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鋼琴一帯  作者: 谷川流慕
第三章 修行時代〜渡独編
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渡航

 岡島の旅程は山岡空港から成田まで飛び、そこからフランクフルト経由のルフトハンザ航空でブレーメンまで向かう予定となっている。


 山岡空港までは結実子が見送りに来ていた。出発前、二人は空港内のお好み焼き屋で昼食を取っていた。


「まだまだ先のことだと思っていたけど、時が経つのはあっと言う間ね」

「そうだね。多分2か月のドイツ滞在だってあっと言う間に過ぎ去ってしまうだろう。この時間を無駄にしないよう頑張るよ」

「うん、体には気をつけてね」

「ありがとう。それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃい」


 岡島は結実子をぎゅっと抱きしめた後、ゆっくりと搭乗口へ向かった。飛行機の座席に座ると、窓から展望テラスが見えたが、そこに小さく結実子の姿が見えた。岡島はわからないだろうとは思いつつも彼女に手を振った。そして飛行機がプッシュバックされ始めた時、結実子が大きく手を振った。岡島もそれに応えるように手を振った。


 成田からフランクフルトまでのフライトそのものは半日ほどだったが、ブレーメン中央駅に着くまではほとんど丸一日を費やした。


 学生寮に入れるのは授業開始の当日からとなっており、岡島は1日早くドイツ入りするため1泊だけホテルを予約していた。初めての海外なので、安全のために航空券やホテルの手配はネットではなく、町中の旅行代理店に依頼した。ところがこのことが裏目に出てしまった。


 駅前のフローラホテルのフロントで、これでようやく長旅の疲れが癒されると思った矢先である。


「お客様がご予約頂いたお部屋は当館にはございません」


 フロントでそう告げられた岡島は目を丸くした。


「え? ここにフローラホテル・ブレーメン店と書いてあるじゃないですか。住所だってここの住所になっていますよ」

「よくご覧下さい。お客様がご予約頂いたのはフローラホテル・ブレーメン西店です。住所は手配されたかたが誤ってこちらのものを記載されたのでしょうね」

「その、フローラホテル・ブレーメン西店というのはここから近いんですか?」

「中央駅から電車に乗って15分ほどのところにレーズムという駅がございます。さらにそこから2km離れてございますが、タクシーで行かれるのが良いと思います」


 旅行代理店の手違い……何ということだ。とにかく岡島は重い荷物を引っ張って中央駅に戻った。しかし、日本の駅のように路線図が掲示されているわけではない。どの電車に乗ったら良いかわからない。仕方なく、駅のインフォメーションで尋ねた。


「5番ホームからファルゲ行きの電車に乗って下さい。15分でレーズムに到着します」


 かくして言われた通りの電車に乗り、レーズムの駅に着いてはみたが、タクシー乗り場に行くと一台もタクシーが停車していなかった。岡島はもうどうしていいかわからず、ただタクシー乗り場でトランクを椅子代わりにして座り込んでいた。

 すると、そこに1組の老夫婦が通りかかり、岡島に声をかけた。


そこのお若いの(ユンガーマン)、そこでいくら待っていてもタクシーは来ないぞ。電話して呼び出さないと」

「えええ? 僕は今日ドイツに来たばかりで、ドイツ語で電話するなんてとても無理ですよ」

「そうか、じゃあ少し待っていなさい。わしが呼んでやるから」


 そう言ってそのお爺さんは携帯を取り出し、タクシー会社に連絡してタクシーを呼び出した。そしてタクシーが来て岡島が乗り込むまでそこにいてくれた。


「ありがとうございます、助かりました」

どういたしまして(ニヒト ツー ダンケ)良い旅をな(グーテライゼ)


 かくして、ようやく岡島はホテルの部屋に辿り着き、一息つくことが出来た。すると長旅の疲れと時差ボケのために急激に眠気が襲って来た。岡島は眠ってしまう前に結実子にメッセージを送った。


「無事到着しました。とても疲れたのでもう寝ます」


 するとすぐに返事が来た。


「無事に着いて安心しました。ゆっくりおやすみ下さい」


 岡島はそのメッセージを確認すると吸い込まれるように深い眠りに落ちた。

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