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鋼琴一帯  作者: 谷川流慕
第一章 東方の星
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雑誌取材

 ウーヴェ・ブッシュがプライバシーを暴露されたことは他の従業員たちを少なからず震撼させた。それまでヒートアップしていたオストシュテルン反対の機運は徐々に冷めて行った。

 その流れに乗じ、野原はオストシュテルン実現に向けて積極的な動きを見せはじめた。音楽雑誌「ピアノレポート」編集部に新商品オストシュテルン発売予定の情報を伝え、何とか記事にしてもらうよう取り計らったのである。オストシュテルン発売を公表し既成事実化するのが狙いである。雑誌側からOKの返事が得られたので早速取材の予定を入れた。

 雑誌の取材のためには入荷したオストシュテルン数台を調整して演奏可能な状態にしておかなければならない。しかし従業員からはオストシュテルンの作業はボイコットされている。そこで野原はタン社長に連絡して、数名の技術者を中国から派遣するよう要請した。


 中国から派遣された技術者が工場にやってきた時、またひと悶着あった。従業員たちが使っている仕事場に、中国から派遣された技術者たちが自分たちの工具を持ち込んで押し掛けてきたのである。岡島の部屋にも彼らはやって来た。


「ちょっと待ってください。私はここで仕事をしなければなりません。他の場所でやってもらえませんか」


 岡島の抗議に中国人技術者は当惑した表情で応答した。


「そう言われましても、私たちは野原さんからこの部屋で仕事をするように、と指示されてここに来たのですが……」


 野原め……岡島は心の中で憤りながら野原に電話した。しかし何回コールを鳴らしても出てこない。仕方なく、岡島は彼らと同じ部屋で仕事をした。整音は音を聞く仕事なので、同じ部屋で複数の人間が同時に仕事をするのは本来不可能なのだ。他の従業員からも同じような苦情が経営委員会ベトリープスラートに寄せられ、野原にも報告された。しかし野原は「工場が狭く他に場所がない」「少しの間のことだから辛抱してくれ」「そもそも従業員がボイコットなどしなければこんなことにならなかった」などと言って経営委員会ベトリープスラートからのクレームを撥ね退けた。


 しかし限られた仕事場所で定員オーバーな状態で仕事をするのは従業員側も中国人側もお互いやり辛い。そのことを訴えてもなお、野原は頑として動かなかった。

 岡島は窮屈な思いで同じ部屋で作業する中国人技術者を横目で見ながらあることに気がついた。果たして彼らは正式に労働ビザを取得しているのだろうか。そう思って岡島は技術者の1人に尋ねた。


「すみません、ちょっとパスポートを見せて頂けますか?」


 断わられるかもしれないと岡島は思ったが、相手はアッサリとパスポートを岡島に渡した。中を見ると、やはりビザなしの入国であった。一応ドイツはビザがなくても数ヶ月滞在できるが、それはあくまで観光目的という前提での話である。もし仕事をするのなら、たとえ短期滞在であっても労働ビザを取得しなければならない。

 告げ口するようで気持ちは憚られたが、岡島は中国人技術者たちがビザなしで入国していることを経営委員会ベトリープスラートに報告した。それを受けて経営委員会ベトリープスラートは野原に交渉を持ちかけた。


「中国人技術者たちはビザなしで入国しているそうじゃないですか。このことを入国管理局に報告したら不法滞在で罰せられますよ」

「あんたら、私を脅しているのか」

「あなたが我々の陳情を無視するからです。もし技術者たちを工場外の別の場所に移して下さるなら我々も密告するようなことはいたしません」


 野原は仕方なく、ヒルデスハイム銀行ビルの空きスペースを借りてそこにオストシュテルンのピアノと中国人技術者たちを移動させた。そのようなゴタゴタのせいでオストシュテルンの調整は予定より大幅に遅れていた。結局作業が完了していない状態でピアノレポート誌の取材予定日を迎えることになり、止むを得ず取材はヒルデスハイム銀行ビルの空きスペースで行われることになった。


 ところが……。


 岡島がその日、工場に来てみると雑誌記者と数人の撮影スタッフが呆然と立ち尽くしていた。その内の1人が岡島に尋ねた。


「すみません、今日ここで新商品オストシュテルンの取材の予定なんですが、どちらへ行けばいいでしょう」


 岡島は取材場所がヒルデスハイム銀行ビルに変更になったと聞いていたので、そのことを告げると彼らはそのような話は聞いていないと言う。明らかな連絡ミスだ。語学力の乏しい人間が外国で仕事を取り仕切ると、こう言ったことが起こりがちである。


 そこに木工職人のイェルク・フアマンが通りかかって言った。


「あんたら、オストシュテルンの取材に来たって話だけど、あれは中国人どもが俺たちの反対押し切って強引に作ろうとしているものなんだぜ」


 その話に興味をそそられたベーレンシュッツという記者は、バッグから取材ノートを取り出し、スタッフに録音の指示を出した。


「その話、詳しく聞かせて頂けませんか?」


 イェルク・フアマンはそれまで溜まっていた鬱憤をぶちまけるかのように洗いざらい喋りまくった。さらにその様子を見ていた他の従業員たちも加わって日頃の不満を記者にぶつけた。ピアノレポート誌はその後ヒルデスハイム銀行ビルの方へ移動し、野原へのインタビューを中心とした取材を行なった。当然雑誌には後者の記事が掲載されることになった。


 後日、ピアノレポート誌の記者ベーレンシュッツは大学時代の友人とスポーツバーでビールを飲んでいた。ベーレンシュッツはその友人であるペーター・ノイマンに言った。


「この前さ、クラウトミュラーって会社に取材に行ったんだけどさ、その新商品を巡って色々ゴタゴタがあって面白かったぜ」


 ペーター・ノイマンはその話を聞いて身を乗り出してきた。彼は大衆紙「ビルト」の記者だったのだ。そして言った。


「そのネタ、俺に譲ってくれないか?」




 その数日後、ベン・クラウトミュラーが血相を変えて社長室に入って来た。


「これは一体どういうことだ?」


 そう言ってベンはクローゼ社長の机に当日発行のビルト紙を叩きつけた。何事かと思ってクローゼ社長がその新聞を開いてみると、衝撃的な一文が目に飛び込んで来た。


 ──老舗ピアノメーカーの醜聞スカンダル……独クラウトミュラー対中国イーストスターの攻防合戦──

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