第4話 十歳児の憂鬱(後編)
こういう小説で 有名作品のキャラクターの固有名詞を使うのは反則なのだろうか?
首をひねりながら書いてます ふぅ。
ベル達が乙女的理不尽判決によって戦い始めから約2時間が過ぎた。
すでに初戦のポーラ対レッカ、ベル対ガルダから始まってちょうど4週目にポーラがレッカの一撃を頭部に受けて轟沈しエリシアからドクターストップがかけられていた。
残るのは俺だけである。
(ポーラの野郎、一人だけ休みやがって!)
俺は轟沈したポーラにイラつきながら本日4回目のガルダ戦を戦っていた。
手空きのレッカとエリシアが見守る中、ガルダの猛攻をかろうじて捌く。
「ベル坊、守ってばかりではいつまでたっても埒が明かんぞ。
来るとわかっている反撃など、わしには当たらん、攻めてこんか。」
言い放つと同時に切り掛かるガルダの斬撃を見切って躱そうとする俺を、ガルダが間合いを詰め体当たりで吹き飛ばした。
(またか、)受け身を取り損ねてうずくまって咳き込みながら俺は、ガルダの攻撃を思い返す。
ガルダにはエリシアやレッカのような瞬速は無い。
だが攻撃を避けても避けても、詰め将棋のように追い込まれて一撃食らってしまう。
「逃げる敵に攻撃を当てる方法などいくらでもあるのだ、お前がどれだけ逃げても戦場に逃げ場など無いぞ。
今までエリシアに何を学んできたのだ、逃げ方だけか?」
自分から剣を積極的に学ぼうとは思わなかった俺だったが、今まで教わったのが逃げ方だけと揶揄され、なぜかイラッとする。
とはいえ、がむしゃらに攻めても跳ね返されるのは目に見えている。
(自分から攻めろってか…やってやらあ。)
攻め手を考える俺の脳裏に浮かんだのは、とある前世の記憶だった。
それは前世での青春時代に人気のあった漫画のキャラクターが使った戦法。
遼太郎時代には真似ても形にもならなかったであろう。
だが、今の俺ならできるかもしれない。
物心ついてからずっと剣を振るってきている。
昔はただの文科系おたくだったが、今の自分はバリバリの体育会系なのである。
「俺に攻めさせたら、後悔するぜガルダ隊長。」
咳き込みながら立ち上がり、言い放ったベルの構えは今までとは明らかに違っていた。
右手に持った剣をまるで弓の様に引き絞り、刃の部分に左手をそえている。
前世の、とある界隈ではあまりにも有名な構え、そこから繰り出される必殺の突きは絶対無敵の筈であった。
「食らえ。」
ベルが行ったのは全力で突進しての突き。
受け手であるガルダも、見た事のない異様な構えからの突進突きに一瞬戸惑いはしたものの、冷静に対処していた。
初めてみる構えであったが、ガルダはボレアスで最も歴戦の戦士である。
ベルの取った構えからできる攻撃は突きだけである事を察していた。
来る攻撃がわかっていれば対処はたやすい。
そう思って突きを捌こうとしたガルダであったが、次の瞬間ベルの攻撃をかろうじて剣で受け後方に跳びさっていた。
一撃を体に受けずに済んだのは、突きの後、蹴り足が止まらず踏み込んでいたのに偶然気付いたから。
初撃の突進突きから間髪入れずの右薙ぎを受けたガルダが後方に下がった為、二人はお互いの距離がひらいた状態で対峙していた。
ベルは再び、見様見真似の牙突構えを取り口を開いた。
「戦術の天才と言われた男、幕末の剣鬼が考案した平突きに死角はない。
後方に下がる敵には追撃の突き、横に避けても瞬時に横薙ぎに移行する。ましてこの俺の牙突ならばなおさらよ、ふふっ。」
(よっし、ぶっつけ本番だったけどうまくいった。やっぱり平突きの肝は蹴り足の引付けだ。)
初めての戦法が思いのほかうまくいって俺のテンションはMAXであった。
だがテンションが上がったのはベルだけではない。
彼の見せた新戦法はオーガ2匹の興味を殊の外引いてしまっていた。。
「面白いわね。ガルダさん、替わってくれませんか?」
「まてまて、気持ちはわかるがわしにもう一回やらせてくれ。面白そうだ。
わしはたまにしか来れんのだ、いいだろ?」
「親愛なる弟の新戦術なんですから、ぜひ最初は私が…。」
エリシアにしてもガルダにしても弟子が見せる新しい戦法。
ぜひ体験してみたいし、当のベルが死角が無いとまで言い切っているのだ、打ち破ってみたくなると言う物だった。
まして弟の攻め気の無さにやきもきしていたエリシアにとっては、ベルが初めて見せた攻めの戦法である。
どうしても自分で体験しておきたい。
