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DBQ 転生したら弟だった  作者: ああいう
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第2話 十歳児の憂鬱(前編)

面白くなくても怒らないでください


 人里から離れた山の頂に続く1本道がある。


その山の麓に一軒のやしろが建っていた



 この星で最も大きい大陸であるエストレア大陸の西端に突き出た小さい半島、その半島の先端にある街がボレアスである。


ボレアスの街から東側は険しい山地となっており、その東側の最も街側にある山はマリヤ山と呼ばれている。




 マリヤ山は、山頂近くにある湖に美しい乙女の姿をした精霊が住むといわれており、霊山として有名な山だ。


ボレアスの街からマリヤ山に続く道はその社まで続き、社から先は細い1本の山道が山の半ばまであるのみ。


ベルリア=ユークス、10歳が住むのはその社である。


周りからベルと呼ばれている彼が住む社はマリヤ山の山頂に住む精霊を祀っていて、ユークス家は代々その社を守りつづけてきた一族であった。


そのユークス家も、ベルと、ベルの姉エリシア、ベルの双子の妹アマナを残すだけになっている。


そしてその彼も今、実の姉の手によって死に瀕していた。




 「立ちなさいベル!、立たないと防御もできずにそのまま死ぬわよ。」




 早朝まだ夜も明けぬうちに、社の裏庭で倒れ伏すベルに向かって叫ぶと、エリシアは木剣を振り下ろした。


必死に跳ね起きたベルのほほを掠めて、エリシアの木剣が地面を穿つ。


距離を取って構えようとするベルの背中に、エリシアの追撃の木剣が叩きつけられた。


声にならない悲鳴とともにうずくまろうとするベルの腹部が、エリシアのつま先に蹴り上げられる。


ベルの身体が蹴りの衝撃で勢いよく吹っ飛んで裏庭の地面に叩きつけられた。


全身に受けたダメージと疲労で指一本動かせない。




 「死んでたら稽古終了してあげるから、死んだなら死んだって言いなさいな!。」




 仰向けに倒れたまま身動きもできない弟に向かって言い放ち、銀髪碧眼の美少女が木剣を肩に担ぎ上げた。




 手足も動かせず、蹴りの衝撃で呼吸も満足にできない苦しみのなかで、死んだ人間が声出せるか!。


心の中でそう返事をした俺の意識はそこで切れ落ちた。




 早朝の稽古が始まって半時程、ベルにとって一日のうちで最も過酷で嫌な時間帯が過ぎ去る頃には、太陽が昇ってあたりは明るくなっている。


気を失ったベルに歩み寄ったエリシアはひとしきり怪我の具合を確認し、まだ寝ている妹のアマナを呼びに屋敷に戻った。



 二人の早朝実戦稽古はベルが8歳になった後、毎日続けられている。


普通なら心も体も持たないはずだが、いまだにベルが無事なのは、稽古相手であるエリシアの絶妙の手加減具合とともに、この世界に回復魔法が存在するからだろう。


その回復魔法の使い手である アマナが眠い目をこすりながら兄の元に着いたのはそれから暫くしてからの事。


稽古が終わった後、アマナによる回復が行われて暫くして、朝食の用意が整うのがこの家のいつもの日常であった。




 「あに?!、いつになったら回復いらなくなる?、兄がしっかりしたら、アマナ、もうちょっと寝れる。」




 3人で朝食を食べながらアマナが双子の兄に向かって言う。


普段外ではほとんど口を開かないアマナだが、たった二人の家族には自分から話しかける事もあるようだ。




 「いや永久に無理だろ、一生かかっても勝てる気がしないぞ、むしろアマナが一緒に剣術やるか、エリシアに泣いてすがって止めさせろ。


双子の兄が苦しんでるんだから、ちょっとは助けようって気になれ。」




 身体が小さいアマナは椅子に座ってパンを食べながら下から睨みあげる


銀髪碧眼のご近所でも有名な美少女さんである姉とは違い、ベルとアマナは共に黒髪黒眼で容姿がちょっと地味である。  


特にアマナは体が小さく、上から見ると黒い塊がチョコチョコと動いてるように見える。


前髪に隠れた眼が下から見上げてくるのだが、目つきが鋭く、なぜか可愛いではなく邪悪な印象を与える残念な妹だ。




 「はあっ、兄、情けない。泣き言、聞き飽きた。


可愛い妹の美容と健康に悪い。もうちょっとしっかりするべき。」




 「そんな物のために毎朝 死にかけたくない。」




 「兄は、毎朝助けてる恩人にもっと感謝するといい。」




 「たった一人のお兄様なんだ、助けて当然だろ。


いや、回復魔法失敗してもいいぞ、しばらく休みたい。」




 食事の手を止めてにらみ合う双子を眺めながら、姉がゆっくりお茶をお代わりしつつ弟に作らせた特製フレンチトーストに手を伸ばす。


たわいないいつもの兄弟喧嘩だったがエリシアにも思う所が無い事もなかった。


この10歳になる弟は、強くなろうとする意志が薄い。


戦闘の技術は確かに上がっている。


この年でこれだけ戦える者はめったにいないはずだ。


けれど、敵に対して倒す、殺す、などの攻撃的意思が稽古をしていて感じられない。


元々優しい子なのだ。それにお姉ちゃんっ子でもある。


親を亡くしてからは、自分が一人で甘やかして育ててきてしまったのだからしょうがない。


どうしてもお姉ちゃんっ子になってしまう。


大好きなお姉ちゃん相手では、攻撃をためらってしまうのかもしれない。


必然的に防御一辺倒のスタイルになってしまっている。


だが、このままではさらなる上達は見込めないのも事実だ。


相手を倒さねば、自分が殺されるという現実を教えるには、やはりぎりぎりまで追い込むしかないだろう、そう心を鬼にして。


命の危険を感じつつ、かつ、反撃の力をぎりぎり残してあげる手加減。か、むずかしいけど。




 「明日からはもっとちゃんと手加減しなきゃいけないわね。」




 「ほんとだよ、エリシアは手加減するって事を覚えて。」




 「うん。もっと手加減しなきゃいけなかったみたいね、今までごめんなさい。」




 やった、姉の口から手加減の二文字がでた。


感涙にむせぶベルが、会話の難しさ、口にした言葉の意味と心中の思いが必ずしも一致しない事を実感するのに丸二日ほどかかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 俺、ベルリア=ユークスが石川遼太郎として生きた前世を思い出したのは3歳を過ぎた頃だった。


