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猫の尻尾と女の名前  作者: あつろ
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禁足地

 奏が一人で山に入ってどれくらい経ったか、ようやく結界を抜けて出てきた姿を見つけた理人あやひとは急いで駆け寄った。


「奏嬢! 怪我とかしてない、大丈夫だった?」

「お陰様で、何事もなく。……え、ていうかあの二人こそ大丈夫ですか」


 何やってるのと引き気味に尋ねる彼女の視線の先には、結界を壊す算段を立てて今にも実行しようとしている双子。理人は少し遠い目でそれを眺め、止めたんだけどねと小さく言い訳する。


「祓魔が本気で張った結界を素人が壊せるはずがないってことも、仮にできたとして奏嬢が本気で怒るってことも繰り返したんだけど。あんまり出てこないのは中で倒れてるからだ、死んでたらどうするって大騒ぎして。じゃあとりあえず自分たちが怪我をしないように結界を壊す術を見つけたらどうですかねって提案して、何とか一刻ほど持たせたんだけど」

「怪我をしない方法で止まりましたか」

「ここで大怪我して奏嬢を助けに行けないと無様ですね、って言ったら何とか」


 辛うじてだったけどと思い出したくないしばらく前を振り返ると、奏は聞かなかったことにしますと凍った笑みを貼りつけた。とても賢明な判断だと思う。


 周りが見えていない双子も、奏がそこにいるとさすがに気づくらしい。今にも結界に攻撃しようとしていた手を止めて、奏と声を揃えて駆け寄ってくる。


「どうしてもっと早く出てこないのさ」

「中でまた死んだかと思ったじゃないか」

「呪った本人と対峙してたわけでなし、そうそう後れを取る気はないけど」


 御前もいい人だったと小さく洩らした奏に、最後の呪い士については分かったと水を向けると柔らかい色が奏の唇を飾る。それ以上は語られずとも何よりの応えだ、やきもきした時間を過ごさされた甲斐もあると言うものだろう。


 ただ双子は納得に至らなかったらしく、焼き払う? と奏が出てきたばかりの山を指して声を揃えている。


「何故に焼く気だ。御前の覚悟を踏み躙るなら、先に私が相手になるけど」

「長いこと閉じ込めただけで役に立ってないんだろ?」

「呪いを解いてたわけでもないのに、あんなに長く何してたのさ」


 ずけずけと尋ねられるそれは、理人としても気になっていたところだが。そんな直球で不躾な聞き方をできるのは、家族故だろうか。

 奏は嫌そうな顔はしたが怒鳴り出すではなく、深い溜め息で苦情を散らしたらしい。ただ答えを与える気はないのかふいと顔を背け、お帰りと声をかける先はどうやら戻ってきたらしい近重だ。


「申し訳ありません、奏様。大変遅くなりました」

「気にしないで、私も戻ったところだから」


 許可は取れた? と奏が尋ねると、近重は悩ましげに頬に手を当てて頷いた。


「ご生家への出入りは勿論、中にあるものはすべてお好きに扱って頂いて構わないそうです」

「その割に思案顔だな」


 何かあったかと理人が水を向けると、近重はいつも困ったように下がった印象の眉をますます下げた。


「そちらの許可は、寧ろ私が伺う前から許可が出ていたようなのですが。もう一件、禁足地への立ち入りを巡っては頑として許されず。このような時間まで交渉していた次第です」

「場所さえ分かってれば勝手に入ればいいじゃないか」

「認めないなんて言う馬鹿、さっさと殺せばいいのに辛気臭い」


 何をやってたのさと声を揃えて責める双子の後頭部を、奏が同時に引っ叩いて黙らせている。痛いと聞こえよがしな苦情を聞き流した奏は、禁足地ってと近重に話を促す。


「最後の呪い士がその愛娘と消息を断たれて以降、祓魔士の間では決して足を踏み入れてはならない場所が存在するそうです。術を施してあるので一般人は当然存在も知りません、祓魔士の中でも極少数だけが禁足地としてその場所を語り継いでいるようでして」

