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猫の尻尾と女の名前  作者: あつろ
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不意の招き

 さあ自由に色々やっていいですよといきなりすべての選択肢を委ねられると、特にこれといってしたいこともない自分に気づいて少し頭が痛い。一先ず将軍と話している時に思い出した王様の国には来てみたが、それでどうする。というところで止まっている。


「どうしよう、自分があまりに無目的で夢のない人間だって気づいて愕然としてる……」

「旅券を手に入れるために結構な無茶を働いた人に、そう言われても受け入れ難いけど。やるべきを一回達成して、ちょっと気が抜けてるだけじゃないかな」


 すぐに見つかると思うよと慰めてくれる理人あやひとに、そうかなぁと疑いつつもちらりと視線を向ける。


「そう言う理人さんは、したいこととかあるんですか」

「俺は君の側にいるのが目的だから。どんな時でも守りたい、がしたいことかな」

「……もうちょっとまともな目的を持ったほうがいいですよ」


 引くしかできない答えに頬を引き攣らせると、生涯かけての壮大な目標だけどとわざとらしい笑顔を向けられる。最近、どんどんと図太くなっているように思うのは気のせいだろうか。ただの猫のままでいれば、可愛げもあったに。


「私は白い虎しか認めない」

「染色したほうがいいなら、お望みのまま」

「でしたら心も白く染めてこられたほうがよろしいですよ」


 今は真っ黒のようですから、とにこにこした笑顔で理人に突っ込んでいるのは近重。思わず吹き出したのを誤魔化したげに横を向くが、理人の恨めしげな視線は感じる。

 とりあえず二人の諍いに口は出しませんとこほんと咳払いをして聞き流し、辺りを見回した。


 ここに来たのは、カヤだった頃以来だ。俺の命はそんなに安値か! とぶち切れた王様は、自分が思う値段を押しつけてきた挙句に何故か観光案内までしてくれた。あまりに豪気すぎて、思い出すたびに笑ってしまう対応だ。

 代替わりしたという話も聞かないから今も王であるはずだが、年齢的にはもう引退してもおかしくない高齢なのではなかろうか。


(ちょこっと気になるし、夜中にでも忍び込んで、)


 みようかなーとあまりよろしくない考えを巡らせていると、何故か辺りが騒がしくなった。空港を出たばかりの場所で、観光するほどの興味もないけどどうしましょうねと立ち尽くしていたところだ。邪魔にならないように端に避ける気遣いを発揮する程度には人気も多く、それだけ人がいれば犯罪率が高くなっても不思議はない。

 巻き込まれたくないから確認する程度の意識で視線を向けたのに、騒ぎの中心である団体とばっちり目が合った。


「おや、目が合った」

「……え。隠形の呪符を使ってるんじゃなかった?」


 珍しいと呟くと、一拍遅れて理人が驚く。近重も警戒したように眉を寄せるが、その間にこの国の近衛師団の制服を纏った一団が躊躇なく奏に近寄ってきた。


「カヤ・ウェインスフォード様とお見受けします」

「人違いです」


 一呼吸も置かずに否定するのに、声をかけてきた代表者は小さく後ろに合図をしてその場で片膝を突いた。当然のように後ろの団体様もそれに従い、人目の多い駅前で近衛師団が小娘に跪くという奇異な光景が繰り広げられる。


「凄まじく迷惑なんですけど、やめてもらえませんか」

「我が王の命を受け、お迎えに上がりました。何卒王宮に足を運んで頂くようにとの仰せです、叶わぬなら叶うまで我らが付き随うものとお覚悟ください」

「なんて脅迫を」


 とんでもないなとカヤが顔を顰めると、理人の手が提げた剣の柄にかかる。すぐ暴力に訴えないと軽く睨んで止め、どうやら逃げても無駄らしい事態にそっと息を吐く。


 ここで姿を晦ますのは、案外骨が折れそうだ。隠形の呪符を使っているのに見つけられたということは、何らかの対抗策を持ち合わせているということ。

 当然ながら、呪符も万能ではない。存在さえ知らないような人間を相手にするなら圧倒的優位に立てるが、実際には対抗手段は幾つかある。すべてを見破る呪符を使う、呪符を無効化する式札を使う、若しくは聖職者が得意とする神聖術などを使えばいい。


