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猫の尻尾と女の名前  作者: あつろ
24/42

世界の理

 秀真まほろを出てから丁度十日、どうにか行忠と約束した日限を守ることはできた。


 奏が帰りますと宣言してからもカヤの家族は何のかんのと理由をつけて引き伸ばし、結局空港までも見送りにとついてきて、最後まで振り回された。おかげで実際に秀真の空港に着いたのはつい先ほど、日付が変わるぎりぎりだった。ひやひやしたが何とか滑り込んだには違いなく、ちゃんと日付を明記して職員の印を押させたので問題はない。


(最終便どころかその後に飛ばしたからな、自家用機を。秀真じゃなくて、ウェインスフォードのを!)


 間に合わなかったらどうしてくれるーっと父親に当たる人物の肩をがくがくと揺さ振った奏のために用意されたのだが、その準備にかけられた時間は四半刻ほどだった。公共の空港に当たり前の顔をして格納されている自家用機に奏が何の疑問もなく乗り込んでいくのを見て、チョコレート運びを主として随行を許された延広もさすがに遠い目をしていた。


 奏は時折理人(あやひと)の行動を見て、セレブか。と苦い顔をして吐き捨てるが、ウェインスフォードの家族に対しても度々そんな目を向けていた。それでも自分の利益に繋がるなら無言で受け入れるあたりは、とても奏らしいのだろう。


 ともあれ空港職員とのやり取りを全部理人に任せた奏は、搭乗口の外でずっと待機していたらしい近重を見つけて笑顔で招いている。


「近重、ごめん、こんな時間になって。すごく待たせたね」

「とんでもありません、御無事でお戻りくださって何よりです。言いつかった物は用意致しましたが、理人様と一緒にお戻りであれば不要にございますね。処分しておきましょうか」

「まさか、貰う貰う。用心に越したことはないからね、ありがとう」


 面倒を頼んでごめんと笑顔を向けた奏に、近重は心底嬉しそうにお役に立てたなら恐悦ですと頬を染めている。理人は職員に圧力をかけて素早い対応を引き出せばお役御免だ。残りの煩雑な手続きは延広に押しつけ、何を用意してもらったのと奏に声をかけに行く。それは勿論と嬉しそうに声を弾ませた奏が見せてくるのは、何故か午後一番に発行された奏の入港証明書。


 理人はちらりと後ろを振り返って職員と話している延広を眺めたが、代表者たる理人の名前がある入港証明書には三人連れとしか書かれていないのを思い出して奏の持つそれをもう一度眺めた。しっかりと奏の名前が記されていて、同行者はない。表面上は理人が持つ書類とも矛盾はしないが、眉根は寄る。


「理人さん以外の名前がない書類だと、本当に帰ってたか分からないなんて因縁をつけられかねないですしね。そうした場合に対処できるかと思って」

「確かに備えは多いほうがいいけど、」


 一体どうやって手に入れたのかと疑問を抱くのは、鎖国を解いた今も厳しい入国審査を受けねばならない秀真の体制に自負があるから。自国民であっても、外から戻った時はそれなりに厳しい審査を受ける。仮旅券とはいえ同じ技術で発行されている、どうしても旅券を手に入れたがっていた奏でさえ偽造を諦めたのに、仮旅券であれば作れるというわけでもないならどうやったのか。


(そもそもそんな簡単に作れるなら、奏嬢は今の苦労をしなくてよかったって話になるはず)


 どんな手段なら可能かと思わず本気で考え込んでいる理人に、見かねたらしい近重が懐からちらりと呪符を覗かせてすぐに戻した。視界の端に過ったのは、ヴィシュムで理人に渡されたそれと同種の物だろう。


(でも姿を変えただけで通れるとは……)


 理人が渡された呪符は、本当にただ姿を変えるだけだった。話す必要性がなかったから黙っていただけで、口を開けば声は理人のままだった。確かに空港職員が奏の声を知っているはずはないが、映像を確認すれば偽物だと分かるだろう。


(あの人に関しては、そこまでしなくてもってことを平気な顔で要求してくるからな……。今の内に映像を壊して、)


