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連載候補短編

悪役令嬢もふもふカフェ ~人間には嫌われる私の嫁ぎ先は冷徹公爵様でした。勝手に生きろと言われたので動物カフェを作ります。おや、公爵様が仲間に入りたそうにこちらを見ていますよ?~

作者: 日之影ソラ

もう一本新作投稿しました!

タイトルは――


『虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n7215hv/

「フリルヴェール、君との婚約を……破棄させていただく」


 二人きりの部屋の中。

 彼は私から視線をそらしてそう言った。

 私は驚かない。

 表情も変えず、ただじっと見つめる。

 婚約者だった男性のことを。


「……」

「ジルムット公爵とは話がついている。すまないがこれは決定事項だ」

「そうですか。わかりました。短い間でしたが、楽しかったです」

「……?」


 淡々と返す私に、元婚約者は呆気にとられたような表情をする。

 意外だったのだろう。

 私がもっと悲しんだり、取り乱すことを期待したのかもしれない。

 残念ながらそうはならなかった。

 私は呆れながら微笑む。


「どうしたの? まさか、私が悲しみに暮れると思っていたのかしら?」

「あ、いや……」


 もう婚約者でもないんだ。

 変に畏まったり、下手に出る必要もなくなった。

 いつも通りに。


「残念だったわね。慣れっこなのよ、こんなことくらいは」


 そう、慣れている。

 婚約して、破棄される。

 この流れも五回目になると、私の感情は揺さぶられない。

 最初からわかっていたことだ。

 

「二か月……いえ一か月半くらいかしら? むしろよく持ったほうね。前の方なんて二週間で婚約破棄を申し出てきたわ。その中じゃ、あなたは頑張ったほうよ」

「……君は、自覚がないのか? どうして僕が婚約を破棄するのか」

「わかってるわよ? 理由くらい」


 私は話しながら自分の目を指さす。

 ぱっちりとわかりやすく開いて、彼を見つめながら。


「この眼が気に入らないのでしょう? 二人目の元婚約者に聞いたわ」


 私の瞳は瑠璃色をしている。

 珍しい色の瞳だと自分でも理解していた。

 ただ、それだけなんだ。

 色が珍しいだけで、特別な意味も力も宿していない。

 ただの瞳……それを皆が嫌う。


「まるで、自分の心の中を見透かされているようで気持ちが悪い……でしょう?」

「……その通りだ。君を前にすると、どうにも背筋がぞっとする。見られているだけで、心を握りつぶされているような感覚に陥る。正直、こうして対面で話していることもきつい」

「でしょうね。汗がにじみでているわよ」

「……」


 彼は私のことを睨んでいる。

 とても元婚約者に向けるような視線じゃなかった。

 私と関わった人は皆、彼のような顔をする。

 訝しんで、恐れて、一秒でも早く逃げ出したいと表情に漏れている。


「用は済んだのでしょう? 早く出て行ってくれないかしら? ここは私の部屋よ。関係ない人に踏み入ってほしくないわ」

「……そんな態度だから、嫌われるんだぞ」

「あら、忠告してくれるの? 優しいわね。けど不要よ。なんとも思っていない相手に好かれようと、嫌われようと私は何も感じない。あなただって、私のことが好きだから婚約者になったわけじゃないでしょう?」

