愛を語ってみる
勢い
思わず顔を上げると、歌見は沈痛な表情を浮かべていた。
自分のしたことを悔い、申し訳なさそうに見下ろす瞳は潤んでいる。
絶賛混乱中の俺は口を半開きにして間抜け面を晒しながらそれを眺めていた。
何が起きた。
状況を整理しよう。
今しがた俺は歌見から告白された。愛の告白ではなくて、罪の告白だ。
今朝から俺の頭を悩ませてくれていたパンツは歌見のものであり、それを机の中に入れたのも彼女自身なのだという。
理解が追い付かない。
どういう理由があって歌見がそんなことをしたのか、俺には皆目見当がつかないのだ。
俺の知る『歌見文』という女の子は、今回のような悪戯を仕掛けるような人物ではない。
「……もしかして、いじめ? 誰かに脅されてやらされてたとか。例えば花巻のやつに命令されて……」
まず浮かんだのは歌見が誰かに無理やりやらされたのではないか、というものだった。
陰で性格の悪いクソ女にいじめられていて、質の悪い悪戯をするように命令されたのではないだろうか。
そうなると黒幕は十中八九、花巻だろう。あのアマ、今から殴りに行ってやる。
脳裏に憎たらしい女の顔を浮べて殺気立つ俺だったが、しかし、歌見は俺の推測を否定するように首を横に振るのだった。
「え、じゃあ何で? 間違えて俺の机の中に入れた……りはしないだろうし………………もしかして、嫌われてた、俺?」
荒唐無稽な憶測ばかりが浮かんでは否定し消えていく。そして、一番ありえそうで最も悲しい説が消去法で残る。
「そ、そんなことないっ」
しかし、それは口からこぼれてすぐ歌見に凄い剣幕で否定される。
「だ、だったらどうしてだ? 誰かにばれてたら俺、もう学校に来れなくなってたかもしれないんだぞ? 下着泥棒とか、変態とか、キモイとか言われて周りから嫌われて居場所がなくなるかもしれないって不安だったのに……」
「それは……その……」
口籠る様子から、ひょっとすると何か深刻な事情でもあるのかもしれない。いや、でも他人の机にパンツを仕込む深い事情ってなんだ。
言い辛いことなら言わなくても良い、なんてセリフを吐けたら格好いいのかもしれないけれど、格好つけて原因を究明する機会を逃す気はない。
こちとら被害者なのだ。今のところ物質的な損害を被ったわけではないけれど、これから何も起きないとは限らない。
主犯が歌見なのか、それとも誰かの指図によるものなのか。自分の身を守るためにも彼女の口から事情を聞き出すべきだと俺は考えていた。
「怒らないからさ、事情を話してくれないかな? 困ってることがあるなら俺も力になるから」
躊躇ったまま一向に口を開こうとしない歌見に優しく語りかける。言ったことはどれも本音だ。ただ、『怒らないから』は怒る前振りのようになってしまったのが気になる。
言葉選びを間違えたか。
「――――ごめんなさい!」
すると突然、歌見はその場で膝をつき額を床に擦り付けて謝罪――――土下座を決行した。
対して俺は唖然として二の句も告げずにいた。
なぜいきなり土下座。
やめてくれよ。
急に土下座されても、反応に困る。
「あの、歌見さん? 謝罪じゃなくて俺が聞きたいのは理由の方で」
「私は…………草津君があたふたしてる可愛いところを見たくて」
「……うん?」
「あと、自分の下着を草津君が持ってることにちょっと興奮してました」
「……うん?」
やめてくれよ。
急にそんな性癖を語れても、反応に困る。
「ちょっと意味が分からないんだけど」
「だから、えっと……」
歌見は顔をりんごのように真っ赤に染め、零れだしてしまいそうなほど瞳を涙ぐませながら言った。
「私は草津君のことが好きな変態です! 全部私がやりましたごめんなさいっ!」
そう、歌見は勢いよく言い切った。
告白だった。
俺は今、歌見から告白された。愛の告白だ。
だけどまさか異性からの告白を受けて、こんな微妙な心境になるとは想像すらしていなかった。
「……それは、俺を好きになるのは変態趣味、という意味でしょうか?」
「え、あっ、ち、違うよ!? そういうことじゃなくてっ」
どうにも俺もかなり動揺しているらしい。
意中の女の子からこんな衝撃的な告白をされたのだから、おかしな言動を口走るのくらいは大目に見て欲しいと思う。
「私、その……男の子が弱ってる姿とか、慌ててる様子が好き、なの」