(そもそも呪術を封じるために研究した結果が祓魔なんだし、破られないための手段も講じるべきだったんだけど。最近は秀真まほろでも使える人が少ないから、油断してた)


 最初の母が聞いたら、生温い目で見守ってきそうな為体だ。反省しようと心に誓うが、今は間に合わない。


 近衛師団の代表者は決してこちらから目を離さないし、首を垂れている全員が奏たち三人の動向を探っているのも分かる。隠形が効くなら三人ばらばらに逃げれば撒けそうだが、今の状態では近重が真っ先に捕まるだろう。

 近重が酷い目に遭うのを看過できるなら、そもそも国に置いてきた。ここは従っておくのが最適解だろう。


「奏様」


 私のことなどお気になさいますなと眉根を寄せる近重を、軽く手で制する。途端に口惜しげではあってもきゅっと唇を噛んで控えられるので褒めるように口許を緩ませ、小さく首を傾げて代表者を見下ろした。


「私をその名で呼ぶということは、この場で全員の首が飛ぶのも覚悟の上か」

「っ、」


 ひやりとした殺意を向けると、全員が咄嗟に剣に手をかけかける。けれど意志の力だけでどうにか堪え、代表者は一度喉を鳴らしてから真っ直ぐに見据えてきた。


「それで我が王の意に副って頂けるならば」


 甘んじてお受け致しますと挑戦的に答えられ、ふっと口許を緩めた。殺意を消すと後ろの何人かは崩れるように手を突いている、現役を退いて長いがまだ通用することに気を良くしながらいいよと軽く頷いた。


「連れも同行すること、私以上に丁重に扱うことを約束するならついていく」

「必ず」


 力強く肯んじられ、信じてもいい空気に何度か頷く。ゆっくりと立ち上がった代表者はまだ首を垂れたまま、こちらへと促してくる。

 本当に行くのかとばかりに近重と理人が視線で窺ってくるが、行くと宣言すれば二人はついてきてくれると知っている。とはいえ逃げ場も残すべきだったと反省し、足は止めないままも予想通りについてきてくれる二人に顔だけ振り返る。


「同行を認めさせてから聞くことじゃないですけど、どこかに宿でも取って待っててくれても構いませんよ」

「断られてもついていく、以外の選択肢は最初からないけど」

「奏様は御身だけではすぐに油断なさいますので、私くらい足手纏いがいたほうが丁度よろしいのです」


 しっかり守ってくださらないとすぐ死にますからご注意くださいと胸を張る近重に、理人も小さく吹き出した。


「初めて聞く類の脅迫だな」

「どうしよう、近重が日増しに逞しくなっていく」


 かっこいいわーと苦笑がちに笑い、先を歩く近衛師団の背中を眺める。気づいた理人は少しだけ顔を近づけて、大丈夫と声なく尋ねてくる。


「無粋な招きですけど、呼ばれた理由は気になりますし。彼らが独断で始末しようとしてるのだとしても、返り討ちくらいは容易いですからね」

「なら先に少し数を減らし、」

「ません。何なの、君いつからそんな好戦的になったの。敵即ち切るとかやりたいなら、将軍をそもそも排除しておくべきでしょう」

「あれは俺の敵であって、奏嬢の敵ではなかったからね──最初は」


 排除にかける情熱もなかったと肩を竦められ、どうして奏の敵には無駄にそれを発揮するんだと突っ込みたい気分になる。とはいえ碌な返事ではない見当もついたので何とか堪え、行く先を眺める。


 近衛師団が迎えに来た時点からあまり隠す気はなさそうだと思ったが、どうやら王宮に正面から乗り込むらしい。二十歳にも満たない小娘を王の客として堂々と招くなんて、正気を疑われるような事態だ。いっそ罪人として引っ立てたほうが体面は保てたのではないかと思うが、そうしないのは彼女に対する誠意だろうか。


 脅したからだけではなくこちらの機嫌を損ねないようにと気を使っている近衛師団を見れば、以前の対応を彷彿とさせる。金で命を奪いに来て、同じく金で見逃しただけの暗殺者だというのに、十年来の友人であるかのように扱われてむず痒かった。あれ以降直接顔を合わせることこそなかったが、時折元気でやっているかと唐突な親書も届いたものだ。それを友人関係と呼ぶなら、今の扱いも同等のようではある。