「……まったくその通りだ。君との婚約を破棄できることに、清々しさすら感じている」


 珍しいことに多少の申し訳なさもあったみたいだ。

 でも、私とのやり取りで罪悪感も消えて、貴族らしい横柄な態度を見せる。

 これでいい。

 私も二度と、彼と関わるつもりはない。

 名前すら思い出す気にもならない。


「それでは失礼する。君にも新しい出会いが待っていることを祈るよ」

「ありがとう。あなたも頑張ってね? 私と違って、あの子は人気者よ?」

「……そうだね。姉妹なのにこうも差があるとは思っていなかった」

「ふっ、私もよ」


 捨て台詞を吐いて扉を勢いよく開閉する。

 元婚約者の男性はいなくなる。

 こうして私は一人になった。

 また……同じように。


「はぁ……」


 椅子に腰かけ、外を見つめる。

 五回目の婚約破棄。

 慣れてしまえばどうってことはない。

 嫌われるのも慣れている。

 今に始まったことじゃない。

 私は……物心ついた時から嫌われていた。

 この瞳の色のせいで。


「心を見透かす? そんなことできたらもっと楽だったわね」


 呆れてしまう。

 彼らが私を嫌う理由は、単純にイメージだ。

 私の瞳が、雰囲気がそうさせる。

 心を覗く力なんて私の眼には宿っていない。

 人の心なんてわかったことがない。

 幾度も悪感情をぶつけられ、裏切られてきた。

 おかげで表情や仕草から、相手の考えを予想することはできるようになった。

 その程度なんだ。

 私には特別な力なんてない。

 彼らにもそう伝えている。

 けど、信じてもらえない。

 本能的な恐怖でもあるのだろうか。

 私を見た人たちは、こぞって同じ反応をする。

 恐ろしい者でも見るみたいに眉を顰め、自然に足が後ろへと向く。

 小さいころからずっと、私は人間に嫌われてきた。

 それでも婚約の話が続けてくるのは、私がジルムット家の長女だからだろう。


 王国に属する貴族の中でも古株で、王族に追随する権力、地位を持っている私の家と懇意にすることで、自分たちの地位を確かなものにする。

 そのために長女である私との婚約は美味しい話だった。

 加えて私は嫌われ者で、競争率は低い。

 所詮は政治的な道具、愛のない婚約だ。

 適当に相手をして、地位と権力だけ手に入れられたらそれでいい。

 私と婚約した五人の貴族たちは、皆そういう考えだっただろう。

 ただ、彼らは耐えられなかった。

 私と対面し、会話し、共に時間を過ごすことに。

 耐えかねて婚約破棄を言い渡す。

 平均して一月くらいが限界のようだ。

 

「そんなに怖いかしら? 私の眼は」


 鏡に向かって問いかける。

 別段、自分で見ても恐怖は感じない。

 ただの瑠璃色の眼だ。

 他人は先入観があっていけない。

 私は心が読めるなんて噂もあって、関わりのない人間にすら怖がられている。

 人間であれば誰でも、私のことを嫌うのだろう。

 両親……肉親でさえそうなのだから。


「みゃあ~」

「ん? ああ、ごめんなさい。もう出てきていいわよ」


 ベッドの下から二匹の猫が顔を出す。

 白い毛並みの猫と、虎の猫。

 二匹は私の足元にすり寄って、甘えて声で鳴く。


「みゃー」

「マーオ」

「わかってるわ。ご飯の時間ね」


 ちょうどお昼過ぎ。

 二匹にご飯をあげている時間だ。

 私はせっせと二匹分のご飯を用意してあげる。

 ご飯を見た途端にはしゃぎだす。

 夢中になって食べている姿はとても愛らしい。


「ふふっ、そんなに急がなくてもなくならないわよ」


 動物はいい。

 人間と違って、悪感情を向けてこない。

 私は人間には嫌われるけど、動物たちには好かれるらしい。

 白いほうはプル、虎柄はベル。

 一年ほど前、外を歩いている時に子猫を見つけて保護したのがきっかけで、今ではこうして一緒に生活している。


「みゃ、みゅあー」

「水ね。すぐに用意するわ」


 私には人の心を覗く力はない。

 だけどなんだか、動物たちの言葉は感じられる。

 聞こえて理解できるわけじゃない。

 本当になんとなく、何を伝えたいのかが頭に浮かぶんだ。

 そのおかげもあって、動物たちとのコミュニケーションは良好。


「人間相手とは大違いね……」


 プルとベル、二匹の猫だけじゃない。

 私はとにかく動物には好かれる。

 外を歩けば小鳥が肩に乗り、人間になれていない野生の動物ですら警戒せずに近寄ってくる。

 獰猛な肉食動物も、私の前ではただの愛玩動物になる。

 理由はよくわからない。

 動物に好かれる香りでも発しているのだろうか。

 それとも人間に嫌われることを引き換えに、動物には好かれる特別な力でもあるのだろうか。

 

「ねぇ、どうなの? どうして私を選んだの?」

「みぃー」

「ミャー!」

「ふふっ、わからないわね」


 動物の言葉がわかるわけじゃない。

 好意を示してくれていることはハッキリ伝わる。

 二匹の頭を撫でてあげる。

 

「あなたたちがいれば……いいわ」


 いくら人間に嫌われようと、こうしてすり寄ってくれる猫たち。

 他にも外に出れば愉快な仲間たちはたくさんいる。

 動物にすがる寂しい女ですって?