この後、オーガ2匹の紳士的話し合いによってベルの相手はエリシアと決まり、前に進み出た彼女はベルの前で木剣を構えた。。
「さてベル?、その戦法で私に一撃入ったら今日の稽古は終了で良いわよ。」
エリシアからすれば長年の懸念が払拭された事になる。
今日の所は疲れ切ったベルとこれ以上稽古を続ける意味は薄い。
後は自分の剣士としての興味を満たせば良いだけである。
上機嫌になるのも無理の無い事だった。
(ほう、こいつは思わぬラッキー。なにせこの平突きは幕末の最強剣客集団、新選組の基本戦術。基本故に攻略法など存在せんよ。)
エリシアのセリフを聴いて、俺の内心は、してやったり、であった。
ベルからすれば牙突は初見でやすやすと敗れる技では無いという認識がある。
その認識から俺は生まれて初めてエリシアから一本取れるかもしれない、と思ってしまった。
これは彼にとってエリシアから一本取り、先刻のドブス発言をうやむやにしつつ、地獄の稽古を生きて終わらせられるチャンスだった。
新選組が突きを多用したのは事実だろうが、平突きという戦術が実在したか否か、の史実知識はベルには無い。
ベルにあったのは、おたくの漫画知識だけである。のだがベルの中ではれっきとした真実。
そして強キャラの必殺技故に、強い技というイメージが脳裏に焼き付いている。
その技をイメージ通り発動出来てしまった。
今のベルの心中は、いわば必殺技を開発して一皮むけた主人公、であろうか。
平たく言えばベルは調子扱いてノリノリになっていた。
「いいのかエリシア?もう一度言う、俺の牙突に死角はないぜ。」
「わかったから、いいから来なさい。」
エリシアは木剣をだらりと下げたまま自然体で立っていた、対するベルは当然、牙突の構え。
自信満々な様子のベルが鼻についたのか、エリシアの語気が多少強まっている。
ベルの方から自然体のエリシアに対して、じりじりと間合いを詰めていった。
剣術において間合いは重要な要素だ。
ベルも間合いの重要さは幼い頃から身体に叩き込まれている。
エリシアはベルに攻めて来い、と言っている。ならばエリシアから攻めてくる事は無い。
ならば絶対に躱せない間合いまで距離を詰められれば勝ちは確定するはずであった。
目に見えない変化でも確実に潮が満ちて行く様に彼我の距離が縮まっていき、と同時に二人の間に張りつめている剣気も徐々に強く張りつめていく。
それはやがて臨界を迎えて一気に解放され爆発の時を迎えた。
「くたばれ!エリシアーー!」
叫ぶと同時に突進し突きを放つ。
(この距離でこの一撃、たとえ鬼神でも躱せねえ。)
だがベルの渾身の一撃は空を切っていた。
その瞬間、ベルの眼からはエリシアの姿が消えている。
(下がってない、右、左、どっちだ?)
手応えが無さを感じると同時に横薙ぎに移行、瞬間的にほぼ勘で右だと判断し木剣を走らせる。
しかし走らせようとした剣はピクリとも動かなかった。
この時エリシアはベルの至近距離、エリシアの木剣が剣の根元を抑え込んでいる。
(後方でも左右でもなく前に出たのか!なぜ見えなかった?)
ベルが理解すると同時に、エリシアが繰り出したのは無造作な横薙ぎの一閃。
頭部に衝撃を食らったベルが最後に見た光景は、彼にとってたった一人の姉エリシアのやさしげで邪悪な微笑みだった。
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「ウウェウェーーーーイッ!!」
悲鳴を上げて飛び起きた俺が周りを見渡すと見慣れた部屋の景色だった。
あげた絶叫とは裏腹に、穏やかな朝の光が窓から差し込んでいる。
ベッド2つとテーブルが1つしかない質素できちんと片づけられたベルとアマナの部屋は、差し込んだ朝の光で空中に舞った埃さえキラキラと輝いて美しく落ち着いた空間であった。
だが目を覚ました俺には、そんな朝のひと時を満喫する余裕もなかった。
(外が明るい?嘘、ええっ!)
寝過ごしたああーー!
自分が寝坊した事に思い当たって最初に浮かんだのは姉エリシアの激怒。
付け加えるならば、過去3度あった寝坊の後の、苛烈度10割増しした稽古の思い出。
(まずい、まずいまずいまずい!)
うろたえた俺がおろおろしながら改めて周りを見渡すと、斜向かいに在るベッドの上、壁の影となっている場所にうずくまってこっちを見ているアマナが目に入った。
(体育座りだ。なんで黙ってこっちを凝視してるんだ?)
