1:逆ざまぁとか出来るほど頭良くないです
勢いで書きました。いろいろ細かい所はふわっとしています。だから気にしないでください。
いやね、前世の記憶が戻った時は絶望しましたよ。だって悪役令嬢なる者に転生していると分かったのですからね。
でも、今それ以上に絶望するような事態が存在していることにさらに絶望しそうです。一体全体何がどうしてこうなったのか神様に説明を求める所存です。こうなった以上、断固たる決意と共に全ての真相を追及するのもやむをえません。
従って一つだけ心からのお願いがあります、聞いてもらえないでしょうか神様。
どうか……どうか……どうか!!
今すぐ警察を呼んできてください!! ハンマーを持ったヒロインに殺されそうです!!
え? 神様に言ってもしょうがない? 理不尽な現実をどうもありがとうございました。
でもこのくらいは言わせてください。だって今、目の前にヒロインいるんですから。
前世の記憶が戻ったのは5歳の時、お爺様のお葬式の途中でした。棺に納められたお爺様を見てこう、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けたのです。そして記憶に浮かび上がってくるのはある1枚のスチル。
老人が棺に納められその棺に縋り付いて泣いている幼い少女。大好きだった祖父を亡くした少女はその後ひどく落ち込み、それを心配した両親や兄姉に甘やかされ我儘に成長するのです……って! その我儘令嬢ってのが私ことジェーン・ヴィクティム公爵令嬢じゃないですかやだー。
「令嬢探偵事件簿~恋と事件の輪舞~」略して令探という乙女ゲームに出てくる悪役令嬢のバックボーンを説明するためにだけ用意されたこの1シーン。何だかんだと悪役令嬢にもスポットライトが当たるようになった時代に合わせて用意されたシーンで何故か印象に残っていたんですよね。
ゲームの舞台はよくある西洋ファンタジー世界で魔法とかはありません。蒸気機関がようやく出来るかなくらいの時代でヒロインは男爵家の令嬢として生まれます。そして貴族などが通う学校で攻略キャラとイチャコラしながら恋愛をするのですが、このゲームは一味違いました。
通っている学校で殺人事件が起こるのですが、その事件を攻略対象と一緒に解決に導くという摩訶不思議ワールド。しかも本格推理小説家監修らしく無駄に事件のクオリティが高いというおまけつき。
そうしながら攻略対象と仲を深めて事件も解決するというゲームだったのですが、攻略対象の一人であるヘルティバ王国の王太子ディルジョン・ヘルティバ殿下の婚約者が私なんですよねー。政略結婚での婚約ですが、ジョン様に執着して束縛しようとする痛い女性として描かれていました。
ちなみにジョン様のルートでは悪役令嬢ぶりを遺憾なく発揮し、最後には真犯人に唆されて殺人未遂までやってしまうというフルコース。バッドエンドならヒロインを殺してジェーンである私も破滅ですが、失敗すると捕まって裁きを受け婚約破棄の後、修道院で病死(暗殺)コースです。
他の攻略対象のルートにも悪役令嬢は出ますが、その頂点に君臨しているのが私ジェーン・ヴィクティムなのでラスボス感満載でしたっけ。
他の攻略対象の時のジェーンの扱いもまた十分に酷かったりします。取り巻きの悪役令嬢のせいで色々な不正がバレ、真犯人に自殺に偽装されて殺された上、全ての罪を着せられるという結末を筆頭にバラエティーに富んだ末路が待っているとか。親友から聞いた話だけなので細かいことは覚えていませんけれど。
うん、詰んでる。これ以上ないくらい詰んでます。ちなみにルートによって違いますが、攻略対象は6人いますがどのルートを選ぶかで被害者が決まるという不条理仕様。もっとも被害者は攻略対象以外なのでプレイヤーに害は無いというから炎上もしなかったんですよね。
前世の私はゲームオタクでしたが、専らオープンワールドやTPSにアクションといったゲームを中心にやっており、洋ゲー大好き女子でした。年齢? 覚えていませんが働いていた記憶はあるのできっと社会人でしょう。ちなみに死因は全くこれぽっちも覚えていません。良かったです苦しい記憶とかなくて。
あと前世の名前や家族構成などはあやふやですが、親友のことはかなり強く記憶に残っています。
この令探を私に強く進めてきたのも親友でした。彼女曰く甘い乙女ゲーのくせに本格推理物とかいうコンセプトが迷子になったようなゲームだとか。しかし奇跡的なバランスで製作されている神ゲーなのだと強く力説されたのを覚えています。
一応やってみてジョン様ルートだけはクリアしたのですが、私に推理は不可能でした。攻略対象1人分しかエンディング見てないんですよね。何度犯人を間違えて逆にヒロインが捕まったか。何度殺人鬼との対決で判断を間違えて死亡したか!