「見当がつくか、延広」


 唐突な問いかけにも、ちゃんと背後から応えは返る。また無茶言ってーと呆れたように頭を振りながら現れた延広は、望む答えを持ち合わせないらしい。


「俺は優秀な忍でも、術者じゃないんすよ。天領のほとんどを調べましたけど、そんな意識も向けられない場所がどこかなんて知るわけないでしょうが」

「ちゃんと情報を突合わせたら、地図に空白ができたんじゃないのか」

「突合わせも何も一人で調べたのに、できるわけないでしょーが!」

「やる気が足りない」


 お前それでも忍かと眉を寄せると、若がひでぇと延広が顔を覆って蹲る。


「そもそも一人で抱えるとか愚の骨頂すぎる」

「人海戦術とか知らないの? それで優秀とか」

「黙らっしゃい、この坊々(ぼんぼん)ども。命じただけですべての情報が手に入ると思うなよ」


 そこには下の子の血の滲むような努力がだな、と拳を震わせる奏に延広が無言のまま大きく頷いて同意している。けれど双子は二度ほど瞬きをして、かくんと首を傾げた。


「「だってそれが仕事だろ?」」


 不思議そうな問いかけに、今回ばかりは理人も同意する。集まった情報を使うのが理人たちの仕事だが、それを集めてくるのは部下の仕事だ。集めろと命じはするが部下でいろと強要したわけではない、どんな理由であれ自分たちが選んでその仕事に就いたのだから、任は果たせよ。と思うのだが。


「情報収集よりパンを焼きたいなら、パン屋になればいいし止めないけど」

「うちの執事になるのがどういうことか、分からないままなった奴なんている?」


 それならただの馬鹿だしいらないけどと肩を竦める双子に、奏は複雑な顔をして眉間に指を当てた。もう一声頑張ってくださいよーっと声のないまま延広が縋っているが、ぐうの音も出ませんと手を上げた奏にがくりと項垂れた。


「でも自分にできないことをやってくれる時点で、感謝はしろって話です」


 そこだけは譲れないとばかりに奏が最後の主張をすると、延広も無言で大きく頷いている。それを見ただけで感謝の念が薄れるのは、自分の修行が足りないからか。思わずこちらも無言のままじとりと睨めつけると、そっと視線を外すあたりも憎たらしい。


 とりあえず話が一段落するまで待っていたらしい近重が、そろそろよろしいですかと冷たい目を向けてきた。ごめんごめんと軽く謝罪する奏にはとんでもございませんと笑顔になっているが、理人たちに向ける視線も空気も冷たい。実のところ、一番の強敵はこの侍女だという気はするが、余計な波風を立てたくなくて今日もまた引き下がる。


「禁足地の話だっけ。直接話しても許可を貰えなさそうだった?」

「最初はそうだったのですが、帰る間際になっていきなり姫様ひいさまをお連れしろと掌を返されまして」

「ひいさまって何」

秀真まほろでは昔、主人の子を若様や姫様と呼んだんだ。年配の人は今もそうなんじゃないかな」


 話の腰を折られたら即座に答えを与えるのが真っ先の解決法だと、最近学んだ。問いかけたクザキはふぅんとどうでもよさそうに呟くだけだがそれ以上の質問を繰り出さない、どうやら対応は間違っていなかったらしい。


 近重はもう邪魔してくれるなとばかりに双子を一瞥したが、奏に向き直ってご案内申し上げますと膝を突いた。


「行かないほうがいいと思うけど。罠なんじゃないの」


 全員始末するべきだと軽く目を眇めたウズハの言に、理人も同意を寄せたくはある。自分たちの師に連なると知っていて命を狙ったりはしないだろうが疑う余地はあると警戒するのに、奏は大丈夫だってといっそ気安く保証する。


「でも奏嬢、」

「素人を案内するわけにはいかないって止めるのも当然だし、御前が私の保証をしてくれたら通せってなるのも当然だしね」

「やはり、奏様にはお心当たりがございますか」


 そうではないかと思ったのですと笑顔になる近重に、他人様の威を借りただけだよと奏は軽く手を揺らす。


「それってつまり、洞院とういん殿にご助力頂いたってこと?」

「そうです。ご本人が動くことはできないけど、弟子は好きに使ってほしいって言われたので。一緒に行動はできないけど、これからやることに口出し無用と伝えてもらいました」


 さらりと答える奏にそうなんだと頷いたが、今まで彼女がいたのはただの山。どんな連絡手段があったのかと訝るが、気づいたらしい奏がちらりと理人の胸の辺りを視線で撫でて思い当たる。成る程、呪符とは便利なものだ。