 それでいいのよ。

 私は何も、人間には期待していない。

 もう、何も期待できない。

 私の肩書だけで集まって、瞳の不気味さだけで離れていくような人たちに何を期待することがあるの?


 トントントン――


 唐突に扉をノックする音が聞こえる。

 プルとベルはビクッと反応して、再びベッドに下に潜り込む。


「フリルヴェール、私だ」


 お父様の声だ。

 二匹がそそくさと隠れた理由がよくわかる。

 私もあまり気が乗らないけど、部屋まで訪ねてきたのに無視はできないわね。


「どうぞお入りください」

 

 扉を開け、お父様が顔を出す。

 私にはまったく似ていない。

 髪の色も、目の色も、漂う雰囲気も何一つ。

 だけど私たちが血のつながった親子だ。

 自分でも疑いたくなるけど。


「どうかなさいましたか? お父様」

「先ほど聞いたと思うが、婚約の件は白紙に戻ったようだな」

「ええ、破棄するとお聞きしました」

「……これで何度目かわかっているのか?」

「五回目です」


 お父様の表情が険しくなっていく。

 私は依然として普段通りに、ニコやかに接する。


「……はぁ、なぜ平然としていられる? 我がジルムット家は名門だ。その家の長女が五回も婚約の話を破談にされているというのに」

「五回も、同じ理由で破棄されているのです。慣れてしまいましたわ」

「それでは困るのだ。お前は早々に婚約し、この屋敷を出て行きなさい」

「私もそうしたいと思っていますわ」


 この人も、私のことが嫌いだ。

 実の娘なのに、憎たらしいと心底思っている。

 肉親にも嫌われるなんて、本当に私って何者なのかしら?

 

「そうか。ならば私としても都合がいい。次の婚約の相手を用意した。早急に準備しなさい」

「準備? また顔合わせですか?」

「そうだが、これまでとは違う。すでに先方はお前との婚約を了承済みだ」

「あら、珍しいですね」


 いつもなら考える時間がほしいと言われ、一週間ほど時間をあけたり、一度会ってから決めることがほとんどだった。

 六人目の婚約者はよほど肝が据わっているのか……。

 それとも単に権力しか見ていないのか。

 どちらにしても、こういう場合は長続きしない。


「この部屋を出る準備をしなさい。お前には明日から、婚約者のもとで暮らしてもらう」

「明日から? 唐突ですね」

「だから急げと言っている。今日中に荷物をまとめておきなさい。もちろん、その寝床の下にいる汚らしい動物も一緒だ」

「──!」


 お父様はベッドの下に視線を向ける。

 ここはジルムット家の本宅。

 当主であるお父様は当然、プルとベルの存在には気づいている。

 お父様は動物が嫌いで、滅多に私の部屋には入ってこない。

 顔を見る度に嫌味を言ってくる。

 私のことを悪く言うより、二匹のことを悪く言われるほうが……正直嫌だった。


「言われなくてもそうしますわ。この子たちを、こんな場所に置いていくつもりはありませんから」

「そうか、ならいい。忘れて行けばこちらで処分するつもりだった」


 処分……殺すつもりだったのね。

 動物だって生きている。

 それを簡単に殺すなんて……本当に最低な人。


「話はそれで最後ですね? でしたら出て行ってくださいますか? 準備の邪魔です」

「……二度と戻ってこないことを期待する」

「ええ、私もですわ」


 お父様は私のことも、プルとベルのことも嫌いだ。

 だから私も、お父様のことを嫌いになった。

 ガチャリとしまった扉を見つめながら、大きくため息をこぼす。

 

「……本当に親子なのかしら」


 疑わしさを感じながら、ベッドへと視線を向ける。


「あら?」


 二匹とも出てこない。

 いつもなら、私だけになった途端に顔を出すのに。

 よほどお父様が怖かったのかしら?

