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届かないはずのチョコレート  作者: キエツ ナゴム
9/12

離さぬこの手

 2月14日(日)朝。


「おっはよー。れいとー!」


 千代がまだ寝ぼけている僕に容赦なくのし掛かる。


「うっ! う、うん。おはよう。千代。ていうか、乗るな」


 千代をソファーから軽く振り落とし、身体を起こす。


「ねぇ、怜翔。今日遊びに行こっか」

 

 笑いながら遊びに誘ってくる。


「遊びにって、お前、今日がどれだけ重要な日かわかってるのか?」


 今日は千代と会える最後の日になるかもしれないのだ。僕は今日一日は2人で一緒にゆっくり家で過ごそうと思っていた。


「わかってる。今日、私消えちゃうかもなんだよね。だから、だからこそだよ! それに、怜翔昨日の夜から元気ないじゃん。だから気晴らしだよ。気晴らし」


 少し深刻そうな顔をしたかと思えば、今度はまた、笑ってみせる。

 表情がコロコロと変わる少女の顔は僕に拒否権を与えなかった。

 それに、確かに別れの時を考えて暗くなっていた自覚もある。こんな陰鬱な気分では、最後のお家デート(僕がそう思ってるだけだが)もお通夜ムードになりかねない。


「あぁ。わかったよ。連れてきゃいいんだろ?」

「うん。ありがとう! 怜翔!」


──


 あれから出かける準備をして、すぐに出発した僕たちは電車を乗り継ぎ、水族館に来ていた。

 最初のコーナーとして設置されていたのは、熱帯魚のコーナーだった。


「あの小さな魚綺麗だね」

「あぁ、それは『プラチナエンゼルフィッシュ』っていう魚だな。昔からエンゼルフィッシュ自体は熱帯魚の中では綺麗さで有名で、特にその中でも泳ぐ姿が宝石のように美しいから、プラチナなんて枕詞がついてる……らしい」


 水槽前の説明文を読みながら説明する。


「説明文まる読みじゃーん」

「し、仕方ないだろ! 本の著者は知ってても、魚なんてほとんど知らないんだから」


 千代が揶揄ってくるので、ムキになって答える。


「うそうそ。いいよ。ここに来たいって言い出したの私の方だし、魚の特徴とかよりも、私は怜翔との思い出を大切にしたい」

「千代……」


 照れるような、悲しいような気持ちが溢れて泣きそうになってしまう。


「さぁ、次はどこ行く?」


 千代がそれに気付いてか、気付かずか、僕の手を引っぱってくれる。


「そ、そうだな。次は、クジラを見に行くか!」


 そう言って僕たちは、クジラの水槽へと向かった。


──


 気付かないうちに日が暮れかけていたようで、水族館を出た頃には、すっかり夕焼け空になっていた。

 水族館での時間は驚くほどに早く進んだ。

 クジラに始まり、マグロにサメにチョウチンアンコウ、様々な魚を見て楽しんだ。

 もちろん、イルカやアシカのショーも楽しかった。が、夕焼けの空が、千代と僕との別れの時間急かすように感じられ、また、不安がやってくる。覚悟してきたはずなのに。


 『また』千代がいなくなる恐怖が、楽しさを押しつぶす。


 顔を落としていると、右手にグッと力が入った。


「れーいと! 楽しかった! すごくすごーく楽しかった! やっぱりここにきて良かったよ。怜翔はどうだった? 楽しくなかった? でもあんなに幸せそうな怜翔めったに見なかったと思うよ?」


 千代は、上目遣いで問いかける。

 どうやら、僕の様子を見て心配させてしまったらしい。

 このままじゃダメだ!

 僕は小浦書店での話以来、絶対に千代を笑顔で送り出そうと誓っていた。


「いや、楽しかったよ! これまでの人生の中で最高にたのしかった!」


 表情筋を無理矢理動かし、笑ってみせる。


「そう! なら良かった」


 完全には納得していない様子だった。

 形だけの笑顔では長い付き合いになる千代の目を誤魔化すことはできなかったのだろう。

 でも、千代は受け流し、僕の反応を肯定してくれた。


 そして、家に帰るまで、僕を引っ張った彼女の手は僕の掌を離さなかった。

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