12、過去〜ラルフとの出会い sideアリシア→ラルフ
そんな事を考えていたらいつの間にか寝てしまっていたようだ。ラルフのペンを滑らせる音が耳に入り目を覚ました。
「あれ? 私寝てた?」
「あぁ、まぁあんな新しい魔法作ったんだ。そりゃ眠くもなるだろう。もう少し寝とけ」
新しい魔法を展開したら、思いの外疲れていた様だ。あれは新しい魔法なの? 応用しただけだよ。
ぼーっとしながら周りを見ると、体に薄い毛布をかけてくれていて、頭側には枕代わりのクッションがあった。ラルフの優しさを感じつつ私はもう一眠りした。だって眠いんだもん。実家なら絶対させてもらえない二度寝、しかも昼間、私は嬉しくてすぐに眠りについた。
…………
※ラルフ視点
余程疲れていたのだろう。アリシア直ぐに2度目の眠りについた。
アリシアはさっきの魔術は基本である変質魔術と言っていたが、さっきのは全く違う物だ。
変質魔法はせいぜい元々ある物の色を変えたり、形を変えたりするくらいで、異なる素材を作り出す魔術じゃない。
例えば髪や目の色を変えたり、丸い物を四角にかえたりするようなものだ。
それをアリシアは魔力から属性を超えた別の物質を作り出した。あれば創造魔法だ。創造魔法……果たして今の時代に使える者が何人いるのか? 理論を超越する魔法を次々と生み出すアリシアは、アーレン王国の創設者ラインハルト・アーレンの再来ともいえる。ラインハルトは王位魔法使いの更に上、聖位魔法使いだ。
だがそれを知っているのは俺とあの3人だけだ。アリシア自身ですら気づいていない。あの3人がうまく操作している賜物だろう。アリシアを孤独にさせないように全てはアリシアの為だ。
アリシアとの圧倒的な魔力の違いに寂しさを覚えた。自分がどう頑張ってもアリシアとの魔力差は縮まらない。やはりアリシアは本来なら出会うこともなかったであろう遠い存在なのを思い知らされる。
俺は走らせていたペンを置いて、ソファーへ移動して跪く。
アリシアには野生の感があり、自分に害意のある人が近づくだけで目を覚ます。それは長年実家にいて、自然と身についたというのだから、どんな環境で暮らしていたかは想像にかたくない。
俺がこんな近くに来てもアリシアのセンサーが働かないのは、俺を信用してくれているのか? 俺なんか眼中にないのか? 信用してくれているのならば嬉しいと感じつつも魔術師としても男としても意識されてない事に落胆も覚える。
相手の好意が自分にとっては害悪なる事があるんだとアリシアはまだ知らないのだろうか?
俺はアリシアの頬にかかった髪を優しく耳にかけた。
むにゃむにゃと何かを美味しそうに食べる寝言はきっとお菓子を食べている夢でも見ているんだろう。
俺は思わず笑みが溢れ、アリシアとの出会いを思い出した。
…………
アリシアと初めて出会ったのは8歳の時だ。中央神殿の魔力レベルを上げるための礼拝堂だった。
アリシアは礼拝堂の椅子と椅子の間に隠れて、ぽりぽりと音のなる美味しそうなお菓子を食べていた。
礼拝堂で飲食は厳禁。そう言われた事はないが、当たり前のマナーだろう。コイツは同じくらいの歳なのに馬鹿なのか? そんなことも我慢できない? 第一印象はそんな感じだった。
俺は当時、半端者と呼ばれる魔法使いとはみなされないレベルだった。半端者から魔法使いになれる確率は低い。魔法使いになる為の試練があるからだ。半端者は成人すれば、神殿で一生籠の鳥になる。神殿より外に出ることは許されない。アーレン王国は魔法使いの為の国だから。本来半端者はこの国にはいてはいけない必要ない存在だった。
そんな俺は家庭の事情も相まって腐っていた。家庭環境も自身の出生も何もかもが嫌になってレベル上げなんて糞食らえだと思っていたのに、礼拝堂での祈りだけは毎日強要されていた。
とりあえず逃げるが、見つかれば礼拝堂に放り込まれた。何故ならこの世界での1番効率のいいレベル上げは、礼拝堂で祈る事だからだ。
正直言って馬鹿馬鹿しいと思った。レベルを上げるのが神頼みなんて……。仕方なしに跪いて祈りのポーズはするが、真剣に願う事は無かった。全ての事にやる気がなかった。
そんな中で馬鹿丸出しのアリシアはとても滑稽に見えた。コイツ俺よりもやる気がない……。自分の事は棚に上げて、俺はアリシアを蔑んで見た。
俺にお菓子を食べているところを見つかると、
「こっこれは、その、祈るとどうしてもお腹が減って……」
アリシアは、しどろもどろになりながら言い訳をして来た。
一応、礼拝堂でお菓子を食べるのはダメなのはわかっているのだろう。
「祈るとお腹が減る? もう少しマッシな嘘つけないのか?」
馬鹿にしたように言う俺の言葉に、オドオドした表情は収まり、真剣な目でこちらを見返して来た。
「真剣に祈ればお腹は空きます。あなたこそ、真剣に祈ったことが無いのでは?」
図星をつかれて思わずカッとなる。
「祈るだけでお腹がすく訳がないだろう。馬鹿馬鹿しい」
思わず俺は怒鳴ってしまった。アリシアは怒鳴った事はお構いなしに、魔法空間にお菓子を入れて、口の周りや服についていた食べカスを浄化魔法で綺麗にする。
こんな小さいくせに、サラリと魔法を使いこなしているアリシアに、さらに苛立った。
「お前、そんなに魔法が使えるなら祈りなんて必要ないだろう? 冷やかしか?」
「違います。ちゃんとレベル上げをする為に来ていますのであなたと違ってね?」
そう言ってアリシアは挑戦的な顔でこちらを見て来た。
俺だってレベルが上がるなら上げたい。けど神頼みなんてそんな空想に付き合いたくはなかった。
「俺だってレベル上げたいさ……」
「ならちゃんと祈りなさいよ」
「祈って上がるなら苦労しないだろ?」
「苦労しないなら、やってみれば良いじゃない」
「祈るだけでレベルが上がるなんて信じられるものか!」
「信じないとレベルはいつまで経っても上がらないわよ?」
アリシアとの会話は信じられないものだった。アリシアは創造神がレベル上げをしてくれるのを確信している。そんなんでレベル上がるなら教会に半端者が沢山いるのはおかしいだろう?