 それとも……。


 ガチャリ。

 ノックもなしに、部屋の扉が開く。

 どうやら、それとも……のほうだったらしい。

 私は呆れながら振り返り、予想通りの人物が部屋に入ってくる。


「こんにちは、お姉さま」

「リベル……勝手に入ってこないでと言っているでしょう?」

「いいじゃないですか。私たちは姉妹なんですもの」


 ニコリと無邪気に微笑むのは、私の実の妹リベル。

 彼女だけは頻回に私のところに顔を出してくる。

 ただしもちろん、私のことは嫌いだ。


「聞きましたわ。また婚約を破棄されてしまったみたいですね」

「ええ、そうよ」

「可哀そうなお姉さま……こんなに魅力的なお姉さまなのに、どうして嫌われるんでしょう」

「どうしてでしょうね」


 白々しい。

 表面上はニコニコしていて明るいけど、彼女の腹の中は真っ黒だ。

 リベルは私とは正反対。

 人間に、特に男性には好かれやすい。

 今も日に何通もの恋文を貰い、多くの男性から求婚されている。

 私の元婚約者たちも、私から離れてすぐにリベルのもとに求婚しに行っている。

 さっき破棄した五人目もそのつもりだった。

 

「私も困っているのですよ。お姉さまが婚約を破棄されるたびに私のところに来るんです。私よりお姉さまと結婚していただきたいのに」

「そう? いいじゃない。あなたが結婚しても」

「嫌ですよぉー。結婚するお相手は、ちゃんと好きになった人って決めているんです。政略結婚なんて愛がないこと絶対に嫌です。だからそういうのは、お姉さまにお任せします」


 表情や仕草は可愛らしくても、言動には腹黒さがにじみ出ている。

 特に私に対しては顕著だった。


「今度のお相手は聞きましたか?」

「そういえば、まだ聞いていなかったわね」

「あら? そうなんですね。だったら私が教えてあげます。なんと、あの冷徹で有名な公爵様ですよ」

「冷徹……? ああ、リンドブルム公爵家の」


 氷の公爵。

 そう呼ばれている人物がいるという噂があった。

 極度の人間嫌いで、王都の貴族でありながら、この地を離れて辺境で暮らしているとか。

 だから私にも王都を出るように言われたのね。

 それにしても、人間に嫌われる私の相手に、人間嫌いの公爵を当てるなんて……。


「うまくいくと思っているのかしら」


 お父様もお相手もどうかしているわ。

 これは最短日数で戻ってくることになりそうね。


「お姉さまがいなくなってしまうなんて寂しいです」

「そう」


 思ってもいないでしょう?