(けどよく考えたらどこにいてもちゃんと手元に届いてた、あれもどうやってたのかもっと疑問を覚えるべきだったのでは)


 いきなり友人に格上げされた状況への不審が大きすぎて見逃していたが、色々と詰問すべき事態だったと今更に気づく。


(そもそも奏になってから一切接触してないのに、どうしてカヤ呼ばわりされてるんだろう)


 例えば、ヴィシュムに限らず主要国には耳目を派遣していたとしても不思議はない。奏がウェインスフォードに追い回されている姿を目撃された可能性はある、因縁の有無に察しがつくのはいいとしよう。

 けれど家族が些細な癖や直感でカヤだと感じ取ったのとは違う、遠く離れてほとんど関わりのなかった存在が、いきなり年齢はおろか姿形の違う小娘をいつかの暗殺者と同一だと認識した理由が分からない。


(さすがにどれだけ優秀なスパイ教育を受けてたって、家の子全員の目を掻い潜るのは無理だし。ウェインスフォードの情報統制は、下手な独裁政権より厳しいんだけど)


 家に仕える執事の数は多いが、その内の誰かが裏切った可能性は万に一つもない。何故ならその兆候が見えた時点で、切り捨てられるからだ──物理的に。釈明の余地などない、疑われた時点で終了。灰色の曖昧さなど認めない、それが世界的に名を馳せる暗殺一家のやり口だ。実にイメージ通りで恐ろしい。

 よくあれで執事の数が減らないものだと、カヤだった頃からしみじみ思う。


 と、ちょっとした現実逃避に勤しんでいる間も案内する代表者の足は止まらない。王宮に入ってから元の任務に戻るのかぽつぽつと近衛師団の人数は減っているが、恐ろしいことに警備の数が増える様子はない。奥へ奥へと向かう先を脳内の地図と照らせば、間違いなく王の居室に近づいている。


「案内されるまま歩いてるけど、これって執務室でさえなく居室に向かってない?」


 正気を疑るように前を行く代表者に声をかけると、何を今更的に僅かだけ振り返ってそうですがと頷かれる。


「お連れの方も同行を、とのことでしたので。直接向かっています」

「ここの警備システムはどうなってるの。私たちが暗殺者だったら、色々終了するけど」

「ウェインスフォード家が家業を変えられたとは聞いてませんが」

「分かってるなら警戒しようよ!」


 馬鹿なのかと思わず全身で突っ込むと、代表者はそこで初めて僅かに口許を緩めた。


「本気で王が命を狙う不届き者は、そのような心配などなさいませんでしょう。それに、例え目的がそうであったとしても王がお招きすると決められた以上、我らは口出し無用と存じます」


 故に、どうぞ。と廊下の途中で足を止めた代表者がその先を手で示しながら深く頭を垂れた。


「我らが許されているのはここまで。後は直接、王にお伺いください」


 促され、前方に視線を向ける。大の男が五人ほど両手を広げて通れそうな広い廊下、その先にまだ遠く見える馬鹿でかい扉は以前も潜った。帰りに、一度。


(そういえば、正面から入るのはこれが初めてか)


 以前は褒められない訪ね方でしたからねと心中に苦笑し、そっと息を整える。


 招かれたとはいえ、事情はよく分からない。対面するまで警戒しろは、自分にもかけられる言葉だ。忍び込んですべてを秘密裏に済ませられる時期はもう過ぎた、今の奏の側には二人も離れない存在がいる。


「鬼が出るか、蛇が出るか」

「大丈夫、どっちが出ても切れば済むよ」

「直接切るのが理人様なら、奏様はご無事で済みますし。それでよろしいかと」

「……そろそろ近重に対する認識を改めようかと思います」

「秀真を出た時点で俺は改めた」

「まあ。お褒めに預かり光栄です」


 諦め顔の理人に、にこりと笑いかける近重が強気だ。色々と見習うべきだろう。

 ともあれ視軸を前に据え、肚を決める。


 停滞して淀む無様を厭うなら、何が出ようと突き進むべきだ。

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