絶叫
岡島が勝小田ワンダーランドという遊園地の前でベンチに座って待っていると、高橋一馬が缶コーヒーを2つ持ってやってきた。
「はいよ」
「ああ、悪いな……熱っち!」
岡島、高橋一馬、そして筒宜結実子とその後輩は遊園地でダブルデートすることになった。結実子の後輩は少しはにかみ屋で、飲み会形式だと多くの会話を強いられて緊張してしまうので、初対面ではみんなで一緒に遊んで徐々に打ち解けていくのがいいのではないかという結実子の提案であった。
「そろそろ来る頃かな……」
「おい高橋、まだ約束の時間まで15分もあるぞ。落ち着けよ」
「どんな娘だろう。岡島がかわいいというんだから間違いないだろうけどな」
結実子の風貌に関しては自信があったが、その後輩まではどうか。結実子の言うことを信じるよりほかあるまい。そうして待っていると結実子とその後輩がやって来た。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ。こちらが友人の高橋一馬です」
「はじめまして。筒宜結実子です。そしてこちらが大学の後輩の小坂由衣ちゃんです」
「小坂です。よろしくお願いします」
「た、高橋です。どうぞよろしくお願いします」
高橋一馬が小坂由衣のことを一目で気に入ったのは側から見てとれた。由衣は結実子より少し小柄で、目鼻立ちのハッキリとした美人であった。それでいて優しく愛嬌を感じさせる、いわば男好きのするタイプだった。岡島には結実子の方が魅力的であったが、由衣は高橋一馬の好みのど真ん中のようだった。
「じゃ、自己紹介も済んだところで中に入りましょうか」
岡島がそう言うと、みな入場ゲートをくぐった。チケットはあらかじめネット購入してあったのである。
一馬が入口で渡された案内図を見ながら言った。
「どこから行きましょうか」
すると由衣がそれを覗き込みながら
「そうですね……」と相槌を打った。
少し離れたところで2人を見ていた結実子が岡島と目を合わせて微笑みかけた。その眼差しが(いい感じね)と語りかけていた。岡島はそれに頷いた。
岡島にとってこれまでの結実子はあくまで仕事関係の付き合いであったが、こうして改めてプライベートで会ってみるとなかなか素敵な女性だと思った。
(そう言えば、全然プライベートな話ってしてこなかったけど、筒宜さん彼氏とかいないのかな……こんなに素敵な人だからいても当然なんだけど、そういう人影も見えないしな……)
そんなことを考え出すと、急にとても気になって悶々とし始めた。当の結実子はそんな岡島の思い煩いをよそに、眩ゆいばかりの笑顔を浮かべて余興を楽しんでいた。
(僕って……筒宜さんのことが好きなんだな)
岡島は今更ながら気づいた自分の気持ちに戸惑いを感じた。そしてとりあえずみんなで乗ったメリーゴーランドの上で色々な思いがくるくる廻っていた。
「岡島さん、大丈夫ですか?」
結実子に声をかけられてハッとなった。
「あ、大丈夫です」
「そうですか? 何か難しい顔をしてらっしゃったから……」
「す、すみません。みなさんが楽しんでいる時に考えごとしちゃって……」
「岡島さん、今日くらいお仕事のことは忘れて楽しみましょう」
「はい、すみません……」
悩んでいたのは仕事のことではなかったんだけど……と心の中でつぶやきながら岡島はつとめて笑顔でいようとした。すると一馬が結実子に同調するように言った。
「そうだぞ岡島。こんな時にしけた顔すんなよ。それじゃ、景気付けに勝小田ワンダーランド四大マシーン制覇といきますか!」
四大マシーンとは、スクリューコースター、ドラゴンフィン、フリーフォール、フライングカーペットという勝小田ワンダーランドが誇る絶叫マシーンである。まずは一馬の提案でドラゴンフィンという宙釣りコースターに乗ることにした。