「この子たちも一緒に行ってしまうんですよね」


 リベルはベッドの下へと近づく。

 彼女は私と正反対だ。


「シャー!」

「まー怖い。まるでお姉さまみたいですね」


 二匹は近づいたリベルに威嚇をしている。

 何度顔を合わせてもこれだ。

 リベルは動物には心底嫌われるらしい。

 表面には見えない腹黒さを動物は感じ取っているのかもしれない。

 ただ、彼女自身は気にしていない様子で、嫌われても関係ないと言わんばかりに笑顔を見せる。


「それじゃあ私は行きますね。お姉さまは頑張ってください」

「ええ、あなたもね」

「はい。では……さようなら」


 最後にとびきりの嫌な笑顔を見せるリベル。

 彼女とは容姿は似ているけど、性格も生き方も正反対に近い。

 小さいころから私のことが嫌いらしくて、仲良くできなかった。

 この屋敷に私の味方といえる人間は一人もいない。

 生まれた場所なのに、どうしてこうも居心地が悪いのだろうか。


「どこかにないかしら……私が安らげる場所は」


 実はやりたいことはある。

 でも、今の私には到底できそうにない。

 いつか、このしがらみから解放される日が来たら……。

 来るかわからない未来を思い浮かべ、私は明日のための荷造りをする。


  ◇◇◇


 翌朝。

 私の荷物は馬車に積み込まれる。

 座席に座るとプルとベルが膝に乗る。

 猫という動物は慣れた家を好むそうだけど、二匹とも躊躇しなかった。


「あなたたちも嫌だったのね」

「みゃー?」

「マーオー」

「ふふっ、行きましょう。ちょっとしたお出かけよ」


 どうせすぐに嫌われて戻ってくることになる。

 短い旅なら満喫したほうがお得だ。

 そうして馬車は走りだし、生まれ育った屋敷を出発する。

 王都の街並みを進む。

 貴族街を走っていると、通り道に見覚えのある建物がちらほらある。

 

「あそこは二人目……こっちは四人目」


 私と婚約して逃げ出した男たちの屋敷だ。

 未練はない。

 ただ覚えているだけ。


「六人目はどんな人かしらね」


 どんな人であっても結果は変わらない。

 興味もない。

 あるとすれば一点だけ。

 人間嫌いのくせに、私との婚約の話を受け入れた理由だ。

 それもどうせ、権力にまみれた汚い理由だろうけど。


  ◇◇◇


 王都を出発した馬車は街を三つほど越えて僻地へと向かう。

 六人目の婚約者は物好きで、貴族のくせに賑やかな王都は嫌いらしい。

 彼が本宅を構えているのはシュメールという街だった。

 土地だけは広く立派な建物は多いけど、王都からも離れていて静かな街だ。

 

「雰囲気は悪くないわね」


 落ち着いている場所は私も好きだ。

 特に自然豊かなところも好印象。

 ここなら新しい友人もたくさんできるかもしれない。

 もちろん人間じゃなくて動物たちの。

 少しだけ楽しみになる。

 そして馬車は停まる。

 私の新しい婚約者の本宅、ジークウェル家。

 見た目は普通の屋敷だ。

 街の中心から離れていて、庭も大きい。

 本館とは別に左手には別館が建っていた。


「お待ちしておりました。フリルヴェール様、どうぞこちらへ」

「ええ、この子たちも一緒にいいかしら?」

「みゃー」

「……猫、ですか? 悪さをしないのであればおそらくは」

「なら大丈夫ね。このままいきましょう」


 プルとベルも一緒に屋敷へと入る。

 てくてくと歩きながら、私のうしろにくっついてくる。

 断られるかと思ったけど、案外動物に対しても寛容な人なのかしら?

 だったらいいけど。


「旦那様! フリルヴェール様をお連れしました」

「──入れ」


 低い男性の声が返ってくる。

 扉が開き、ついにご対面だ。

 この人が……。


「初めてお目にかかる。私がこの家の当主、アイセ・ジークウェルだ」


 銀色の髪と灰色の瞳。

 どこか冷たい雰囲気を醸し出す。

 当主としてはまだ若く、私ともそこまで年齢は離れていない。

 メガネをかけていて、レンズには色がついている?

 