意識と記憶が一致するまで 暫く時間差があったらしく、数か月位の間、訳の分からない事を言い出すおかしな子だったらしい。


馬鹿な子ほどかわいいなのか、母親が死んでいるせいなのか、多分両方だが、姉のエリシアは俺に対して過保護、かつ厳しく教育している。


そのかわいがりは、数年前に父親が死んで暫くしてさらに厳しさを増していた。




 マリヤ山の麓に建つ社の裏から、山に向かって伸びる小道のすぐ横にユークス家の畑がある。


あまり広くもないが、兄弟3人で食べていく為には大切な畑だ。


回復した俺が畑で日課である草むしりを始めてしばらくすると、何時もの様に妖精さんたちがわらわらと集まってきた。


この世界、妖精さんは大概どこの場所にでもいて遊んでいるものだが、霊山で知られるマリヤ山には他の場所より妖精さんがたくさんいるらしい。


この世界に転生して10年、この世界に妖精がいる事にはもう慣れた俺であった。




 「えっ!、リーリ、ミント、今日も来たのか。今日はこの後稽古あるから遊んでやれないけど…。」




 「えーーっ、せっかくみんな連れてきたのにー。」




 ベルの周りを飛び回りながら、妖精さん達がでブーブーと文句を言い始める。


この世界の妖精は30センチ程の大きさがあり、大勢で回りを飛び回られるとかなり作業の邪魔になる。


目の前にふわりとホバリングした妖精の白い方、リーリが腰に手を当ててベルに話しかけた。


くっ!、かわいい!!。




 「昨日も抜いてたから、草さん達もうあんまり無いじゃない。お遊びしましょうよー。」




 「「そーだー、お遊びしましょー。!!」」




 リーリに続いてほかの妖精さんも口々に騒ぎ始めてしまった。


やばい、妖精さん達の数が多い。


基本的に妖精さん一人一人は多少のいたずらはする事はあれど非力で人間にとって無害な存在だが、大勢で騒ぎ始めると手が付けられなくなる事がある。


ここできちんと止めないとえらい事になるかもしれない。


そして、その場合エリシアに怒られるのがベルになるのは自明の理であった。




 ただ怒られるだけならまだいいが、今日このタイミングでエリシアを怒らせると午後の稽古の内容が厳しくなりかねない。


早朝稽古と違い日中の稽古は、ボレアスの街から来るお弟子さん中心なのだが、まかり間違ってエリシアとの直接稽古になるなど絶対にごめんだ。




 妖精さん達の機嫌をそこなわず、かつ自分が速やかに作業を終わらせる策を考えなくてはならない。


草むしりは専制君主エリシアに命じられた絶対命令、これをさぼれば激怒を買うのは必定。




 考えろ!、考えるんだベルリア=ユークス!。


大丈夫、お前には前世も含めて50年の経験と知識がある。


こういう時は、自分にできることを探し、一つ一つ確実にリスクを消してゆけばいい。


落ち着け、お前はやればできる子だ。



 『何がやればできる子じゃ、全くこの十年まるで成長しておらん。』


 『うるせえ、ジジイお前は引っ込んでろ。』


 ちなみに今、脳内で話しかけてきたのはガキの頃から俺の脳内に寄生しているジジイである。

俺を異世界転生させた元凶にして、転生させたにも関わらずなんのチート能力も授けられなかった役立たずだ。

正確には転生させた竜神の記憶だけらしいが、どっちにしても役立たずであることには違いはない。


 ジジイの声に、反射的に罵声を浴びせた俺はいくつか浮かんだ策をまとめ上げた。



 まずは正攻法のプランA、正攻法、妖精さん達を説得。妖精さん達に遊ぶ時間が無い事をわかってもらう。




 さらにプランB、少しの間妖精さん達と一緒に遊ぶ。そうして一旦妖精さん達の興奮を抑える。