だってヒロインったら助けてくれる攻略対象と合流できないと殺されるんですよ!? そこは物陰に隠れてやり過ごせよ!とか、今だ!上から花瓶を落として真犯人を始末しろ!と何度思ったことか! 正直、ジョン様の見た目のみが好みど真ん中ドストレートじゃなかったら挫折していました。性格は俺様傍若無人無神経野郎だったのでセリフは全て飛ばしていましたけれど。
向いていないと分かったのでトロコンしないで返したのですが、そういえばその時何か親友が言っていましたっけ。隠し攻略キャラがいるとかDLCが面白いとか言っていましたが当時はスルーしたんですよね。
記憶が戻った私はゲームの通り甘やかしてくる両親や兄姉の愛情を受けつつも、我儘にならないように、悪役令嬢にならないように気を付けました。だって素行が悪かったから濡れ衣を着せられたわけで。それに真犯人に唆されなければ身の安全は保障されたようなものです。きっと……多分。
もちろんゲームの通りに進むとは限りませんし、この世界の攻略対象も生きている人間です。だからこそ誠実にまじめに貴族として生きていくのが一番良いと判断したのです。
真犯人は誰かですか? あはははは……記憶に残っていないんですよねこれが! てへぺろ。
てへぺろじゃないですよ私! これじゃ未然に事件は防げないし、真犯人避けようもないじゃないか!……とはいえ無い物は無いのでいつまでも嘆いていても意味はありません。というわけで貴族として誠実に生きるに加えて私はジョン様を虜にすることにしたのです!
なんでかって? だって王太子の婚約者として溺愛されていれば優秀な護衛とか付きそうですし、真犯人もそんな危険な存在に手は出さないでしょうから。国家権力の顔に泥を塗るような真似をすれば待っているのは破滅ですからね。
私が6歳になった時、ジョン様の6歳のお誕生日会が開かれるという話を聞きました。その話に私はすぐにピンっときました。
これはジョン様のご友人を作るという名目でのお見合いだと。ならばここを逃せば待っているのは政略結婚です。なんとしても落とさなければ私の未来は真っ暗です。
侍女に精一杯可愛くしてねとおねだりをして戦装束を準備します。お父様もお母さまも可愛いと言ってくださいますし、兄様、姉様なんかメロメロです。あとはジョン様のハートをゲットするだけです!
金の髪に青い瞳の平均的な色ですが容姿は優れていると言っても過言ではありません。だから不可能ではないはずです。
……でも、どうやってゲットすればいいのでしょうか? ジョン様の設定なんて覚えていませんし、好みも何も知らないのですが……ま、何とかなりますよね。
お誕生日会には多くの貴族の子供達が集まっていました。皆同じようにジョン様におめでとうございますと言ってプレゼントを持ってきています。警護の関係でプレゼントは護衛に渡すようになっているので直接は渡せませんが、挨拶は出来るようです。
自分の命がかかっているのだからここはビシッと決めるしかありません! 残念なことにジョン様に群がる子供達のせいで遠目でしかお姿を見れていません。これは戦いと思ってかき分けていくべきでしょうか……いえ、きっとあれだけの蟻に群がられてはうんざりしているに違いありません。今行くのは得策ではないでしょう。
「そうと決まればお菓子をつまみながらのんびりしますか」
必ずチャンスは訪れます。釣りと同じで待つことも大事なのです。そうして待つこと30分くらい経った頃チャンスが訪れました。ジョン様がそっと席を立ったのです。ここを逃すわけにはいかないと両手に握りしめたクッキーとスコーンを持ったまま後を追いかけます……あれ? なんでお菓子を握りしめているのでしょうか?