「あー、アマナ…?、なにやってるの?」
「…」
(身動きもせずに返事無し…か、これすげえ機嫌悪いな。)
「アマナ、今何時頃なんだ?、エリシアは?」
「… …」
「おい、返事ぐらいしろよ。俺稽古寝過ごしたみたいだ、あいつが怒って無いはず無いんだ、やばいんだって。」
体育座りのまま身じろぎせずにこっちを見ていたアマナだったが、何度か俺が声をかけるとようやく口を開いた。
「稽古は休み。エリシア…言ってた。エリシアは今、朝のお勤めしてる。」
「用事あるから…何処にも行くなって。」
(稽古休み!助かったー!、でも用事?なんだろう。)
一瞬そう思った俺だったが、改めて昨日の稽古を思い出し、一つ思い当たってしまった。
(あれか、ドブス発言と「くたばれ!エリシアーー!」、やべえ!消されるこの世から、間違いなく。)
顔面蒼白になった俺が助かる方策を練っていると、アマナが続けて話し始めた。
いつも通りぼそぼそとした口調だが、どうもイラついているというか、怒っている様だ。
「兄、昨日おじさまが担いできた。」
「アマナが治した、けど治っても目が覚めなかった。…エリシアがやりすぎた。」
「兄、エリシアに何して怒らせた?」
アマナの質問に、ポーラと言い合いをしてて口が滑った事、新戦法を試してうまくいってエリシアに勝てるかもと思って調子に乗った事等々を説明すると、アマナの目にギロッと睨みつけられた。
相変わらず上目遣いが可愛くない。なんて不憫な妹なんだろう。
「兄、馬鹿?、兄、エリシアに勝てる訳ない。弱い癖に調子に乗るのが悪い。兄、自分のヘタレを自覚するべき。」
「調子に乗ったのは悪かったけど、言い過ぎだろ、アマナ。
過去、エリシアから被った被害を思えば、やり返すチャンスだと思った俺は悪くない。」
「ヘタレの癖にやり返す?…100年…はやいの。兄、どうせ一生弱いまま。諦めは早い方が良い。」
「アマナ、ヘタレだの弱いだのいい加減にしろ。俺だって頑張ってるんだぞ、昨日だって必殺技とか考えて。」
「頑張った結果がそのざま、兄は怪我するくらいなら弱いままでいい。」
「良い訳無いから、俺にだって男の意地とか誇りとか色々あるから。」
そうなのだ、俺も一応男の子である。
一応負けると悔しいし戦えば勝ちたいと思う気持ちはある。
弱いままで良いなどとは言われたくないのだ。
だが俺のそんな気持ちは、目の前の妹には伝わっていなかった。
「そんなくだらない物が有るから怪我するの?ならそれ、アマナが今のうちに粉砕しておく…から。」
そう言ってベッドから降りたアマナはぶつぶつと何かをつぶやき始めた。
と、同時にアマナの身体の魔力が急速に膨らみ始める。
「おいアマナ!、お前何する気だよ!」
俺の10年間の経験によればアマナが呪文の詠唱を行うのは余程の魔法を行使する時だけである。
アマナは魔法の天才だ、中級に分類される程度の魔法は無詠唱で使用できる。
そもそもあらためて魔力を貯めるまでもなく並みの魔法なら即座に使用できるはずなのだ。
そのアマナがわざわざ魔力を蓄積させて呪文の詠唱を行なっている。
なにかとんでもないモノをぶっ放す気でいるのは明白であった。
「もう兄、がんばって強くならなくていい…から。」
「男の意地とか…そういうの…無くていいよ。」
「自分のヘタレ加減を思い知ってね!」
そう言ってにっこり笑ったアマナは割と可愛かった。
とは言えそんな事を思ってる場合では無い。
だが、やばいのは分かっていても閉ざされた部屋の中に逃げ場は無く、どうしようもなくベッドの上で脂汗を流すしかなかった。
その時、部屋のドアがガチャリと開いた。
「何事?、アマナどうしたの?」
部屋に入るなりそう言ったエリシアが周りを見渡すとベッドの上で顔を白黒させているベルと魔法発射体制に入っているアマナが目に入った。
朝のお勤め中に異常な魔力の高まりを感じて急いで来たエリシアだが、アマナの様子を見て緊急事態を悟る。
「アマナ、何をやってるの!ベルが何やったか知らないけど魔法はやめなさいって、いつも言ってるでしょう。」
「…どいて、エリシア!…そいつ殺せない!」
詠唱が終わる。
アマナの魔力はもう臨界を超えて爆発寸前である。
眼の据わったアマナが小刻みに手を動かすたびに細かい魔法陣が現れ、増えていく。
「……雷・精・大・召・喚!!」
アマナの詠唱が終わる寸前、エリシアの姿が一瞬ぶれて消えたと思った瞬間、アマナの後ろに現れ後頭部に一撃加えていた。
(恐ろしく速い手刀、俺じゃなきゃ見逃してるね。てか今の動き昨日の…?)
