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猫の尻尾と女の名前  作者: あつろ
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洞院緑水

 最後の呪い士が死んでいないとして、ではどこにいるのか。問われて明確な答えは持ち合わせないが、そもそも何故答えられないのか、という疑問から解消していくべきだろう。


「とりあえず、まず生家から行こうと思うけど。今は別の誰かの家になってるのかな。知ってる、近重?」

「申し訳ありません。祓魔士としての活動までは許されませんでしたので、ご生家の場所は教えてもらっていないのです」


 ですが場所が分かれば即座にお調べ致しますと拳を作る近重に、俺たちのほうが先に調べるよと双子が張り合っているが。


「確か今は陣明じんめい名義になってるから、近重が連絡を取れるんじゃないかな」


 何故かさらっと答えたのは理人あやひとで、奏も含めた全員に不審そうな視線を射込まれている。そんな目で見られる覚えはないと苦笑した理人は、秀真まほろだからねと軽く後ろを指した。


「他国の情報はまだ収集中だけど、ここなら春朗太も延広も伝手があるし」

「人使い荒い、若!!」

「秋谷殿、よろしければ繋ぎを取って頂いても構いませんか。交渉は私が」


 嘆く梁瀬と、お役立ちに働く相模に、思わすほうと感嘆する。将軍の膝元にいたのに天領の事情まで把握しているとなると、大分優秀だ。


「ただあいつらでも、最後の呪い士の名前は掴み切れなかったんだけど。陣明の名を頂いたって近重が言ってたことを考えて、それが御名とか?」

「え。母様は秀真の人ですけど」


 ジンメイという発音は、どちらかと言えば陽亮大陸の名前に近い。生粋の秀真出身者であれば有り得ない音ではないかと首を捻ると、近重が驚いたように目を見開いている。


「てっきり私も、それが御名とばかり。違ったのですか」


 問われ、答えるべきを探して眉を寄せると奏が口を開く前に双子が面倒そうな声で遮ってきた。


「名前とかどうでもいいんだけど」

「場所が分かったなら早く行動しなよ」


 どこに行くのかと苛々したように急かされ、近重もはっとして相模に振り返っている。名義になっているのが誰かを確認し、そのまま相模とやり取りをしているのを遠く眺めながら奏は小さく息を吐いた。


