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鋼琴一帯  作者: 谷川流慕
第四章 復活
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パンタレオンの足跡1

 3人は横並びでドクター・ホッペから購入した本に目を通した。その前書きにはこのような一文があった。


 ──ピアノを誕生させるきっかけとなったパンタレオン・ヘーベンシュトライト。現代ピアノの源流をたどるには、彼の足跡を直にたどり、その人物像を探ることが不可欠である──


「これは今の私たちの目的に合致しているわね」

「確かに。無論あのホッペの言う事が本当だという前提だけどね」

「足跡を辿ると書いているが、どの町を回ればいいのか、先を読んでみるか」


 ──パンタレオンは1667年にアイスレーベンで生まれたという説と1668年にナウムブルク郊外のクラインヘリンゲンという村で生まれたという2つの説がある。おそらく彼の家族がいずれの町にも滞在していて、そのどこかのタイミングで出生となったのではないかと思う──


 ユリアがスマホのマップを見て言った。


「ナウムブルクもアイスレーベンも大体同じ場所ね。ここから100キロ強よ。これから行ってみますか?」

「そうだな。ただ時間的に日帰りは難しくなったから、向こうへ着いたら宿を探そう。会社には私から連絡しておく」


 一行を乗せた車はフラウエンシュタインを後にし、ナウムブルク方面へと走った。ナウムブルクからさらに約30分、手入れの悪いガタガタの山道を行くと、クラインヘリンゲンに到着。


 行ってみると、「村」と呼ぶにもまだ小さい集落だった。それに小さな山上の村で、ほぼ陸の孤島と言ってもよさそうだ。村の周りは広い麦畑と放牧地で囲まれており、他の村との交流も当時の交通の便を考えるとそんなに頻繁にできるものではないだろう。


「なんっにもないですね……」

「いや、あそこに何かあるぞ」


 村に入って少し進むと何かの施設があった。駐車場があったのでそこに車を停め、どんな施設か確認したところ、ペンション兼レストラン兼博物館であった。どうやらこれがこの村で唯一文化的な施設のようだ。


「取り敢えずここで宿を取ろうか」

「そうですね」


 幸い部屋は空いていた。もっともここに観光に来る人は一体何を観に来るのだろうと岡島は思った。その時ユリアが言った。


「下に博物館があったでしょ。折角だから見学しません? ひょっとしたらパンタレオンに関することも何かあるかもしませんよ」


 ウーは遠慮する、少し休みたいということだったので、岡島のユリアだけ入場料2ユーロを支払い、中に入った。すると……


「うっ。埃っぽいというかかび臭いというか……ゴホゴホ」


 入るなりユリアが咳き込んだ。全長100メートルほどのスペースに所狭しと農機具などが置かれていた。展示と呼ぶにはかなり雑な置かれ方だった。

 いろいろな古い器具類などもあってそれなりに興味は湧かないでもないが、パンタレオンに関することは何もなかった。


「要するに、この村の産業は農業と畜産業がすべてで、村人は皆それに関わっていたことになる。だとするとパンタレオンはかなりの確率で農家の息子だったと言うことになるね」

「ふふふ、間接的にだけど少しだけパンタレオンの人物像が掴めましたね」


 岡島とユリアは向き合って笑った。楽しい、楽しすぎる。岡島は久々にデートをしているような気持ちになった。


 夕食は当然宿屋のレストランで取った。じゃがいもと肉料理、そしてビール。典型的なドイツ料理だ。食事の最中、ヴァイオリンとダルシマーの生演奏があった。これは一行にとって思わぬ収穫だった。


「こうして聴いてみると、ハックブレット(ダルシマー)がピアノのルーツというのも頷けますね」


 ユリアのそう言いながら演奏に聴き入っていた。岡島はその横顔を眺めながら、もう少し自分が若かったらな……と思った。でも今はこうして一緒に同じ目標を目指していることにささやかな幸福を感じた。


 演奏が終わると、ウーが楽師に話しかけた。


「演奏素晴らしかった。ところで、パンタレオン・ヘーベンシュトライトって知ってるかい?」

「パンタレオン? 誰だい、そりゃ」

「ダルシマーの名手らしいんだが、この村で生まれたそうだ」

「へえー。だがな、この楽器の本場はハンガリーよ。俺はロマ系のハンガリー人だが、向こうじゃ何処へ行ってもこの楽器弾いてる連中がうじゃうじゃいるぜ。この楽器のこと知りたきゃハンガリーへ行くことを勧めるぞ」

「ハンガリーか……」

「俺は来週には国に戻るんだ。もし興味があったら連絡しろよ。案内してやるぜ」


 そう言って楽師はメモを書いてウーに渡した。そこにはこう書いてあった。


 Gáspár(ガスパル) Tar(タル)

 携帯:○○○×××△△

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