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届かないはずのチョコレート  作者: キエツ ナゴム
8/12

想い出と哀愁のあの場所

 昼食を終えた。


「美味しかったね」


 幽霊には食事が必要ないのか、食べ物を全く必要としなかった千代は、僕の食べてるものにだけ興味を示すのだった。

 最初はそもそも食べれること自体に驚いたのだが、実体があるのだから食べられてもおかしくないのか。と、無理矢理納得した。

 これは、数日過ごしてきてわかったことだが、千代に触れている物は周りの人から見えなくなるらしいので、服や千代が持ってるものが浮いているようには見えないらしい。

 また、突如として千代が触れたものや、千代が手放したものは『元からそこには存在しなかったもの』、もしくは、「元からそこに存在したもの」として扱われるようだった。

 なので、何故か昼食中にやたら、「あーん」をせがんでくる千代にそれをしてあげることは恐らく何の問題もないのだが、他の人に千代が見られていないとはいえ、恥ずかしいところもあるし、誰も座っていない場所に向けて料理を掴んだ箸を向けるのは不信感を与えかねないので、時を見計らって1度しかしてやれなかった。


 あんなにせがんでくるなら千代の分も頼んで、自分で食わせてやれば良かったな。


 思い返していると、少し後悔が残っていた。


「怜翔〜。聞いてる?」


 考え込む僕に千代が話しかける。


「あ、あぁ美味しかったな」


 咄嗟に答える。


「うん。で、次はどこに行くの?」

「そうだな。よし、じゃあ、久しぶりにあそこに行くか。」

「ん?あそこって、『あの場所』?」

「そうだ!『あの場所』だ」


──


 目的地に着いた。


『小浦書店」


 僕と千代の間では、文脈無視で『あの場所』とか『あそこ』とかは全てこの書店を指していた。


 この場所は小学2年生の時に初めて僕と千代が出会った場所だ。

 店主のおじさんが優しく、テーブルとイスが常備され、『本を売る場所』だけでなく、『本を読む場所』としても利用できるような、こじんまりとして安心感のある様子のある書店だった。

 そして、入江家と如月家のちょうど真ん中辺りに位置していた。

本好きの2人の小学生が何度も行き来するのには十分すぎるほどの好条件だろう。

 中に入ると、あの時とほとんど変わっていなかった。変わっているといえば、レジ奥のイスに座っているのが、店主のおじさんでなく、若いお兄さんになっていることくらいだった。

 千代が亡くなってからは、全く来なくなっていた。


 3年ぶりか。久しぶりだなぁ。


 と、当時を思い出しながらレジの方へ向かうと、あちらも気がついたのか、「あ、いらっしゃいませ!」元気に挨拶をしてくれた。


「あ、こんにちは」


 挨拶で頭を下げる。


「こんな休日の昼間にお客さんなんて珍しいな。この店は初めてかい?」


 お兄さんは気さくに話しかけてきた。


「いえ、3年くらい前までは週3くらいのペースで通ってました」

「そうか。そのくらいだと、親父がやってたくらいかな?」

「あ、はい。多分そうだと思います。とても優しいおじさんで、あのときは良くしてもらってました」

「そうか、親父んときのお客さんか。もう最近はほとんど。平日の放課後に子供が来るだけだったから珍しいと思ったんだよ」


 まだ、本好きの小学生の憩いの場としての機能は果たしていると聞いて、感慨深くなる。


「そういえば、おじさんは引退されたんですか?」


 お兄さんの表情が一瞬暗くなり、また、笑顔に戻った。


「あぁ、そうか、3年ぶりだったら知らないよね。親父は2年前に亡くなったよ」

「そう……ですか」


 可能性は浮かんでいたが、悲しい気持ちになる。あの頃の優しいおじさんはもう……。


「いや、そんな悲しい顔しないでよ。親父は最期まで君たちのような本好きの子達に元気付けてもらってたと思うよ。だから、親父も君達には笑ってて欲しいんじゃないかな」

「『僕たちが元気づけた』ですか?」

「あぁ。親父は死ぬ直前までこの書店で働いていたんだ。それこそ、身体が悪くなってもね。そこで俺は、『俺が代わりに働くから親父はゆっくりして。』って言ったんだけど、『これは儂の生き甲斐じゃ。小浦書店で本を読んで楽しむ子供達がいる限り、儂はその姿を見守りたい』って言われちゃってね。結局、力を使う仕事は俺がやることにして、このレジの仕事は最後まで譲らなかったんだ。変なところ頑固な親父だろ? まぁ、それに感銘を受けて、俺は正式にこの店を継いだってわけなんだけどね」

「とても素敵な『親父さん』だったと思います」

「あぁ、俺もそう思うよ」


 話し終えた後、振り返ると、千代が『いつもの』テーブルで本を読み始めていた。

 話しかけてこないと思ったら、もう本読んでたのか。死んでも本好きは変わらないらしい。まぁその本好きのおかげで俺達は知り合えたわけなのだが。

 その後は千代と合流し、昔の空気に浸りながら、読書会が始まった。

 読書を続けていると、店の外から少し風が入ってきた。

 そのときだった。




「本当に楽しそうに本を読むねぇ」




 声が聞こえた気がした。あの頃のおじさんの声だった。

 しかし、振り向いてみたが、お兄さんはレジにいるままだし、千代も隣で本を読んでるだけだった。


 「おじさん。本当にありがとう」


 僕は心の中でそう呟くのだった。


──


 家に帰って夕食を終え、風呂に入っていた。

 僕等はあのあと、4時間ほど読書を続けて、2冊本を買い、最後にお兄さんにお礼を言って店をあとにした。

 帰り道におじさんが亡くなった話を千代にすると、やはり聞こえていなかったらしく、歩きながら泣いていた。やはり、良くしてもらった人が亡くなるのは辛いことなのだ。そんな様子の千代にお兄さんがしてくれた話をすると、千代も泣き止んでくれた。

 幽霊が死を悲しむという状況に違和感を憶えなくはなかったが、そんなことはどうでも良かった。

 いつものように、僕が風呂から上がってくると千代は僕のベッドで寝ていた。

 最初の頃は僕がソファーで寝ることへの心配から抵抗することもあったが、慣れてしまったようだ。

 さて。明日で千代が現れて一週間になる。

 明日に何かが起こる可能性は非常に高い。


 不安や、心配を押し殺し、僕はソファーに向かった。

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