カミングアウトはまだ続くらしい。
そんなこと言われてスマートな対応ができるほど人生経験積んでないぞ俺。
「……意外とドSなんだ」
困っていたらつい率直な感想が口から洩れる。ひうぅっ、と歌見が顔を伏せる。
「そうなの、かな? それで今朝、草津君を保健室に連れて行ったでしょ」
HRが終わった時点で具合の悪かった俺は保健委員である歌見に保健室まで連れ添ってもらった。
その時は確か俺は歌見のスク水姿を拝めないことを嘆くと同時に、歌見に心配してもらいながら甲斐甲斐しくしてもらえることを喜んでいた。
一方で、歌見も歌見で思うところがあったらしい。
「間近で草津君のあんな顔を見てたら我慢できなくなって……もっと見たいなぁ、って考えてたらあれを思いついて」
一限目から水泳の授業だったため、俺を保健室まで送り届けて戻ってくる頃には教室には誰も残っていなかったはずだ。
戸締りは日直の仕事だから歌見が帰って来るまで教室の鍵は開けっ放しだったろうし、鍵の管理状態などクラスメイト達は日直に任せきりで気にしなかっただろう。
つまり、授業が始まる僅かな間とはいえ、教室で歌見には好きに動ける時間があった。
「そこでどうしてパンツを机に入れるなんて奇行に走るのか理解できないんだけど」
「……見つけたら絶対に慌てた顔が見れると思って。それに、男の子はパンツが好きだっていうからそこまで嫌がられないかなぁ、なんて」
まあ、否定はできない。
唐突に転がり込んできたパンツの存在には慌てふためき悪戯を疑っておきながら、結局のところ理由をつけてずっと手放すことを惜しんでいたのは俺だ。
「嫌がらせか悪戯かと思ってた……」
「私としては、ちょっと困った顔が見たかっただけなの」
歌見は自嘲するような笑みを浮かべると、また深く深く頭を下げた。
「ここまで草津君を追い詰めるつもりじゃなかった。謝るのは、私の方。草津君の言う様なリスクも全然考えてなかった。迷惑かけてごめんなさい」
……迷惑、か。
「それに他人のパンツなんて汚いし、貰っても不愉快だったよね……」
土下座する歌見の声は酷く沈んでいる。
彼女からしてみればちょっとした思い付き程度のものだったのだろう。けど、その結果は死にそうな顔して土下座されるという、想定外のものだった。
軽い悪戯のつもりでやったことが、相手の人生を追い込むようなことだったと気づいたら俺も全身から血の気が引くと思う。
罪悪感に耐え切れなくなった歌見はだから自白し、謝罪することにしたのだろう。
「草津君は怒らないって言ってくれたけど、私のしたことを許せないだろうし、怒って当然だと思う。それに……気持ち悪いよね」
伏せられた顔は見えないけれど、鼻をすするような音がした。
泣いているのだろうか。
「もう草津君には近づかないから……だから」
「歌見さん」
途中で言葉を遮り彼女の名前を呼んだ。
結論を出す前に、もう一度だけどうしても確認しておきたいことがあった。
「改めて聞きたいんだけど、俺の机にパンツを入れた理由はなに?」
「えっと……その……」
歌見の声は明らかに戸惑っていた。
怒ったり、侮蔑されると思っていたのかもしれない。
言い辛いことだろうけど、これだけははっきりさせておきたかった。
「草津君の、困ってる顔とか慌ててる姿が見たかったから、です」
「何で?」
間髪入れずにそう問いかけると、先ほどより長く間を開けてから、歌見は弱弱しい声で白状した。
「く……草津君のことが、す、好きだからです」
勢いのあったやけくそじみた一度目とは違い、羞恥心に溢れるどもりにどもった告白。
そうか。
……そうか。
…………そうなのか。
じわじわと込み上げてくるのは、喜びだった。
迷惑をかけられたとか、予想以上の変態さんだったとか、どうにも俺にはさして重要なことでもなかったらしい。
嫌悪感を抱くどころか、歌見に対する好感度はまったくと言っていいほど変わっていなかった自分に驚いてすらいる。
何でだろう、と心の中で首を傾げる。
そして気づいた。
俺に歌見を嫌う理由が、一つもないのだ。
迷惑をかけたと歌見は言った。確かに、今日一日あの縞々パンツには大いに振り回された。
誰のかわからない下着なんて気味が悪いし、嫌いなやつのものだったりしたら最悪だとも思っていた。
俺に対する嫌がらせか、馬鹿な男子の悪戯かと警戒し、どうしたものかと対処に苦慮したのも事実。