手刀を受けて気を失ったアマナを片手で支えながらベルをの方を向いたエリシアが口を開いた。
「ベル、何があったか説明して。今すぐ!」
俺が起きてすぐ昨日の出来事を聞かれて説明したらいきなり切れた事を伝えると、エリシアが深くため息をついた。
「アマナは治療しても目が覚めなかったあなたを心配してたのよ。
多分昨日から一睡もしてないの。
それを、俺は悪くない?、そりゃ怒るわよ。」
気絶してぐったりとなったアマナをベッドに寝かせたエリシアは、俺の方を向きベッドに腰掛けた。
「とにかくアマナが起きたら謝っておきなさい。今度怒らせても止めないから。」そう言うと、エリシアは俺をじっと見つめた。
「それと昨日の事だけど、あれは何?」
あれ、と言われて思い浮かんだのはドブス発言と「くたばれ!エリシアーー!」だった。
やばい、怒ってる、お仕置きが来る。
ぶるぶると身体が震えだし冷や汗が止まらない。
ベルががくがくする身体を無理やり動かしベッドの上で行なったのは、土下座だった。
「申し訳ありませんでしたーー!!」
俺の土下座を見てエリシアは深いため息をついた。
「違うわベルそうじゃないの、昨日のあなたの技の事よ。
それと、昨日の暴言は謝っても一生許さないから。謝っても無駄だから。」
「昨日の技?、ああ牙突の事か。あれは…」
「あれね、使用禁止にします。」
そう言ったエリシアの顔は恐ろしく冷ややかであった。
「なんで?そりゃエリシアには通用しなかったけど、俺も初めて使った技だし練習すれば…」
「バクマツ?の剣鬼さんだっけ考案したっていう人は?
バクマツっていうのがどこの国か知らないけど、多分狭い場所での集団戦闘用の戦術でしょう。
初撃を突きに限定したのは、集団戦闘で剣を振り回す事で仲間に当たらないようにする為、ちがう?」
「それは…そう言う側面はあるかも。」
「仮に練度がまちまちな集団を手っ取り早く実戦に連れて行かなければいけないなら、攻撃の手段を限定してその技だけ練度を高めるのは効果的だと思う。
でも…」
「でも…?」
「私はベルにいままで剣の扱いを教えてきたわね。
おかげでそれなりの物になってきたと思う。
でも今更攻撃の手段を限定する事は、あなたの剣の為にならないわ。
それとも貴方、今までの私の苦労を無駄にする気?」
「いや、でも攻撃の手段の一つとしてなら…」
「そもそもあの構えは何?、今から突きます、って言ってるような物じゃない。
実際に昨日も通用しなかったわ、相手にバレバレの攻撃が通用する訳無いでしょう。」
「それはエリシアが相手だったから…」
「違うわ、わかってないのね。はぁぁ」
エリシアは深いため息をついて言葉を続けた。
「前に貴方に槍の扱いを教えた時の事、覚えてる?」
「槍?ああ槍の突きは躱されたら自分が死ぬと思え。だったっけ。」
「そうよ、連続技が無い訳じゃない、捌きの技だって有る、それでもそう教えたのは槍にとって突きがそれほど重要だから。
槍でも剣でも同じよ、突きは最小の動作で最大の威力の攻撃が出せる、でも躱された時に致命の隙を作るのよ。
昨日の貴方の技、平突きだっけ?突きから横薙ぎに繋がる戦術、よく考えられた良い戦術ね。
けど、初撃ですべて終わらせる突きの練度がまず不可欠の技なのよ。」
「突きの練度が大切って事?、なら練習すれば…」
「それだけじゃないわ、最初に言ったでしょ、あれは集団戦術なのよ。
連続の突き、避けられたら横薙ぎで追撃。でもその先は無い。なぜなら周りに仲間がいるから。
一旦距離を取ったらまた繰り返せばいい。そういう戦術なのよ。
そういう技を今更練習して自分の剣の幅を狭めるなんて、貴方本当に私の今までの苦労を無駄にするつもりなの?」
にっこりほほ笑んだエリシアはさらに言葉を続けた。
「と言う訳で、今後あの技は使用禁止、師匠命令です、いいわね。」
微笑みながら優しく言ったエリシアだったが、弟である俺には伝わっている。
これは強制命令なのだ。仮に無視して使用しようものなら俺の身体は塵も残さずこの世から消え失せるだろう。
観念した俺にはこう返事するしか道は無かった。
「ラージャ!!」