そして頃合いを見てこっそり抜け出し草むしりを終わらせる。




 プランC、妖精さん達のリーダー格であるリーリとミントをうまく言いくるめて妖精さん達に速やかにお引き取り願う。




 瞬く間に3つ程のプランをはじき出した俺の灰色の脳細胞だったが、プランAとプランBは頭の中から廃棄した。


プランAは無理だ、そもそも騒いでいる妖精さんの集団を落ち着かせて説得するなど物理的に不可能。


プランBも難しい、抜け出す時、妖精さんの眼をごまかせる気がしない、余計に騒がれる可能性大。


しかし残るプランCは、有望だ。妖精さん達全員を説得するプランAと比べれば遥かに楽。


そして今日であれば、リーリとミントを味方につける秘策がこのベルリア=ユークスには有る、




 「あー、リーリ、ミント、ちょっとこっちに来てくれるかな。」




 他の妖精さんに聞こえないように小声で、2人を庭の隅に連れて来た俺は笑顔を浮かべながら話しかけた。




 「実はリーリとミントだけに内緒のお話があるんだ。」




 内緒のお話し、こういうシチュエーションにこの子たちは弱い。


こういえば、確実にこちらの話を聞いてくれるだろう。


交渉を始める時は、まず相手の耳をこちらに向ける事、そうしておいて、相手の弱点をつく。


これこそ前世を含めて50年の人生経験を経て生み出されたベル式交渉術。


この術にかかれば、お子様脳の妖精さんの1人や2人はこちらの思いのままになるのは必定である。




 「実はいつも僕と仲良くしてくれる二人にプレゼントがあるんだ。


でも問題があってね、一緒に来たみんなの分まで用意してないんだよ。


僕と一番仲のいい二人に特別に用意したんだ。


あまーい花の蜜をたっぷりかけたフレンチトーストっていうお菓子なんだけど、食べてくれるかな?」




 「フレンチトースト?甘いお菓子なの?、食べたい!。」




 甘いフレンチトーストというベルの秘策にまずリーリが反応する。


リーリが素直に食いつくのは予定通りだ。


この子が甘いお菓子という言葉を聞けば素直に食べたいと答えるだろう。


だがもう一人、ミントは違う反応を示す。




 「みんなに内緒で食べるの?、わたし、みんなで食べたい。」




 少し首をかしげ、顔の前で手を合わせたミントのお願いだ。


ぐうかわである。


これまでも、このお願い攻撃に何度となく轟沈を余儀なくされてきた彼であった。


だが、どう工夫しても無数にいる妖精さん達すべてに特製フレンチトーストを分けてあげるのは不可能、無い袖は振れないのだ。




 「残念だけど二人分しかないんだよ、二人が食べないなら誰かにあげようかと思うんだけど、どうする?。


じつは今回のフレンチトーストは自信作なんだ。


熱々のふわふわでものすごく甘くて口に入れたらとろとろに溶けちゃうんだよ。


二人のために特別に作ったんだけど、材料が貴重だからもう2度と作れないかもしれないよ、諦める?。」




 「ふわふわで…ものすごく甘くて とろとろ!!」




 「もう2度と作れないかも…」




 リーリとミントは味を想像してしまったのだろう、二人とも表情がすっかり緩んでしまっている。




 「でも、二人だけでおいしい物を食べちゃうのはいけないと思うの。」




 「えーっ、でもリーリは食べたいよ。ミントも食べたいでしょ。」




 言い合いを始めた妖精二人にベルは満を持して話しかけた。




 「いいかい二人とも、リーリもミントもフレンチトーストを食べたいのは一緒だろ。


でも二人は優しいから、自分たちだけで食べるのが後ろめたい。そうだろ?。


食べたいって気持ちと、後ろめたいって気持ち、これを二つとも満足させることはできない。