「フリルヴェール・ジルムットです」

「最初に言っておこう。私は君と婚約したが馴れ合うつもりはない」


 いきなりね……。


「この婚約はあくまで形だけのものだ。婚約者など正直誰でもいい」

「……では、どうして私を選んだのですか?」

「選んだわけではない。そちらの当主殿が直接話をしにきた。ぜひうちの娘を貰ってほしいと」

「そうだったのですね」


 今回の婚約はお父様からお願いしたのか。

 珍しいこともある。

 普段からお願いしても、たいていはその場で断られるのに。

 本当に誰でもよかったのね。


「私のことに干渉はするな。私も君に干渉しない。ここでは好きに生活すればいい。基本的は何をしていても文句は言わない」

「何をしていても?」

「そうだ。身の回りのことも含めて、君の好きにするといい。使用人たちには私から言っておく」


 そこまで私と一緒にはいたくないということね。 

 さすが噂通りの人間嫌い。

 氷の公爵とはよく名付けたものだわ。

 私も、最初から嫌われているのは経験がない。

 けど、案外こっちのほうが楽でいいわね。


「わかりました。では好きにさせていただきます」

「ああ、それから……足元のはなんだ?」

「この子たちですか?」


 プルとベルが顔を出す。

 彼も存在には気づいていたらしい。

 少しだけそわそわしているように見えるけど、気のせいかしら。


「私のお友達です。この子たちも一緒に暮らします。構いませんよね?」

「……」

「動物はお嫌いですか?」

「そんなことはない。悪さをしないのであれば……好きにすればいい」


 何か言いたげなそぶりを見せる。

 本当は動物が嫌いなの?

 よくわからないけど、追い出すことはしないみたいでホッとする。

 さて、それじゃさっそく。


「ジークウェル卿、いきなりですが一つお願いをしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「別館と庭を使わせていただくことはできますか?」

「構わないが、あそこは私も普段使わない」

「ありがとうございます。それなら安心ですね」


 彼はキョトンと首を傾げる。

 意味は伝わらなくていい。

 彼も理由は聞いてこない。

 私はただ、自由に生活するだけだ。


  ◇◇◇


 荷物の整理を済ませ、別宅へ運ぶ。

 

「ありがとう。あとは私が自分でやるわ」

「かしこまりました」


 この屋敷は使用人の人数も少ないみたいだ。

 当主が人間嫌いだと周りも苦労しそうね。

 

「思った通りいい場所ね」


 別宅の庭に出て呟く。

 隣は森になっていて、庭には小さな池もある。

 とても穏やかで居心地がいい。

 街の中心から離れていて、立地はそれほどよくはない。

 だけど雰囲気は完璧だ。


「あとは動物たちが……あら?」


 森のほうから顔を出す。

 狼、大きなクマ、鳥やウサギたち。

 本来は狩り狩られる動物たちが一緒になって私の元へ。


「あなたたちついてきたの?」


 彼らは皆、王都で私と出会った動物たちだった。

 出会い方はバラバラだけど、私と仲良くしているうちに他の動物同士も仲良くなったらしい。

 王都の近くにある小さな林に隠れ住んでいて、私がいくと出迎えてくれていた。


「わざわざ馬車を追って?」

 

 よく見ると他にもいる。

 私が王都を出るなんて初めてだったから、心配でついてきてくれたのかしら?


「ありがとう、みんな」


 動物たちは素直で優しい。

 ずらっと並ぶ彼らを見て感慨にふける。

 この子たちは私で慣れているし、私のいうことなら聞いてくれる。

 人間を襲うことはない。

 

