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鋼琴一帯  作者: 谷川流慕
第一章 東方の星
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ボイコット

 野原とディックマンがやり合ってから数日経った。経営委員会ベトリープスラートは経営陣を除く全従業員を社員食堂カンティーネに召集し、緊急ミーティングを行った。


「我々は中国イーストスター社の企画による新商品オストシュテルン開発・発売を中止するよう幾度も経営陣に訴えてきた。しかし我々の要求は全く聞き入れられず、イーストスター社はテスト販売用の商品をコンテナーに載せて既に発送したとのことである。我々はこの暴挙に対抗すべく、コンテナーが我が社に到着しても我々は一切このピアノには手を触れないという方針を打ち出した」


 場内は騒然とし、1人の従業員が質問のために挙手した。


「それは我々としては収入面のリスクを負うことになるが、そうすることにどんな意味があるんだ?」


 経営委員会ベトリープスラートの1人、カールステン・ディックマンが答えた。


「奴らにとってオストシュテルンの魅力は中国国内で極力製造コストを抑えておきながら、ドイツで仕上げをすることでメイド・イン・ジャーマニーを謳い、高級品として売れることだ。だから我々が指一本触れなければメイド・イン・ジャーマニーとは言えず、全く意味がなくなってしまう」


 従業員達からなるほどという声が漏れてきた。ディックマンは改めて従業員達に問うた。


「では、この方針に賛成の者は手を上げて欲しい」


 するとそこにいた全員の手が上がり、オストシュテルンの作業ボイコットが満場一致で可決された。

 この動きはすぐに野原の知るところとなり、彼は中国のレイモンド・タン社長に相談した。するとタン社長は忌々しそうな口調で言った。


「資本主義国の民間企業のくせに姑息な真似を……少々強引だがペナルティーとして賃金カットをチラつかせて、奴らのボイコットを撤回させるんだ」


 タン社長の指示を受けて、野原はクラウトミュラー全従業員に対し、もしボイコットを撤回しなければ2割の賃金カットを実行すると人事経由で通達した。

 ところが金属工業同業組合《I G Metal》から野原の行為は労働法に違反していると警告され、野原はしぶしぶボイコット撤回命令を取り下げた。

 転じて野原は従業員一人一人にあたり、懐柔策に出た。すなわち、オストシュテルンの作業をすれば昇給を約束するというものだった。しかし野原のダーティーさがかえって従業員たちの反感を買い、功を奏することはなかった。すると今度は岡島を取り込む作戦に出た。


「先生、他の従業員たちに働きかけて何とかオストシュテルンの作業をしてもらうよう頼んでもらえないかね。もし成功したら、破格の昇給を約束するよ」


 岡島は溜息交じりに答えた。


「野原さん、最初に言いましたよね。従業員たちの誇りを傷つけるようなことはなさらないと。でもこれまでずっと彼らの感情を逆撫でし続けてきたじゃないですか。その結果が今の状況ですよ」

「確かに今は新商品に反感を持つかもしれない。だが、これが売れて会社が儲かればみな生活が楽に、豊かになっていくんだぞ。そうなった時になってはじめてわかるんだ。これで良かったんだと」

「そんなの詭弁じゃないですか」

「先生は独身だからピンと来ないかもしれないが、従業員たちの背後には家族もいる。彼らの抱えている問題……教育費、家や車のローン、老後のことなど殆どの不安のタネは金で解決するものだ。その家族にとって旦那がどんなピアノで仕事しているかということと、ありとあらゆる生活の不安が解消することとどちらが有難いか。よく考えてみるんだな」

「確かに独身の僕にはよくわからない問題です。でも少なくとも……もし僕が野原さんの息子だとしたら、今の野原さんの背中を見ても誇らしい気持ちにはならないと思います」

「……話にならんな」


 そう言い捨てて野原は岡島の部屋から出て行った。


 そしてまた数日経った頃、中国から送られてきたコンテナーがトラックに載せられてクラウトミュラー社にやってきた。そのトラックが搬入口に向かってバックしてきた時、フォークリフトを運転していた倉庫作業員のウーヴェ・ブッシュがトラックの運転手に向かって叫んだ。


「そのコンテナー、ここに着けないであっちの隅っこの方に置いておいてくれ」


 ブッシュはそう言って工事敷地の端の部分を指した。運転手はその指示に従い、トレーラーをその場所に置いてトラックから切り離した。トラックが去った後、そこにぽつんとたたずむ中国語の書かれたトレーラーを見て野原は激怒した。


「誰だ、トレーラーをあそこに置いたのは!」


 野原は工場内で叫んだが、誰も相手にしなかった。そこで野原は運送会社に連絡し、トレーラーを強引に搬入口に着かせて自らフォークリフトを使って荷物を工場内に降ろした。野原がそこから去った後、ブッシュはそれらの大きな木箱をゴミ置場に移動した。

 従業員たちはこぞってブッシュの行為を賞賛した。しかしそのことでこれらがブッシュの仕業であることが野原に知れ渡ることになってしまったのだ。


 数日後、ウーヴェ・ブッシュが仕事を終えて家に帰ると、妻のフレデリカが鬼の形相で仁王立ちしていた。


「ただいま……ど、どうしたんだい」

「……これは一体どういうことなのよ」


 そう言ってフレデリカは数枚の写真を差し出した。ウーヴェはそれを見てギョッとした……そこに写っていたのは、路上売春のワゴン車に乗り込むウーヴェ・ブッシュの鮮明な姿だった。

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