「証拠になるから消さないでくださいね」


 理人の思考を読んで止めてくる奏に、僅かに眉を上げたのは止められた理由が分からないから。奏は理人が理解に及んでないのも分かっているだろうが、げんなりした様子で延広が書類を持って出てきたのを見て外に出ようと促す。すぐに車をご用意致しますと近重が張り切っているのを眺めながら、奏にそっと問いかける。


「昼に帰ったはずの奏嬢がここにいて、大丈夫?」

「後から戻った婚約者を迎えに来るのに、何か問題が?」

「……ないね」


 あまりその気もないだろうに、ちゃっかり言い訳には使うらしい。苦笑したい気分ではあるが確かに反論の余地はない最適の立場ではある、辻褄を合わせられるようなら一先ず映像は破壊しないでおくかと延広に指示を出すのは控える。

 分かった上で残せと言うなら、使い道もあるのだろう。万が一に備えるなら別の方法をと考えている間に、本来であれば閉まっている時間帯でほとんど人気のない空港玄関に辿り着いた。最低限の照明しかついておらず、しんと静まり返った夜の空気にうえーと声を上げたのは延広。


「深夜の空港とか不気味すぎる……。若、俺も車に同乗していいですか」

「自力で帰れ、忍」

「ひでぇ、忍差別! 三人乗るのも四人乗るのも変わんないでしょうよ、乗せてー!」

「黙れ、走って帰れ」


 子供みたいにぐたぐだ言うなと吐き捨てると、延広が抗議してくる前に奏がおかしそうに肩を震わせた。楽しそうなのはいいことだが、何に反応されたのだろうと首を捻ると面白そうに解説される。


「理人さんって、梁瀬さんに対する時は子供みたいですね」

「っ、子供ならこっちだよね!?」


 心外だと力一杯聞き返すのに、奏は軽く首を傾げつつ理人の後ろに控える延広を見る。


「梁瀬さん、理人さんの教育係か何かだったでしょう。子供の頃に常だった会話の仕方が、そのまま出てる感じです」

「おお、御慧眼。確かに若の反応、小さい頃と変わんないなー」

「お前がいつまでも若呼ばわりするからだろう!」


 態度を改めろと吐き捨てると、延広は昔から敬意は変わりませんと殊更恭しく一礼してくるのが腹立たしい。奏が見ていなければ、とりあえず蹴飛ばしたいところだ。足を出せない代わりに本気で走って帰れと命じるが、そんな意地悪をされなくてもと奏が宥めてくる。


「どうせ四人乗っても一緒は確かですから、私は構いませんよ」

「ああ、なんて優しいお嬢さんだ……! 若、せっかく未来の奥方が仰ってくださるんです、御好意を無碍にはできませんよね、ね!?」


 こう言っておけば逆らい難いだろうとばかりの上っ面な言葉に額が引き攣るが、にこにことこちらを見ている奏を見ると切り捨て難い。今ここでいらない口を開いて嫌われるのも避けたいなら、溜め息をつくしかない。


 それを了承と知って勝ったとばかりに拳を作る延広を後ろから殴りつけていると、車の準備を整えて戻った近重があれは何をやっているのかと視線だけで奏に尋ねている。馬鹿のやることは分からないとばかりに頭を振るだけで答える奏も切ないが、左様ですかとばかりに頷く近重にも色々と物申したい。


(言っても勝ち目はないから言わないけど……)


 頭を抱えるようにして嘆くと、賢明な判断ですねーと面白がって語尾を上げた奏がさっさと帰りましょうと乗車を促す。逆らう気もなく先に乗り込んで後から乗ってくる奏に手を貸し、延広が乗り込んで近重に手を貸している。全員乗り込んだのを確認した御者が施錠して御者席に戻ったのを見届けた奏は、どこからか呪符を取り出して乗降口の扉に貼りつけた。


「あー、ひょっとして今までも使ってくれてた?」

「主に自分の用心ですので、お気になさらず」


 人目を憚る必要がなくなって堂々と貼りつけられるのだろう呪符は、書かれている内容からして防音のための物だろう。書きつける文字さえ変えれば様々な用途に使える呪符の威力に軽く唸っていると、初めて見るらしい延広は何度か目を瞬かせている。


