社長対社長
「紹介します。こちらはイーストスターのレイモンド・タン社長、そしてエリアマネージャーの野原英明さんです」
ニー支店長に紹介されて彼らは互いに英語で自己紹介し、nice to meet youと言った。これ以降は英語での対話となった。
「クラウトミュラーは中国の専門家の間ではスタインウェイ以上に評価が高いので、こうしてこの目で見ることが出来たのは感無量です」
タン社長に続いて野原マネージャーが話した。
「実は私は一年前に他の団体のツアーに混ざってここへ見学に来たことがあります。その時、製品の素晴らしさはもとより、働いている従業員の技術力の高さに感銘を受けました」
ベン・クラウトミュラーはタン社長と野原のお世辞を受け流すように応答した。
「ありがとうございます。もしウチの製品をそのように評価していただくのであれば、それは我が社が時流に流されず、長く培った伝統の上に堅く立ってきたからであります……そのこともご承知いただきたいと思います」
「ご立派なことです。我々など時流に乗ることばかり考えていましたから、是非勉強させていただきたい。しかしながら、それでフトコロが寒くなっては元も子もないですよね」
タン社長が相手の痛いところをチクチク刺しているところに、野原が続いた。
「クラウトミュラーさん、こちらの華商銀行さんから随分援助を受けておられると伺いましたが、たとえポリシーが立派であっても、他者の善意の上にようやく成り立っているのはビジネスとしてどうかと思いますよ。
ところでニー支店長、御行も慈善事業でもないのに、どんな理由で稟議を通しているんですか?」
ニー支店長は頭をかきながら遠慮がちに答えた。
「イーストスター社の資本参入を前向きに検討しているということで、それまでのつなぎの資金という扱いになっています。
でも最初の一回は問題なかったのですが、さすがに再三融資を泣きつかれますとね……上は問題視するのですが、クラウトミュラー社は必ずイーストスター社の資本参入を受け入れると、私が強く説得して何とか通している状態です」
ニー支店長の発言にベン・クラウトミュラーとクローゼ社長の顔が強張った。もとより覚悟の上ではあったが、いよいよ来たかという感じである。タン社長はすかさず援護射撃をしてきた。
「そうだったんですか、我が社の資本参入を前向きに検討していただいていたんですね。とても光栄なことです。ありがとうございます」
タン社長の押しにベン・クラウトミュラーは力なく抵抗してみせた。
「あ、いえまだ決まったわけではありませんので早まらないで下さいよ……」
するとタン社長は厳しい顔つきになって低い声で言った。
「ニー支店長のお話を聞いたでしょう。もしあなた方が断ればニー支店長の顔に泥を塗ることになり、好意を仇で返すことになりますよ。そうでなくても、そもそもこの話に乗らずにあなた方が生き残る道が他にあるとお思いですか?」
ベン・クラウトミュラーとクローゼ社長は互いに顔を見合わせた。そしてベンは深く嘆息した後、目の前の客人たちに告げた。
「……わかりました。イーストスターさんの資本参入を受け入れる方向で話を進めましょう」
ベンが諦めたように言うと、タン社長とニー支店長は顔を見合わせて狡猾な笑を浮かべた。そしてタン社長が続けた。
「もちろんお分りとは思いますが、我々も大株主となるわけです。それが中国国内で代表権がないというのは非常に格好悪いわけでして……」
「それは当然でしょう」
「ただ、現行の総輸入元の王氏と当社とは、何と言いますか……性格の不一致とでも言ったらいいのか、昔から馬が合わんのです。今後あちらもクラウトミュラーさんと繋がりがあると言うのは私どもと致しましては非常にやりにくいわけで」
「つまり……王氏と手を切れと」
「あれ、そう言ったように聞こえましたか。まあ方法はお任せしますが、私どものビジネスに支障のないよう取り計らって頂きたいわけでして」
昔気質で竹を割ったような性格のベンは先程からタン社長の回りくどい物言いが気持ち悪くて仕方がなかった。要は目障りな王氏とは手を切りなさいと言うことなのだ。クローゼ社長がタン社長に抗弁した。
「しかし、中国国内での我が社のブランドイメージ向上に一役買っているのが王氏であることは、あなた方も重々承知のはずです。客層によってお互いテリトリー分けして共存する方があなた方にとっても有利なのではありませんか。スタインウェイもそのようにしているでしょう」
「分かっていらっしゃらないようですね。同ブランド同士の競合は必然的に価格競争に陥り、販売価格の低下に繋がるのです。つまりブランドイメージは低下するわけです。高級品の商売はあくまで品質と差別化が勝負であり、価格競争などもってのほかというわけです」
ベンとクローゼ社長は押し黙った。もとよりこの権に関しては彼らに選択の余地はなかったのである。彼らは自分たちが無条件降伏で敗れていることをひしひしと、実感するのであった。




