのも俺の役目だ。
アリシアは体外への魔法調整は得意なのに、体内の魔力調整は苦手だ。それはある意味で仕方のない事なのだが、アリシアは自分の不調を人に言わない事が多い。
アリシアを体調を診察すると、やはり新しい魔法を使った為に体を巡る魔力がいつもと違い雑然としていて纏まりが悪くなっている。アリシアの手を取り魔力循環の調整をする。興奮している魔力を抑え、循環を整える。これで、次に目覚める時は体調も良くなっているだろう。
「アリシアの為になるなら、アリシア本人だって欺いてやるさ」
俺はアリシアの手に唇を落とし、頭を撫でた。
アリシアが次に目覚めた時には、魔法陣の解析を終わせておこう。そう思い、残りの解析を急ぐ事にした。