「じゃあ何で半端者は生まれるんだ? 中央神殿には多くの半端者がいるのは何故なんだ? 毎日真剣に通ってる奴だっている。それでもレベルが上がらないのは何故なんだ?」
半分以上は八つ当たりで目の前にいるアリシアにぶつけた。
ちゃんとした回答なんて貰えると思ってなかった。ただ苛立ちをアリシアにぶつけただけ。何で自分勝手なんだと自己嫌悪になる。けれどアリシアは少し考えた後、まっすぐ俺を見て言葉を紡いだ。
「半端者が生まれるのはどうしてかは私にもわからない。それでも色々な不運が、重なっただけで創造神様がワザと作り出したものではないのは確かだわ。
創造神様は、半端者の存在を憂いているのは確かなの。だから、真剣に祈れば聞き届けて下さる。貴方なら、中央神殿にちゃんと通って祈り、鍛錬をしていれば必ず魔法使いになれるわ」
アリシアは言い切った。こちらを半端者だからとバカにした態度でもない。真摯な対応だった。それでも捻くれていた俺は思わず思ってもない事を口に出した。
「口では何とでも言える」
俺の言葉にアリシアは真剣に何かを考え、決意したように話始めた。
「そう……。じゃぁ、賭けをしましょう? 半年以内に私のレベルが一つでも上がったら私の勝ち。上がらなかったら私の負け。私が負けたら私のできる範囲で財産でも魔法でも何でも一つしてあげる。こう見えて私そこそこお金だけは持ってるから大丈夫よ? 但し、ラルフも半年間、私と一緒に毎日真剣に祈る。それが条件かな。」
物凄く挑戦的な言い方だった。しかも勝手に名前を呼び捨てにされている。いつの間にか鑑定されていた様だ。俺は出生等を知られたくなくて、人物鑑定に対しての保護魔法だけは必死に習得していた筈なのに、コイツは余裕で乗り越え鑑定したらしい。名前……勝手に呼び捨てにしやがって……きっと年齢や魔力レベルも何でもお見通しなのだろう。
俺の保護魔法をあっさり看破するくらいだ。俺の鑑定レベルではこいつを鑑定するのは無理だろう。けれど俺も悔しくてダメ元でコイツを鑑定してみた。相手は元々予想していたのかワザと鑑定の保護魔法を外していたみたいで、鑑定できた。その余裕も更に苛立ったのは言うまでもない。
有力貴族のご令嬢。アリシア・ガードナー侯爵令嬢。魔力レベルも45と高位魔法使いだ。同じ年齢で、羨ましい程のレベルなのにアリシアはまだレベルを上げたいらしい。俺の鑑定結果を見ても哀れみのような目はしていないが、施しを受けるのはごめんだ。
「その賭けって俺にとってノーリスクのメリットばかりじゃないのか? そんな良すぎる話は信用できない。
アリシアのメリットは?」
「えっ? 毎日真剣に祈るって実は結構大変だと思うよ? 私は貴方にお祈りをして欲しいから、承諾してくれた時点で私の願いは叶えてくれているんだけど……。 じゃあそうね? ……あっ! じゃぁ私が勝ったら私の友達になって? 私の友達って年上ばかりで、同じ歳の友達いないの。ラルフ!」
「あ〜その強気な態度がダメで友達が作れないとか?」
「失礼ね! そうじゃないわよ。まぁ色々あるのよ……」
アリシアはそう言って哀しそうに微笑んだ。何でも持っていそうなお嬢様でも悩みはあるのだろう。少しだけ親近感が沸いたのは内緒だ。俺は賭けに了承して、毎日の祈りの時間を固定した。アリシアは普段から忙しいらしく、早朝のお祈りをする事を約束してその日は終わった。
これがアリシアとの最初の出会いだった。
本来のアリシアの魔力レベルは王族をも超えます。
アリシアは他者には敏感でも、自分自身には鈍感な所があります。