「何だろう、この記憶の中途半端な欠如……」

「でもカヤさんになってからは、抜けはないんだよね」

「カヤになったって何」

「カヤが忘れてても俺たちが覚えてるから平気だよ」


 理人の問いかけにずれた返しを入れる双子に、思わず苦笑する。はいはい、いい子いい子と片手ずつで頭を撫でて黙らせながら、カヤの時は多分大丈夫ですと答えて頷く。


「忘れてても、本気で家族があれこれ教えてくるでしょうし」

「じゃあ、最初のご家族は他には」

「残念ながら、母様の記憶しか。近重、最後の呪い士って他に直弟子がいたって聞く?」


 邪魔してごめんねと合図すると、後はこちらでと相模が引き取ってくれるので近重も急いで戻ってくる。


「直弟子は、一人娘であられるお一人だけと聞き及んでおります。……申し訳ありません、祖母が生きていればもう少し詳しい話も聞けたのでしょうが」

「陣明を賜ったのが一人としても、他に弟子はなかったのか?」

「あ。祖母の弟弟子が一人だけまだご存命です!」


 理人の問いに迂闊でしたと反省しつつも顔を輝かせた近重のそれで、頭を撫でられて黙っていた双子が口を開いた。


「それ、祓魔士?」

「トウインとかいう名前の?」

「……まさか」


 違うよね、違うと言ってと縋るように奏が双子を見ると、まだ殺ってないと小さく頭を振られる。


「「でも今回の依頼」」

「ギリセーフ。え、でも話だけ聞いてさっくり殺っちゃうとか心苦しすぎるんですけど」


 大仰に息を吐いてほっとした後、やめてと軽く強請ると双子はわざとらしくそっくりな様子で眉を上げる。


「依頼なのに」

「無理だよ」

「違約金、倍ほど払うから」

「「一人ずつに倍?」」

「どうせ競争する気だったんでしょ!?」


 倍ずつって何だと反論すると、じゃあ競争すると面白そうに語尾を上げられる。


「奏が一番だったら、違約金なしでいいよ」

「僕らが代わりに祖母様に払う」

「……今ここで私がお祖母ちゃんに電話して直接交渉したら、君らはここでやることがなくなって強制送還になるけど」


 それでも構わなくてとにっこり笑ってみせると、双子は一時停止する。じきに解凍すると、俺たちが払っておくとぼそぼそと告げられるので当たり前だと鼻を鳴らした。


「姉に歯向かおうなんて、百年早い」


 猛省しながら道案内と鼻先に指を突きつけると、不満そうにしたのは僅かだけ。滲むように苦笑すると、無言のまま先導して歩き出す。

 よしと一つ頷いて後を追うと、自由すぎるーと頭を振っている梁瀬を置いて理人も追いかけてくる。


「生家には行ける手筈を整えておけばいいかな」

「あ、それでお願いできますか。別に中まで見せてもらえなくても大丈夫なので」

「そんなわけには参りません。私は祖母の跡を継いだ伯父と伯母にも連絡して、そのようなことがないよう手配しておきます。終わってから必ず洞院とういん様のお屋敷に向かいますので、しばしお側を離れますことをお許し頂けますでしょうか」


 生真面目に断りを入れられるのでその間待ってようかと提案するより早く、理人が振り返って指示を出す。


「延広、春朗太、近重を守って奏嬢の許に必ず戻せ」

「「御意」」


 片手に胸を当てて一礼する梁瀬と、片膝まで突いて頭を垂れる相模を確認して解決だねと理人が笑顔を向けてくる。

 何か言いたい心境で顔を見たが特に言葉も見当たらなかったので近重に変え、そういうことでと告げる。早めに向かいますと張り切って請け負う近重にゆっくりでいいよと手を揺らし、案内してるんだからちゃんとついて来いよとばかりに少し先でぶすくれた顔をしている双子に向かう。


「二人とも、これから攻撃に向かうわけじゃないんだから。顔繋ぎができる近重を待つ、って発想をちゃんと持ちなさい」

「どうして。乗り込んで話を聞くだけだろ」

「歯向かうようなら、逆らえないようにして話を聞けばいいよね」

「あんまり非常識を晒すと、その辺にポイ捨てするけど」


 暗殺者の常識は一般人の非常識! と指を突きつけると、そればっかりと肩を竦められる。カヤだった頃から口を酸っぱくして唱えているのに、ここまで効力の薄い呪文も珍しい。頭が痛いと額を押さえて深い溜め息をつくと、理人がごめんと声をかけてくる。


「天領だと、俺もあまり役に立たなくて」

「理人さんのせいじゃないですよ。歴代の将軍が愚かしくも帝と対立するが真似をした馬鹿、ってだけです」

「でもあの時にあの人の首を取っておけば、少しは歓迎されたかもしれないのに」


 面倒がったばっかりにと後悔する理人の言葉で、双子が振り返ってどこか声を弾ませる。


「「誰か殺してくる?」」

「私が君らをそうしたくなる前に、口は閉じたほうがいい」


 やっていい時は言うから引っ込んでなさいと声を尖らせると、出しかけていた武器を片付けて黙々と足を進め始める。どうして最初からそうできないのか。


「理人さんは、その洞院って人をご存じないんですか」


 双子に聞いたところで、ターゲットの住所と顔くらいしか知らないに決まっている。せめてもう少し前情報がほしいと理人に水を向けると、名前と役職くらいだけどと断りを入れつつも知っているだけの情報を並べてくれる。


「洞院緑水(りょくすい)、先代の祓魔頭ふつまのかみを務めた人だよね。二代の帝にお仕えして、五年くらい前に足を失くして現役を退いたんだったかな。今は直弟子の寄瀬よりせ友直が継いでるはず」

「……え、何ですか、そのお役立ち情報。天領にいないで得られるものですか、それ」


 祓魔士関連は、天領外では最大の極秘事項のはずだ。彼らはただただ帝と天領を守るためにあって外交には関わらない、天領を出たり引退した場合はそれこそ式札を使って口外できないように縛られるはず。