だってフレンチトーストは二つしかないんだから。


そんな時のために、昔の偉い人が言ったピッタリな言葉があるんだ。」




 「ピッタリな言葉?。」




 「偉い人が言ったの?。」




 リーリとミントが言い合いを中断して反応した。


ベルは二人の妖精に向かって居ずまいを正し、改めて語り掛けた。




 「そうだよ、昔の偉い人が、どちらも選べなくて苦しんでる若いお弟子さんにこういったんだ。心に棚を作れ!!


二つの思いがあって、両方を同時に選べなくて困った時は、片方を心の棚に乗せてしまうんだ。」




 「おお!なんか凄そう。」




 「心に棚を…」




 リーリの方は単純に偉い人が言ったからなんか凄いんだろうと思ったらしいが、ミントの方はちょっと考え込んでしまっている。


このまま考えさせていては、実は全然すごくないことがばれてしまうだろう。


さすがに妖精さん達の中では一二を争う知性派だ。


見た目と違ってチョロくない。


だが知性派を気取っても所詮は妖精さん、このまま畳みかけて丸め込む。


エリシアとの地獄の訓練を避けるためならば、たとえ妖精さんが相手でも、このベルリア=ユークス!容赦せん!




 「いいかい、二つしかないフレンチトーストをみんなで食べるのは不可能なんだ。


だけど二人で食べることはできる。


元々、二人のために用意したフレンチトーストを二人で食べるのは当然の事だろう。


だからみんなで食べたいっていう気持ちを心の棚に預けてしまおう。」




 でもでも…、などとつぶやきながら悩んでいるミントに向かってベルが畳みかけるように続ける。




 「向こうにいるみんなはフレンチトーストがある事を知らないんだ。


もし、フレンチトーストがあるのに自分たちは食べられないってわかったら、かわいそうじゃないか。


だからみんなには、僕がお仕事で一緒に遊べないって言ってほかの場所であそんでもらおう。


リーリとミントがみんなを連れて行ってる間に草むしりを終わらせておくからね。


二人がもどってきたらフレンチトーストを焼いてあげるよ。」




 わかった!、と叫んでミントの腕を引っ張っていこうとするリーリ。


だが、ミントはやはり煮え切らない態度だ。


これはもうひと押し必要だと感じたベルはミントの耳元でこうささやくのだった。




 「ミント、今日作るフレンチトーストはね、貴重な砂糖が入ってるんだ。


砂糖っていうのはすっごく甘くてねそれを卵と一緒に新鮮な牛乳に入れて、そのまま飲んでもおいしいシロップにする。


それにパンを浸して弱火でじっくり焼くと、パンがとろけてふわふわになるんだ。


でも外側はじっくり焼いてるからカリッとしてる。


それにとっておきの蜜をたっぷりかけて食べたらどうなると思う?」




 ベルの悪魔のささやきに負けたミントが、リーリと一緒に仲間たちの元に真っ直ぐ飛んで行ったのは言うまでも無い事であった。



 『悪辣じゃの、いたいけな妖精を口先八丁で丸め込んで追い払うか。』


 『うっ うるさいよしょうがねえだろ、あんな大量の妖精さん達をまともに相手にできるか。』


 『そもそもお主には情けとか誠意とかそういったものが欠けておる、物事にその場しのぎで適当に対処する癖が染みついておるのじゃ。

せっかくお主を慕って集まってくれた妖精達がかわいそうとは思わんのか。』


 『ぐう、黙れロリコンジジイ、お前は妖精さんが可愛いだけだろうが。』


 脳内で文句を言う寄生虫に罵声を浴びせながら、俺は草むしりを開始したのであった。



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