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届かないはずのチョコレート  作者: キエツ ナゴム
4/12

心臓を貫くひとこと

「ごめん。ちょっと一人にしたな」 

 

 そう言いながら部屋に入ると,千代は僕に背を向けて床に座っていた。


「千代?」

 

 反応が無かったので顔を除き込んでみると、  


「千代、どうしたんだ!?」

「怜翔! 夜なんだから、静かにしなさい!」

 

 つい、下の階にいる母親にも聞こえるような声をあげてしまう。当然の反応である。

 何もしていないのに、目の前で千代が泣いていたのだから。


「なんで泣いてるんだよ」   

 

 さっきより声を小さくして尋ねてみる。


「いやぁ、ちょっと懐かしくてね。この部屋、昔から何も変わってなくて、よくこの部屋で二人で本読んだりしてたなぁ。とか思い出してたら勝手に泣いちゃってたみたい」

「あぁ、そういう……」

 

 なんだかこっちまで懐かしくなってきた。泣いていた理由が分かり、少し考えてからある提案を投げかける。


「また、あの頃みたいに一緒に本読むか?」

 

 少し照れくさかったが、泣いている千代を見て、何もせずにはいられなかった。   


「えー。どーしよっかなー?」

 

 涙目ながらも、からかってきやがった。当然のように受け入れてもらえると思っていた提案だったので、顔を真っ赤にしてしまう。 


「うそうそ! うん。いいよ。私も読みたい!」

 

 千代が涙を拭って上目遣いで迫ってくる。


「……おう」  

 

少し不貞腐れて答える。揶揄われて憤りを感じるが、そんな時でも千代の上目遣いが可愛いと思ってしまう。


「ねぇ、読まないの?」

 

 あまりの可愛さに見惚れていると、千代自身から急かされてしまった。


「あ、うん。よ、読もうか!」

 

 僕は、鞄から、今日借りてきた本を取り出し、千代に渡した。


「これ、好きだったろ?」

「あ! 確かに私の好きな奴だ! でも、怜翔は何読むの?」


 昔から自分のよりも僕のに興味を示すやつだった。  


「あー、僕は最近読んでる本の続きをね」


思い出しながら答えると、


「ふーん。どんなの読んでるの?」

 

 と、問いかけてきたので、本の粗筋を説明する。    


「あー、僕は、主人公が過去に戻りたくて頑張ってタイムマシーンを作る、みたいな本だよ」 

「ふーん、やっぱりまだSF好きなんだね」 

「まぁ、それもあるけどこの本は……」 

「ん? この本は、何?」 

「い、いや、なんでもないよ!」

「ふ〜ん、へんな怜翔」


 『大切な人にもう一度会いたいと考える主人公に強く共感したから』という理由すら恥ずかしさが言わせてくれなかった。


「そ、そんなことより読まないのか?」  


 少し誤魔化すように言う。


「読むよー、読む読む。読みますー」


 千代はそう言いながら僕が渡した本を読み始め、それを見てから、僕も本を読み始めた。   


「っと もうこんな時間か」 


 部屋のデジタル時計が「23:30」を示していた。 


「僕は風呂入って来るから、千代はこのまま本読んでて。眠くなったら僕のベッドで寝ちゃっていいから」  


 千代を床やソファーで眠らせるという選択肢は僕の脳内にはなかった。


「ん、うん」


 千代は本を読みながら生返事する。

 まぁ普通、気になる異性を自分のベッドで寝かせるのにも、なにか思うところがあるものなのだろうが、千代は中学の頃よく僕の家にとまりに来てたので、あまり違和感は感じなかった。


「ふー、気持ちよかったー」


 そう言いながら部屋に入ると、千代が本を読んだまま床で寝てしまっていた。 


(一応、僕のベッドで寝ていいって言ったんだけどなぁ) 


 そう思いつつも、千代の読んでいた本を片付け、千代をベッドに移動させる。その後、千代の全身を見て考えを巡らせる。   


 そういえば、千代が亡くなったのは三年も前なのに、千代の体は三年前のままなんだなぁ。ま、成長してる方が不自然か。あ、あと運べたってことは実体はあるのか。そういえば本も読めてたしな。じゃあ周りの人からは本が浮いているように見えるのかな? 

 あとは……

 

 色々と考えているうちに、僕も眠たくなってきた。 


 いや、今日は寝て、明日考えるか


 電気を消そうとしたとき、


「……ん……れ……い」 


 千代が寝言で何かを言い出した。  

  

「……んー、れい、と……す…………き」


 50メートル走をした後くらいに心拍数が上がったのが自分でもわかった。

 あの千代の口から「すき」なんて言葉がでるとは思っていなかったので、とても驚き、それと同時に大きな喜びも感じた。

 が、あまりはしゃぎ過ぎないように心のストッパーをかける。千代を起こしてしまうといけないし、何より千代は死んでいるのだ。

 いつまた僕の前から消えるのかもわからない状態の千代に期待しても悲しさが増すだけのような気がした。

 

 だから、「所詮寝言だしそんなに喜ぶな自分! どうせ千代のことだから『すき焼き』とかだ絶対! 絶対に違う。期待するな。もし、仮に、『好き』だったとしても、友だちとしてだ。と・も・だ・ち・と・し・て」 と、何かから逃げる様に自己暗示で感情の昂りを抑えつつ、部屋の電気を消し、部屋のソファーで眠りについた。

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