けど、一方で可愛い女子のパンツだったらいいな、という邪念も確かにあった。
だって男の子だもの。
一時は歌見のパンツだったらいいのに、と妄想すらしていた。
……だったらこれ、大当たりじゃねえか。
手の内に握りしめたこのパンツが、好きな女の子のパンツだった。
特に好きでも可愛くもない女子のパンツ……ならいらない。
生理的に無理な嫌いな女子のパンツ……それは汚物。
悪戯目的で男子が用意したパンツ……ただの衣類だ。
歌見は自分のことを変態と言っているけれど、好きな女の子のパンツを握っているという背徳感にドキドキしている俺も十二分に変態だと思う。
というか、好意を寄せている異性の下着に興味を覚えるのはある意味健全な反応なのではないだろうか。
迷惑なんてとんでもない。これが歌見のパンツだったことに浮かれ始めているし、それを思い切り嗅いでいたこと思い出して罪悪感に駆られてるくらいだ。
あとは、歌見の行いに俺がさほど実害を受けていないというのも、悪感情を抱かない要因なのだと思う。
誰かに露見していれば、学校で俺の居場所はなくなっていただろう。最悪、不登校になり引きこもりになっていたかもしれない。
だけど、それは最悪のケース。
誰かに見つかれば取り返しのつかないことになっていたけれど、隠し持っているだけならば俺には特に不都合はなかった。
精々が、ばれたりしないかという不安と緊張から来るストレスくらいか。
俺は誰にもばれないようにするつもりだったし、犯人が言い出さなければポケットに隠したパンツの存在が表に出る可能性はないと踏んでいた。事実、歌見のことを抜きにすれば放課後まで隠し通せた。
感じていたストレスも、パンツが歌見のものであったということで帳消し。
結果論ではあるけれど、歌見の仕出かしたことで俺にあった被害など大したことがない、というのが俺の感想だ。
そして、もう一つ。
「歌見さん、顔を上げてくれる?」
「ぅ……」
恐る恐る、怯えるよう小動物のようにゆっくりと頭を持ち上げる。
ようやく露わになった歌見の顔は耳まで真っ赤。半泣きに歪んだ表情は後悔というよりも恥ずかしがっているせいに見える。
ああ、うん。
「さっきの言葉、もう一回言ってくれる?」
「えっ……?」
「俺の顔から目を逸らさずに、もう一回」
俺のアンコールに歌見は口をパクパクとさせ、より一層赤面しながら逃げ場を探すようにレンズの奥の瞳が忙しなく泳ぎまくる。
「もう一回」
我ながら意地が悪いと思いながら催促すると、泳ぎまくっていた歌見の目と目が合い釘付けになる。
「くさ、くさつくんの、ことが、すきだから、です……」
今までとは比べ物にならないほどたどたどしい口調で、しかも最後の最後で耐え切れずに顔を俯かせてしまった歌見。
なるほど、なるほど。
好きな相手の、困ってるところや慌てている姿……大変いいと思います。
恥ずかしがってしどろもどろになる歌見は、普段の物静かな姿や時折見せる子供っぽい様子とは違った魅力が、端的に言うとグッと来るものがある。
そこでふと思い出したのが、歌見のことを気にかけるようになった時の出来事だ。
隠している趣味のBL小説の表紙が俺の目の前で露わになり、慌ててそれを隠そうとして色んなところに体をぶつけていた。
静かに教室の端で本を読んでいるような地味で大人しい女の子という印象だった彼女のその取り乱しっぷりに、悪いとは思いつつも可愛いと思ってしまった。
いわゆるギャップ萌えだ。
仲良くなる過程で盛り上がったアニメや漫画の趣味トークでも感じたことだが、やはり、俺と歌見の趣味嗜好は似ているらしい。
言っていることがわかってしまった。
歌見のこんな表情を見たいがために、からかったり悪戯を仕掛けたくなる気持ち。
……まあ、パンツは仕込まないだろうけど。
それはさておき、俺も覚悟を決めるとしよう。
躊躇ってはいけない、大事なのは勢いだ。
顔を俯かせ恥じ入るように両手で覆う歌見に向けて思いの丈をぶつける。
「俺も歌見文さんのことが好きです。付き合ってくださいっ」
「…………」
「…………」
「…………」
反応がない。
まるで屍のようだ。
……このままだと俺が死にそう、羞恥心で。
「…………」
まさか、まさかの無反応。
歌見はピクリとも動かない。
聞いてたよね? 聞こえてたよね?
