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鋼琴一帯  作者: 谷川流慕
第一章 東方の星
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意見会

 数日たって、クラヴィーアバウ部門長のマイク・シュトレーゼマンが血相を変えて岡島の仕事部屋にやってきた。


「トシ、搬入口に来てみろ!」


 シュトレーゼマンの後について岡島が搬入口に来てみると、自動シャッターがガラガラと開いているところだった。そしてピッピッと言う警告音と共に大型トレーラーの後部ハッチが徐々に近づいてきた。


「マイク、一体何が来るっていうんだ?」

「まあ見てろ」


 トレーラーの後部扉が開くと、待ち構えていたようにフォークリフトがその中に入って行った。そして取り出されたのは3つの大きな木箱だった。中身がピアノであることは明確だ。


「これが俺の悪い予感の的中さ」


 シュトレーゼマンがそう呟いている横で作業員たちは箱を開け、中身を組み立てていた。2台のグランドピアノと1台のアップライトピアノ。岡島には一目でこれが中国産であることがわかる。


「これはもしかして……ウチのOEM製品か?」

「そんな生易しいものじゃないぜ。フレームの印字を見てみなよ」


 シュトレーゼマンに言われて岡島はフレームの上を見た。そこにはオストシュテルンという聞きなれないブランド名が印字されていた。そしてその横に書かれている文字を見て岡島は目を疑った。


“Made in Germany”


「どう言うこと? 明らかに中国製じゃないか」

「つまりこういうことだろう。中国で殆ど完成したピアノをウチの工場に持ち込み、ここで仕上げ作業をして出荷する。詐欺みたいな話だが、一応それでもレッキとしたメイド・イン・ジャーマニーだ」

「そんな無茶な……」

「今度ヘア・ノハラが技術者を集めてこのピアノの意見会を開くそうだ。せめてその時にズバズバ言ってやろうぜ」


 その数日後、岡島は自分の仕事部屋に入った途端、異臭が漂っているのに気がついた。


「何なんだ? この匂いは!」


 見ると、部屋の中央に先日中国から運ばれてきたグランドピアノが置かれていた。その匂いは例えて言うなら、改築したばかりの家屋のペンキ塗りたての匂いだった。岡島がピアノに顔を近づけると、それが黒塗りの外装表面から匂っていることが分かった。そこにシュトレーゼマンがやってきたので岡島は訴えるように言った。


「これは楽器としてどうか、と言う以前の問題じゃないか」

「ああ、余程粗悪な塗料を使っているんだろう」


 通常ピアノの黒塗り塗装にはポリエステルが使われる。普通ならポリエステルは乾燥すれば揮発性を失い無臭に近くなる。それがこれほど臭気を放つのは不純物がかなりの割合で混入している証である。


「それに……塗料だけじゃない。木材の生乾きの匂いも混ざっているな」

「確かに。このまま一般家庭に搬入されればおそらく数年後……いや、数ヶ月後には鍵盤が動かなくなるなどの不具合を起こすだろう」


 岡島は色々言いたかったが、文句は意見会の日まで取っておくことにして、自分のなすべき仕事に専念した。作りが悪いので、当然音は良くない。ぼやけているのにキンキンと金属音がしてうるさい。しかしそれでもこの匂いに比べれば我慢出来るレベルだ。岡島は作業をしながら意見会で指摘するべきポイントをメモしていった。


 そしてその意見会の当日がやってきた。試弾室には先日中国から運ばれてきた2台のグランドピアノと1台のアップライトピアノが並べてあった。そこにはクラウトミュラー社のピアノ技術メンバー、そしてイーストスター側からは野原、テレサ・リーという女性、そして女性の通訳が1人が来ていた。テレサ・リーはスラッとした美人で、ピアノの腕前は中々のものだった。会はまず彼女のピアノ演奏から始まった。それが終わると野原が口火を切った。


「リーさん、演奏ありがとうございました。技術の皆さん、今実際に演奏を聴いて、また皆さん自身がこれらのピアノを調整して来て感じたこと、思ったことなど率直な意見をお願いします」


 すると整調担当のヨアヒム・バーマンが先陣を切った。


「ハンマーやダンパーの接着にバラツキがあり過ぎる。ある程度はもちろん整調でカバー出来るが、このバラツキ加減は度を越している。これ、ちゃんとした技術者がつけたのか? ウチの実習生レアリングの方が数段マシだ」


 それに野原が答えた。


「もちろん中国の工場では訓練を受けた技術者が作業を行っています。ただ、やはり向こうでも実習生が作業に当たることもあります。もしかしたら偶々そういうのがこちらに送られてきた可能性がありますね」


 岡島はそんな筈はないと思った。お披露目のサンプルにわざわざ悪い物を選ぶとは思えない。もし野原の言うことが本当なら、クラウトミュラーは相当なめられていることになる。ヨアヒム・バーマンはさらに発言を続けた。


「あと、外装の解体方法が従来のクラウトミュラーのものと著しく異なっている。これでは市場に出回ってから現場で作業する技術者が混乱する」

「確かにそうですね。型枠の製作などコスト面を考えると必ずしも完璧にクラウトミュラーと同じものに揃えることは出来ませんが、最低限現場の技術者が混乱しない配慮はしたいと思います」


 ヨアヒム・バーマンが渋々ながら質問を終え、岡島がいよいよ意見を述べようとしたその時である。


 ガキン!


 妙に重い金属音が試弾室内に響いた。


「何だ? アップライトの方から聞こえてきたぞ!」


 岡島は弦が切れたのかと思ったが、それにしては音が重い。技術者たちはアップライトピアノに駆け寄り、外装を開けて調べてみた。


 すると1人が叫んだ。


「うわっ、何だこれは!」


 それを見た全員がその目を疑った。

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