表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届かないはずのチョコレート  作者: キエツ ナゴム
6/12

漏れ出る涙

 入江家前に到着する。

 実のところ此処に来るのは久しぶりではあるのだが、以前は何度も来ていた場所なので、緊張はしていなかった。


「ねぇ、今更だけどなんでウチに来たの?」 

「いや、もしかしたら実の親ならお前のこと見えるかもしれないだろ? それに……いや、これはいい」

 

 千代の両親に何も告げずにはいられなかったし、何より此処には千代の仏壇があったのだ。


 だから、

 「何かわかることがあるかもしれない」と思って立ち寄ったのだ。

 だが、それを千代に告げてしまうと、何か千代に死を今以上に実感させてしまい、何故か千代が消えてしまうような気がした。だから黙っておくことにしたのだった。   


「まぁ取り敢えず、インターホン鳴らすぞ」 


 スイッチを押すと[ピンポーン]という音が鳴る。


「は、はい」 


 千代の母親が出て下さったようだ。


「突然すいません。僕、千代の友達だった如月怜翔と申します」

「あ、怜翔君? ちょっと待ってね」


 名前を告げるとすぐに気がついたようで、少し時間が経ってから家の扉が開き、千代の母親が家から出てきた。


「あら、怜翔くん。久しぶりね。元気にしてた?」

「はい。体調的には問題なく、今は学校も行けています」 

「そう。なら良かったわ。今日は何用かしら? また、仏壇に?」  


 千代の母は笑顔のままで、少し表情を暗くした。


「あ、はい。一応もうすぐあれから三年が経ちますので節目にと」   

「三年ね。もうそんなに……。早いものね」 


 千代の母親はどこか遠くを見て、悲しそうな表情で物思いに浸っている様子だった。


「あ、そうだったわね。さぁ、上がってちょうだい。お茶を出すからちょっとリビングのテーブルで待ってて」

「あ、先に仏壇へ行ってもいいですか?」

「あぁ、そうね。あの娘も喜ぶと思うわ」 


 そう言われて、僕は千代の仏壇に向かうことにした。

 そして、リビングで待ってるように伝えようと、千代の方を振り返ると、千代は嬉しいような、悲しいような顔をして、泣いていた。実の母親に会えたのだ。色々と思う事があるのだろう。

 それに、母親から確実に見える位置に立っていたのに、リアクションがなかったということはつまり、()()()()()()だったのだ。

 それらの感情が抑えられなくなった結果が涙となって現れたと考えるのが自然だった。

 少し時間をあけてから、千代にリビングで待ってるように告げ、僕は仏壇に向かった。

 家に入り、仏壇前に腰掛けると仏壇がとても綺麗に手入れされている事がわかった。小まめに掃除されているのだろう。

 僕は三年前に行ってたように、正座で一礼し、線香とろうそくに火をつけ、両手を合わせ、少し時間を空けてから蝋燭を消した。慣れたものだ。何せ三年前は毎日欠かさず、同じことをしていたのだから。

 特に何も起こらなかったので、リビングに戻ろうとすると、仏壇の部屋の前から千代が僕を見て、こう告げる。


「怜翔、泣いてる」 


(泣いてる? 僕が?)


 言われてから頬を触れると、涙ですっかり濡れていた。自分でも気づかないうちに泣き始めていたのだろう。


 どれだけ時間が経っても、今目の前に千代がいようとも、悲しいことは悲しかったのだ。

 

「な、泣いてない」


 涙を腕で拭いながら強がって見せる。


「無理しなくてもいいよ」


 千代はそう言った後、僕に近づき、包み込むように、膝立ちする僕の背中に手を回した。千代の方が身体もあのままで、僕よりかなり小さい筈なのに、全身が優しく包まれていく気がした。


「私は、()()()、此処にいるから」 


 咽び泣く僕の背中を優しくさすりながら、千代は言うのだった。

 このあとは、すっかり泣き終えてから、リビングに向かい、少し千代の母と話してから入江家をあとにした。

 千代母と話している際、僕は、涙は拭いきれていたが、恐らく涙跡は残っていたので、千代の母も色々と気づき、察して、気を配っているのを感じていた。

 自分も娘のことを思い出して辛いはずなのに、だ。

 流石は大人というべきか、流石は親というべきか。そこには、敬意や憧れに近いような遠いような、そんな感情を抱くのだった。


ーー


 自宅に着き、夕食を終えた。

 千代も色々あったので、僕が風呂から上がる頃には、眠りについていた。僕も今日は疲れたので、直ぐにソファーで寝ることにした。

 が、なかなか眠れなかった。

 悲しさが寝かしてくれない?

 千代が消えることへの不安で眠れない? 

 どちらもあるが、最も大きな要因は他にあった。

 昼間の仏壇の前でのことを思い出していて赤面する。

 『男』が、『好きな人の前』でえんえんと咽び泣いたのだ。思い返せばなかなかこれは人生トップクラスの恥ずかしエピソードとなるのではないだろうか。


 僕は悶絶しながらひとり、ソファーで夜を過ごすのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