「…………」
急すぎた?
え、もしかして告白のセリフがダメだったか?
もうちょっと凝った方が良かったか、いや、でもこういうのはシンプルな方が……。
「…………ぃ」
凄い勢いで脇汗が湧いてくるの感じていると、ようやっと蚊の鳴くような声で反応があった。指の隙間からこちらをのぞきながら、今度はぎりぎり耳に届く声量で歌見が言う。
「もういっかい……おねがいします……」
……うん。
歌見にやらせておいて、俺がやらないわけにもいかないよね。
「歌見文さんのことが好きですっ。付き合ってくださいっ」
なにこれ。思った以上に恥ずかしい。
告白のやり直しって酷い羞恥プレイだ。誰だこんなのやらせたの。
意識しないつもりだったのに逆に声が上擦っちゃったし。
これは恥ずい。赤面ものだ。
いや、重要なのは歌見からの返答だ。
今度はどうだ……?
「……もう一回、お願いします」
……ははぁん。
歌見さん、ちょっと調子に乗ってますね、貴女。
しかし、歌見には三回言わせたのだ。ここは俺も同じだけ言うのが筋というもの。
でもまあ、大人しく三回も同じことをいうのは悔しい。
少し考えて……こうすることにした。
「えっ……」
顔を隠していた両手を掴んで引っぺがし、面と向かって言ってやる。
「俺は文のことが好きだ。変態で、性癖拗らせて、そんで俺になんかしてたとしても全然気にしてない。だから俺と付き合ってくれ」
言ってやった。
じわじわと首元から熱くなってくるのがわかる。たぶん、歌見に負けないくらい顔が赤くなっていると思う。
そして、歌見はというと。
「……ふ」
「ふ?」
「不束者ですが……よ、よろしくお願いします」
そう言って両手をついて頭を下げる。
これはOKか。OKだよな?
先に向こうが告白したわけだし、つまりは両想いだったってことだし。
なんて言葉を返したらいいのかわからくなった俺は、咄嗟に同じように頭を下げて浮かんだセリフを口にした。
「す、末永くお願いします」
告白ってこれでいいんだろうか。
傍目から見たら、二人で土下座しあってる状態なんだけど。
そろそろと顔を上げると、同じく姿勢を戻し始めた歌見と目が合った。するとすぐに目を逸らされる。助かった、あと一秒でも遅かったら俺が先に目を逸らしてた。
想いを伝えあったものの恥ずかしさもあり、互いに何を言っていいのかわからずに無言の時間が続く。
何か言った方がいいだろうけど、何を言えばいいんだ。
「……本当にいいの?」
俺が迷っているうちに先に沈黙を破ったのは歌見だった。
「何のこと?」
「私、あんなことしたんだよ?」
歌見が気にしているのは、やはりパンツを机の中に入れた件か。
まあ、俺がどう思っているかは聞きたいだろう。
「それについては……俺としては物を壊されたり、風評被害がでたわけでもないし、迷惑っていってもビックリしたくらいだからなぁ。謝ってももらったし、もういいかなって思ってるんだけど」
「……気持ち悪いとか思ったりしないの?」
不思議そうに、けれど触れることを恐れるように尋ねてくる。彼女が一番聞きたいのがこれなのだと直感する。
自分のやったことに軽蔑されないことが不思議でならないのだろう。内容が内容なだけけに聞くのは怖いが、聞いておきたいといったあたりか。
「……歌見さん、君は男子というものをよく理解していないようだ」
「?」
「こっちこそ気持ち悪いとか思ってほしくないんだけど…………他の奴のならともかく、好きな女の子の下着とか普通にご褒美だからっ!」
「そ、そうなんだ?」
あれ、やっぱりちょっと引かれてる?