「みんながいれば本当にできちゃいそうね」


 私にはやりたいことがあった。

 それは、動物たちと過ごせるカフェテリアを作ることだ。

 動物たちの可愛さを、愛おしさを多くの人たちに知ってほしい。

 なんて殊勝なことを考えているわけじゃない。

 単に見せびらかせたいんだ。

 私の大切な友人たちを。

 人間には嫌われるけど、動物たちにはこんなにも好かれて幸せだということを。


 彼には好きにしていいと言われている。

 私は三日ほどかけて物を準備して、カフェテリアを開けるだけの環境を整えた。

 実はこっそり勉強していて、料理や紅茶の入れ方も心得ている。

 まだまだ未熟だけど、やろうと思えば今すぐにでも働けるように。

 動物たちも準備を手伝ってくれた。

 彼らは私の言葉を理解しているように、的確に動いてくれる。


「できたわね」


 あっという間に場所だけは完成した。

 形だけはカフェテリアだ。

 しかも可愛らしい動物たちがいたるところにいる。

 準備中に森の動物たちもこっちを観察していて、何匹かはすでに仲良くなった。

 私たちが敵じゃないと認識してくれたみたいだ。


「紅茶でも飲みましょうか」


 自分の分を入れて、テラスでくつろぐ。

 形は完成しても所詮はガワだけだ。

 本当にカフェを経営するわけじゃない。

 ここはジークウェル家の敷地内。

 人を呼び込むにはさすがに当主の許可が必要になる。


「許すわけないでしょうけど」


 人間嫌いな当主がそれを許可するとは思えない。

 この三日間、ろくに会話もしていない。

 今までの婚約者の中で一番冷めている。

 けどおかげで私も動きやすかった。

 愛はないけど、このまま動物たちと快適に生活できるなら悪くない。

 そんなことを思っていた。


「みゃー」

「ん? どうしたのプル」


 プルが教えてくれる。

 本館のほうから誰かが見ている。

 視線を向けるとそこには……。


「アイセ様?」


 じっとこちらを見ていた。

 私のしていることが気に入らないのかと思ったけど、どうにも視線がおかしい。

 なんだか……羨ましそうに見える。


「さすがに気のせいよね」


 翌日。

 私は動物たちと戯れる。

 日をまたぐごとに動物の数が増えていた。

 森には私が思っていた以上にたくさんの動物たちが暮らしている。

 たくさんの動物たちに囲まれて、ここはまさに天国だ。


「ミャオ」

「ベル?」


 手を膝にチョンと乗せる。

 また誰か見ていると。

 アイセ様が私たちのことを観察していた。

 今度は外に出て。

 

「やっぱり……」


 羨ましそうに見える。

 さらに次の日。


「……」


 アイセ様は仕事の合間に何度も別宅の近くを通り過ぎる。

 その度にこっちをチラチラ見ていた。

 さすがに気になる。

 私だけじゃなくて動物たちも意識していた。

 また通りかかる。


「みゃー」

「ミャーオー」

「プル? ベル?」

 

 突然二匹が走り出し、アイセ様の元へ向かった。

 二匹とも興奮しているわけじゃない。

 襲い掛かるわけではなく、足元ですり寄る。

 心配になった。

 もしアイセ様が動物も嫌いなら、二匹がひどい目に合うんじゃないかと。

 けど、不安は杞憂だった。


「ふっ」


 アイセ様が笑った。

 プルとベルにすり寄られて、氷のようだった表情が温かく溶けた。

 その瞬間、疑問の答えを得る。


「動物、お好きなんですね」

「――!」


 ビクッと身体を震わせる。

 図星だったみたいだ。

 アイセ様は目を逸らしながら言う。


「……悪いか?」

「いえ、そんなことは。ちょっと意外ではありますけど」

「……」

「触ってもいいと思いますよ。プルとベルも、待っています」


 触りたいという気持ちが全身から出ている。

 二匹とも警戒していないし、触ってあげたほうが喜ぶ。

 私のお友達は本能的に、その人間がいい人かどうか見分けられる。

 プルとベルが心を許したのなら……。


「撫でてあげてください」

「そ、そうか」


 この人はたぶん、いい人なのだろう。

 だって初めて、プルとベルが私以外に頭を撫でさせたから。


「気持ちいいな」

「そうでしょう?」

「みゃーあ」

「マオ」


 気持ちよさそうな二匹と、それを見て微笑む氷の公爵様。

 どこが氷なんだか。

 私がアイセ様に近づくと、他の動物たちも集まってくる。


「この動物たちは皆そうなのか?」

「私のお友達です」

「そうか。初めてだな。俺を怖がらずに近寄ってくるのは」

「私で慣れていますからね」

「……いや、君もだ」


 アイセ様は私と視線を合わせる。

 不思議な瞳でじっと見つめる。


「君は怖がらないんだな」

「それは私が言うべきことではありませんか? アイセ様こそ、私が怖くありませんか」

「あの噂か? あいにく俺は信じてない。そもそも嘘だろう? あの噂は」


 驚いた。

 噂を知って、それを嘘だと確信している目だ。

 