恐るべし! 宮廷料理人! 私の理性を侵食しお菓子を手放させないとは!?
しかし、置いて来ようにももう戻っている時間はありません。仕方なく進んで行くとベンチに力なく座り込んでいるジョン様がいました。なんか寂しそうな顔をしています。せっかくの誕生日なのにお菓子の1つも食べられていませんものね。よし、ここはこのお菓子を分けて懐柔するとしましょう。
それにしてもさすがジョン様です。顔は好みど真ん中ストレートなことだけありますね。まだ子供でもゲームの時の精悍な顔立ちを容易に想像できるくらい整っています。これだけでも眼福というものです。
「お疲れ様です、殿下。お腹空いていませんか?」
「……なんだ、君は?」
「ヴィクティム公爵家のジェーンと申します。お腹が空いているのならこれをどうぞ」
形が綺麗なままのスコーンを差し出します。お腹が空いているときは寂しい気持ちになりますものね。だからまずは腹ごしらえです。それから悩みを聞くという完璧な作戦! ふっ、私の才能が怖いです。流石は当てずっぽうでジョン様の好感度を稼いでいた女です。だってどんな選択肢が正解かなんて分からなかったんですよ?
そう言えば親友と仲良くなった時もこうやってお菓子を分けてあげたことがきっかけだったと思います。となるとこれは私の鉄板ですね!
「……お腹は空いていないが……一応、貰っておこう」
「それは良かったです。お腹が空くとその空いた部分に悪いモノが入り込んでくるんです。だからお腹が一杯にならないと落ち込んだり悪いことを考えるんですよ」
前世の祖母からの教えだけれど間違っていないと思うんですよね。だから飢えることのない公爵家に生まれたことに感謝しないといけません。
私の言葉に呆然としているジョン様の隣に座って私もクッキーを食べます。食べかすがドレスに落ちると侍女が悲鳴を上げますが、これは蟻さん(本物)へのお裾分けということで目を瞑ってもらいましょう。
「君は私に何も言わないのか?」
「ん? お誕生日おめでとうございます」
「それだけか?」
怪訝な顔でこちらを見てきますが、どうせ他に色々言われているでしょうに。そんな人にこれ以上言うのは逆効果だというものです。
「たった1人くらい殿下に静かな時間をプレゼントする人間がいてもいいんじゃないかなと思いまして。我が家からの誕生日プレゼントは護衛の方に渡しましたので、私からは静かな時間を差し上げます」
子供がこんなに疲れた顔をしているなんて見過ごせないですしね。ジョン様を虜にするのはもちろん続けますが、今日はこれくらいで勘弁してやりますとも。お菓子も食べ終わったことですしそろそろお暇しましょうかね。
「それでは殿下、適当な頃合いを見計らって戻ってくださいね」
掴みは上々焦らずじっくり行くとしましょうか。目標はジョン様に溺愛されるくらいメロメロにすることです。それにゲームのような俺様傍若無人無神経野郎になられても困るのでしっかりと導いて差し上げないといけません。
しかし、ジョン様は今回の私のように着飾った姿は見慣れていることを忘れていたのは失敗でしたね。見た目で魅了しようと思ったのは浅はかでした。次回からはもう少し考えておかないといけません。でも今回は成功と言っていいと思います。名前も顔も覚えてもらえたでしょうしね。
意気揚々と帰った私ですが、ドレスにお菓子の油の染みがついていることが発覚し侍女に泣かれた上にお母様からは悲しそうな顔をされ、姉様からはお叱りを受けてしまいました。うぬぬ、上手く言ったと思ったのに……どうしてこうなった?
でも、そんなことはどうでも良くなるくらい大きな出来事が4日後に待っていました。ジョン様から遊びに来るようにという手紙が送られてきたのです。
悪役令嬢とは名ばかりの紛い物主人公