「えーっと、だからまあ、パンツのことはもう気にしなくていいよ。歌見さんのパンツならむしろ大歓迎というか」
正直に言うと、パンツぐらいで変態かとも思う。
性欲と邪念の権化たる男子高校生だぞ。
もっとエロいこととか興味があるし、したいのだ。
「俺的にはエッチな女の子はありだと思います」
「うぇっ!?」
……俺たち今何をしてるんだろうか。
ああ、告白か。
性癖の。
「だから、このパンツ貰っていい? 記念に」
「だ、ダメっ!」
上手くいけば流れで歌見のパンツが手に入るかと思ったが、歌見に慌てて奪われてしまった。手に余る代物ではあるけれど、手に入らないのはそれはそれで残念な気持ちになる。
半分くらい冗談だったけどね。半分くらいは。
「どうせならもっと可愛いのあげるからっ」
「え」
「あ」
……今のは聞き流してあげた方がいいのだろうか。
でも、少し期待しておこうと思う。
「そ、そういえば、偉く絶妙なタイミングで教室に入って来たよねっ」
「あ、あれは、草津君に本当のことを話して謝るなら絶好のチャンスだと思って、日誌を届けて急いできたんだ。そしたら……そしたら」
そしたら、俺がパンツを嗅いでたと。
「すみませんでした」
「わ、私も気にしてないから」
「……ありがとう」
「……うん」
何だろう。
告白イベント直後の男女ってもっとこう甘酸っぱい空気になると思ってたんだけど。
なんか思い描いてたのと違う。
原因は何だ。
やはりパンツか。
パンツが悪いのか。
「……帰ろうか」
「…………うん」
何時までも教室にいるわけにもいかない。
立ち上がろうとすると長時間正座していたため、足が痺れている。歌見も机を支えにして、生まれたての小鹿のように足をプルプルさせていた。俺も人のこと言えないけどな。
足の痺れに顔を歪ませながら何とか立ち上ろうとするが、力が入らずに上手くいかない。
机に捕まりながらやっと立てた、と思った次の瞬間、強烈な立ちくらみが襲う。
グラリと視界が揺れたかと思うと、痺れた足では碌に踏ん張ることもできず床に倒れてしまった。
「草津君!?」
「んー、あー、立ち眩みしてこけただけだから、心配しなくても……?」
しばらく横になっていたら治まるだろうと思っていたが、なんだかおかしい。
視界がぐるぐるするし、頭は熱くて重くて痛い、耳鳴りもうるさく、身体中にゾクゾクとした寒気を感じる。
あれぇ?
「あ、これヤバいかも」
そうだった。俺、朝から保健室送りになるくらいには体調悪いんだった。
病は気からというが、極度の緊張やストレスが身体に悪影響を与えることは現代医学でも証明されている。
昼間にもパンツのことで精神的に振り回され、頭が痛くなったり耳鳴りがしたりと前兆はあった。
その時はまだ耐えられると我慢し、時間が経てば治まったのであまり気に留めていなかった。
けれど、つい先ほどパンツを嗅ぐという痴態を歌見に目撃されたことに激しく動揺し、自分のこれからや歌見の反応に極度の緊張を強いられた。その後も、告白したりされたりで緊張するような場面が続いていた。
好きな相手に好きって伝えるだけでも、心臓は破裂しそうだったし、羞恥心で体温は上がるし、あっちこっちから変な汗が止まらないしと、精神状態によって体は異常をきたす。
それがジェットコースターのような緩急を交えた変化の連続がそれなりの時間続くとして、健康な十代とはいえ弱った状態で無事でいられるだろうか。
はい、無理でした。
「草津君っ、草津君ってば!?」
「ごめん、先生、呼んで、き、て」
意識が遠のく中、また泣き始めてしまった歌見が必死になって呼びかけて来る。
急に俺が倒れてしまったため随分と取り乱しているらしい。
「うわあぁぁぁっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。起きてよ草津君、死んじゃ嫌だよ。私が全部悪かったの謝るから許してごめんなさい。体操服こっそり嗅いでたこともリコーダー舐めてたことも謝るからお願いだから死なないでえぇっ!?」
俺の顔色はそんなにヤバいのか、瀕死の人間を目の前にしたかのような慌てっぷりだ。
でも自分でもわかるくらい体調が酷いのは確かだし、本当に死にそうな……おい待て、なんか変なこと口走らなかったさっき。
あとで彼女の余罪を追及しなくては。
俺が意識を保てたのは、そこまでだった。
お読みいただきありがとうございました。
イメージは塩漬けに砂糖をぶっかけた感じ。
これでいいのかと首を捻りながら書きました。
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