「どうしてわかるんですか?」

「俺が本物を持っているからだ」

「え?」

「……どうやら君は知らないらしいな。俺の眼のことを」

「眼……?」


 彼の眼には秘密があった。

 人の心を見透かす……本物の眼を彼は持っていた。


「私は肉眼で見た対象の心を読むことができる。だから眼鏡をかけて、直接は見ないようにしているんだ」

「……あるんですね、そんな眼が」

「ああ、おかげで他人の心は多く見てきた。だから知っている。どれほど人間が欲にまみれているのか。おそらく君以上に」


 なるほど、だから人間嫌いになったのか。

 人の心が見えるから、嫌な部分ばかり見せられたのだろう。

 私が感じてきた悪意を、彼は目で見ることができてしまった。


「動物はいい。見ても心は読めないし、何より素直だ」

「……同じことを考えている人がいたんですね」

「君もか?」

「ええ。動物たちと一緒にいる時間が何より心地いいですから」


 人間に嫌われた私と、人間を嫌いになったアイセ様。

 つまるところ私たちはよく似ていた。


「怖いとは思いませんわ」

「……なぜだ?」

「知っていますから。本当に怖いのは、見えてしまうこと……悪意を悪意のまま受け取ってしまうほうがずっと怖い」


 私は肌で感じてきた。

 他人から向けられる悪意を。

 近づかれ、拒絶され、一人になることを。

 私は心を覗かれるよりも、覗いてしまうほうがずっと恐ろしいと思う。


「……そうか。初めてだな。そんな風に言われたのは」

「私も初めてです。こんな話をしたのは」


 共に人間に対して憤りを感じている者同士のシンパシーがあった。

 私はこの人の気持ちが理解できる。

 たぶん、この人も……。


「……本心を言えば、俺は君に興味があった。君のことは話に聞いていたが、皆が口をそろえて言う。あの瞳は恐ろしい……まるで自分の話を聞いているようだった」

「だから、お父様の提案を受け入れたのですか?」

「ああ、まさか顔合わせもなしに決まるとは思っていなかったが」

「私はお父様にも嫌われていますから」

「強いな、君は」

「慣れてしまっただけです」


 嫌われることに。

 なんとも思わなくなってしまった。

 でも……。


「嫌われてもいいとは……思っていないけど」


 ふいに漏れた本音を聞かれる。

 私は孤独にも、嫌われるのにも慣れた。

 だけど慣れただけで、好んでそうありたいとは思わない。

 誰だってそうだろう?

 好きで嫌われる人間なんていないわ。

 私だって本当は……。


「カフェでも開くつもりだったのか?」

「え? ああ、はい。ゆくゆくはそうしたいと思っていました。ただの夢です」

「やればいい」

「え……」


 驚いた私は彼を見つめる。

 

「好きにしろと言ったのは俺だ。やりたければやってもいい。その代わり一つだけお願いがある」

「……なんでしょう?」

「俺が貸し切りで過ごせる時間を……設けてもらえないか?」


 それはあまりにも可愛らしい理由だった。

 もっと別の要求をされると思っていた私は、思わず笑ってしまう。

 この人は本当に動物が好きなのだろう。

 周りの動物たちがすぐに心を許したのも、彼から一かけらも敵意を感じないから。

 私に対してすらも……。


「もちろんです。婚約者ですから、特別に」

「……そうか。それは嬉しいな」


 まだ直感でしかない。

 交わした言葉の数も少ない。

 それでも私は思った。


 この人となら……長く一緒にいられるかもしれない。


 アイセ様は私と話している時も、目を逸らさない。

 恐れられるこの瞳をまっすぐ見つめてくれる。

 心が読める眼があるから、雰囲気や眼の色の不気味さにも惑わされないのだろうか。

 いや、理由なんてどうでもいい。

 私はただ嬉しかった。

 生まれて初めて、人間として認められたような気がして。


 この二日後。

 動物たちと戯れながらお茶を楽しむ場所。

 もふもふな感覚を一生忘れられない素敵なカフェテリアがオープンする。


 果たして最初のお客さんは誰になるだろう?

もう一本新作投稿しました!

タイトルは――


『虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n7215hv/

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新作投稿しました!
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
https://ncode.syosetu.com/n7215hv/

― 新着の感想 ―
[気になる点] ざまぁが無い事 [一言] 物語は先が楽しみで面白いです。
[一言] モフみがすごいwww
[一言] 私もそのカフェ行きたいです。 連載希望します。
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