ところが……遊園地など幼少の頃以来訪れたことがなかった岡島は絶叫マシーンなるものがどれほど怖いものか想像することが出来なかったのだ。コースターが頂点を越えてスピードが付き出すと、岡島は身体がバラバラに飛び散るのではないかという恐怖を覚えた。
「死ぬ! 死ぬ!」
結実子の前で格好悪い……などと考える余裕すらなく、岡島はひたすら叫び続けた。コースターが停止した時、岡島は頭の中が真っ白になった。筒宜さんに彼氏がいるかどうか……などという悩みさえ吹き飛んだ。
「あれ? 足に力が入らない……」
岡島は足がガタガタ震えてまともに歩けなかった。それで一馬と結実子に支えられながら外のベンチに辿り着いた。一方、岡島ほどではないが由衣もこの手のアトラクションは苦手なようで、顔色が青ざめていた。そんな様子を見て一馬が言った。
「ちょっと最初から飛ばし過ぎたかな。そこでお茶飲んで休憩しよう」
そこでみなカフェに入り、腰を下ろした。岡島は動かぬ地面のありがたみを噛み締めていた。一馬は絶叫マシーンで脳が活性化されたのか、かなり饒舌になっていた。岡島は(よくしゃべるな……)と内心呆れていたが、由衣はウットリしながらその話に耳を傾けた。岡島の目にもこれは脈あるな、と映った。
「じゃ、そろそろ休憩終わりにして次はフライングカーペットでもいきますか」
一馬がはしゃぐように言ったが、由衣が一瞬顔を曇らせた。それに気がついた結実子が言った。
「由衣ちゃん、まだちょっと気分良くないんじゃないかしら? あまり無理をしないほうが……」
「ううん、大丈夫ですよ」
由衣は健気にそう言ったものの、やはり絶叫マシーンに乗ることには尻込みしている様子だった。さすがの一馬も空気を読んで言った。
「ああ、ごめんね。つい俺も調子に乗って……別の乗り物乗ろうか」
そういう一馬の寂しそうな様子を察知して結実子が言った。
「一馬さん、折角だから乗りましょうよ。私も乗りたいです」
「そう? それなら一緒に乗りますか。岡島、悪いな。結実子さん借りていくぞ」
「おい、借りるていくって……」
別に僕たちは付き合っているわけではない。しかし、結実子の反応が気になって岡島はチラと彼女の表情を盗み見したが、何にも気にしていない様子だった。
岡島と由衣はフライングカーペットの前のベンチに座って一馬と結実子を待っていた。何となく手持ち無沙汰な感じになり、岡島は気になることを聞いてみた。
「由衣さんは筒宜さんのこと、色々ご存じなんですか?」
「大学の時から仲良しでしたから、ある程度のことはわかりますけど……先輩の何がお知りになりたいのですか?」
そう聞き返されてどきりとしたが、思い切って聞いてみた。
「その……筒宜さん、彼氏とかいるんですか?」
唐突な質問に由衣はキョトンとしたあと、クスッと笑って答えた。
「さあ……どうでしょう。直接本人に聞いてみたらどうですか?」
「ええ……教えてくれないんですか?」
岡島が少しむくれた様子をしていると、今度は由衣が聞いてきた。
「岡島さん、最初結実子先輩のこと一馬さんに紹介しようとしたそうですね」
「ええ、まあ……」
「その時、先輩が怒ったの覚えてます? どうして彼女が怒ったと思いますか?」
「それは……僕が仕事のために彼女を利用しようとしたからじゃないんですか?」
それを聞いて由衣は溜息をついた。
「あの、とても失礼なことを言わせていただきますけど……岡島さん、ハッキリ言ってバカですね。先輩がかわいそう……」
「え? ちょっと、人のことバカって……」
「私、みんなの飲み物買ってきますね。岡島さん、ここで待ってて下さい」
由衣はそう言って岡島を1人残して飲み物を買いに行ってしまった。岡島は(あれ? また女性を1人怒らせてしまったかな……)と思い、タバコに火をつけると(つくづく女性というのはわからないな)と独りごちた。