「奏嬢は、禁足地に何があるか見当はついてるとか」

「まあ、概ね。呪いの根源はあるでしょうね」


 何気ない様子で答えられ、聞いていた理人たちのほうが空気をぴりっと震わせる。具体的にどんなものかは分からずとも、その響きだけで不吉も過ぎる。


「そこに行けば解除できるの?」

「そこにある物を壊せばいいの?」


 双子がそっくりの様子で確認すると、聞いた奏はそんな単純なことではないんですよと頭を振る。


「とりあえず何をするにせよ、姉は自力で何とかできるので。一緒に来るのは止めないけど、くれぐれも邪魔をしないで。後、死なないようにね」

「「俺たちがそう簡単に死ぬとでも?」」


 心外だとばかりに詰め寄る双子に、奏はちらりと近重と目を見交わす。分かってないねと奏が頭を振り、分かってませんねと近重が頷く。


「素人さんを相手に君らが後れを取らないのは知ってるけど、術者を相手にその強気で攻め込んだらぷちっ、で終了だからね」

「今の祓魔頭ふつまのかみでさえ、きっと奏様に敵いません。その奏様に呪いをかけた相手となれば、用心はどれだけ重ねても過ぎることにはなりませんでしょう」


 奏様のお手を煩わせるのはやめてくださいとぴしゃりと言い捨てる近重に、双子は同時に目を据わらせる。けれど奏に諫められるまでもなく確かな警告と知るのだろう、僅かに指が動いたが武器は取り出されていない。そうであれば奏にとっても許容範囲なのだろう、さり気なく近重を庇うように立ち位置を変えたがどちらも諫めるではなく話を進める。


「それで、禁足地は近重が案内してくれるの? 他に誰か来るとか」

「いえ、私が聞いて参りました。結界を通るための式札も預かっております」

「じゃあ、解呪を目指して行きますかね」


 軽い口調でそう言うと、近重を促して歩き出す奏に、理人は今まで躊躇って噤んでいた口を恐る恐る開いた。


「聞いていいか分からないから、不快なら答えなくていいんだけど。できれば着くまでに、奏嬢にかけられた呪いがどんなものか聞いておきたいんだけど」

「定かじゃないから予測ですけど、時間を取り上げられてるんだと思います」


 さして隠す必要もつもりもないのか、案外さらりと答えられて拍子抜けするよりも先にぽんと与えられた衝撃に一瞬言葉に詰まる。


「時間って、……え、ひょっとして寿命が縮んでるとかそういう!?」

「寿命を取られるなら、最初の一回が発動した時点で終了してますよ。そうじゃなくて、そこまで生きてきた年数をまるっと奪うんでしょうね。例えばカヤとして生きた二十四年を取り上げられて赤ん坊になったから、誰にもカヤとして認識されなくなったのだと」


 禁術の中に確かあったはずと記憶を辿りながら答えた奏は、そうなると奏も拾われっ子かと何気なく呟いている。


 雪代とよし姫の間に設けられた姫だと多分に本人も思っていたのだろうが、今の仕組みであれば赤子になった彼女を善姫かそれに近い誰かが拾って雪代の子としたのだと考えるべきだろう。雪代さんも可哀想にと他人事のように奏は頭を振っているが、そんな軽く流せる話題ではない。

 いつもながら聞いてない顔でしっかり聞き耳を立てていた双子は、何故かへえと興味深そうに振り返ってきた。


「それって、使いようによっては不老不死と変わらないね」

「半永久的に年を取らないってこと?」


 そんな呪いなら受けたいと言い出す双子に、奏がどこまで愚かなのかとしみじみと頭を振る。


「身体の時間が戻っても、寿命は着々と刻まれてるかもしれないんだよ? そもそも記憶があったところで赤ん坊になったらいつ死ぬともしれない脆さだし、呪いの発動も向こうの都合でいつになるとも知れない危うさなのに」


 愚かを説くそれはそのまま現状の不安定さを説明したに他ならないが、奏はどこか皮肉げに笑って肩を竦めた。


「何のリスクもないお手軽お気軽不老対策だったなら、とっくに流行ってるよ」


 試みようとはしないようにと双子に言いつけ、不安を隠せないでいる理人に視線を向けてきた奏は滲むように笑った。


「既にその呪いを受けてる私としては、気をつけようがないので先にお願いしておきます。いきなり赤子になったら、保護はお願いしますね」

「勿論、責任を持って育てはするけど。まずそうならないように手伝っていいかな」


 眉を顰めつつ同意を求める形で手伝うと断言すると、奏は僅かに眉を上げて素人さんなのに強気ですねと語尾を上げる。けれどその口許がどこか柔らかく緩んでいるから、照れ隠しなのだろうと思うことにする。今はとにかく前を行く小さな肩が、半分どころでなく小さくなってしまうのを止めなければ。


 無茶を止められずとも側にいる、添うと決めた以上はきっとそれが唯一の手段。

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