「それ、ひょっとして呪符ですか」

「あ、優秀ですね」


 そうなんですよ、式札じゃなくて呪符なんですよと満足そうに頷く奏に、延広はいやいやえっとと軽く頬を引き攣らせる。


「威力は呪符のほうが上だって聞いたことありますけど、秀真だと一応禁術ですよね!?」

「祓魔士が勝手に敵視してるだけで、帝が禁じると言われたことはないはずだが」

「それはそうですよ。実は密かに帝のお抱えですからね、呪い士(まじないし)って」


 禁じたりすれば自分の首まで絞めちゃいますからねーとさらりと告げる奏に、さすがに理人も延広と一緒に、は!? と声を揃えてしまう。奏は、そうか密かにだから普通は知らないのかと何度か瞬きをしたが、知ったらもう同罪ですねと可愛らしく笑う。


「いやいや待って、ちょっと待って。知りたくなかった、そんな情報っ」

「忍たるもの、情報は武器でしょうに。多くても損はないですよ」

「こんな自分の身が危うい武器なんぞいるかーっ!」


 誰か記憶を消してくれといきなり恐慌する延広に、今まで黙っていた近重が僭越ながらと呪符を取り出した。


「頭をかち割れば、死ぬか記憶が消えるかするのでは」

「おーっと、これは究極の二択。上手く記憶だけ飛べばいいですね」

「待って待って、止めてくんないの!?」

「理人さんが止められるなら止めますけど、」

「あ、好きにしていいよ。最悪、車ごと処分すれば後腐れもないし」


 後始末くらいは請け負うと笑顔になる理人に、若ーっ!! と切実な悲鳴が上がるのが煩い。奏の耳が壊れればどうする気だと睨みつけると、俺の命も大事にしてくださいと本気の強さで縋られる。鬱陶しい。


 面白そうに眺めていた奏は、本気で頭を抱える延広を宥めるようにまあまあと口を開いた。


「悪乗りしたのは申し訳ないですけど、近重に人殺しをさせる気はないから安心してください。やるなら自分でやりますよ」

「そこは俺を頼ってくれてもいいところだと思うんだけど」

「大丈夫です、奏様。お望みとあれば殺しはしないよう調整致しますっ」

「待とう、お嬢さん方。若が怖いのは元からだけど、君らまで怖い怖い、え、何、最近の子って皆こうなの」


 俺は逃げるべきなの、乗る車を間違えたのと頬を引き攣らせる延広は半分ほど本気のようだ。奏が使ったのが呪符だと見分けられたなら呪い士のあり方くらい知っているだろうに、これでも忍なのだろうか。


 情けないとかつての教育係に目を眇めていると、人格はともかくその手腕を高く買ってお願いがあるんですけどと奏がわざとらしい笑みを浮かべて延広を見据えた。

 嫌な予感しかしないと逃げたげにされるが、主である理人が許可しないのだからこの狭い車内から逃げる術はない。それに、仮に理人が許したところで先ほど奏が扉に貼った呪符の効果は防音だけでなく逃亡阻止も担っている。呪符を書き換える、若しくは燃やすなどして効力を打ち消すことができないなら、物理的にも逃げられない。


(そもそも俺に逃がす気がないんだから、諦めろ)


 口にはしないまま、理人は奏と同じようにわざとらしい笑みを延広に向ける。性質の悪いのが増えたっ、と顔色だけで失礼をほざく延広への鉄拳制裁は任された。ついでに減給もしておこう。


「とりあえずこの車に乗ったが最後、一蓮托生。ということで。梁瀬さんに一つお仕事をお願いしてもいいですか、理人さん」

「どうぞ。俺のすべては既に君のもの、なら俺に仕える忍も同様に」


 好きにしていいよと気安く許可を与えると、一瞬奏が何とも言い難い顔をしたが今は聞かなかったことにしようと切り替えたのが分かる。若の自虐に巻き込まんでと、実際に挙げられた悲鳴は殴りつけて黙らせておく。


 どうやら延広には自覚が薄いらしいので、敢えて言おう。


 忍に人権はない。男が女に逆らえないのと同じくらい、それは決して覆らない世界の理だ。

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