 帝に程近い極少数しか知りえないはずのことまでどうやって知ったんだと引き気味に尋ねると、何でもないことのように笑われる。


「あれで延広も、優秀な忍なんだ」

「否定の余地がない事実ですね」


 極力手を抜きたがり仕事を回避したがる姿しか見たことがなかったが、認識を改める。そんなにお役立ちなら色々と押しつけたいところだが、今は過去と対面するのが先決だろう。


「でも今程度の情報で全部かな。家族構成も調べさせればよかった」

「──人質を取って口を割らせる気はないので、物騒な発想は引っ込めなさい」


 大方そんなところだろうと頬を引き攣らせて突っ込むと、理人の視線もふいと流れる。

 どうして彼女の周りには、こう手荒な手段に訴えたがる人間ばかりが揃っているのか。洞院家では如何にしてこの全員を待機させておくか、着くまでに真剣に検討したほうがいいのかもしれない。


 とりあえず尋ねたいあれこれを自分の中で纏めつつついて歩き、天領を守る結界の端近くまで行ったところで双子が同時に前を指した。


「「あれ」」


 揃った声に思考に沈んでいた視線を上げると、指された先は屋敷ではなく山。さほどの高さではなく、女の足でも半日あれば踏破できそうではあるが、ここから一人を捜し出すには面倒そうだ。


「まさか、山で仙人じみて暮らしてるとか?」

「あのどこかにいるらしいけど」

「珍しく祖母様の指示書にも詳しい場所がなかった」

「山中に庵を構えてるってことかな」


 すぐに見つかるといいけどと不満げにする三人の言葉を聞きながら、この状況は何かが引っかかると記憶を辿る。


 日常では使わない、けれど呪いの根源となる術の数々。幼い頃に教わったけれど自分には関係ないと奥底に沈めた内の一つ、気づいた可能性に小さく唸るような声が洩れた。

 本気であれを実行しているのなら、待ち受けているのはとても楽しくない事態だろう。


(行きたくないと言うべきか、間に合ったと言うべきか……)


 微妙なところだと小さく顔を顰めるが、黙って引き下がれるほど現状が逼迫していないわけではない。自分にかけられた呪いが進行しているなら、もうさほど時間はない。解呪に際して誰と対峙するにしても情報は必要だ、間に合うのなら聞き出すべきだろう。


 きちんと事実を話してくれるかは時の運だとしても、試さずに帰れない。


「じゃあ、ちょっと行ってきます。話を聞けば出てくるので、三人はここで近重を待ってください」

「奏嬢、」


 駄目だと止められるより早く足を踏み出し、ついて来ようとしている三人に肩越しに振り返る。


「どうせ誰も入れませんよ」


 無駄な努力はしないほうがいいと親切心で勧めるのに、三人とも忠告虚しく既に狐に抓まれている。


 ある一定の距離まで進むと、勝手に身体の向きが変わるのだ。全員同じ状態らしく、戸惑い、焦り、無理にも進もうとむきになっているのを見て無理だってと呆れて声をかける。


「素人に祓魔頭の術が解けるわけがないでしょうに。大人しくそこで待ってなさい」

「術なら破り方があるよね」

「奏がやった方法、教えてよ」


 今すぐと苛々したように双子が眉を上げるが、奏は足を止めないままご冗談と肩を竦める。


「私は結界を破らずに入れるけど、君らにそれは無理。ここの結界を破ると、天領が困るから却下。中にいるのは本人だけだし、敵意はないようだけど襲われたところで凌げる。よって、君らはここでお留守番。戻るのを待てないならどこかに宿でも取って、そっちに移動してて」


 邪魔したら怒るよとわざわざ身体ごと振り返って言いつけると、最後通告と知っているのだろう、三人ともむうと黙り込むが無駄な努力を諦める。それを認めてよしと一つ頷き、行ってきますと片手を上げる。


 鬼が出るか、蛇が出るか。どちらにしろ身を蝕む呪いより悪いことはないなら、進むだけだ。

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