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変態ですがなにか?

 終わった。

 色々と終わった。


 心臓は止まったかと思ったし、意識も飛びかけた。

 死んだかと思った。本当に一瞬だけ死んでいたのではないだろうか。


 俺を襲ったのはそれほどのものだった。


「…………っ」


 歌見にパンツの匂いを嗅いでいるところを目撃され、頭の中が真っ白になった。

 とっさに言い訳の言葉も出てこない。

 そもそも、実際に女子のパンツを嗅いでいたので言い訳のしようもない。


 俺にとってはいつの間にか机に入れられていたどこの誰とも知れないパンツだ。

 けれど、何も知らない歌見からすればどう映るか。


 放課後に忘れ物の下着を嗅ぐ変態、だろう。


 今の状況は最悪だった。

 水泳の授業中に盗まれたとは思われなくとも、この下着を今しがた手に入れたと思われる可能性はある。いや、間違いなくそう考えているだろう。


 嵩張る水泳バッグはみんなロッカーへと仕舞っておく。時には俺が弁当を忘れたように持って帰るのを忘れた女子もいるかもしれない。

 そしてロッカーに鍵はついていないため誰にでも開けられる。


 誰もいなくなった放課後に、女子のロッカーを漁る男子生徒。そこでとある女子生徒が水泳バッグを忘れていったことに気づく。見ている者は誰もいない状況に、男子生徒はおもむろにバッグの中身を調べ始め、そこで彼はその女子生徒のパンツを見つける。男子生徒は手に取ったパンツを恐る恐る顔に近づけていく。包むように顔に押し付けパンツに残る女子の残り香を堪能し恍惚とした表情を浮かべる男子生徒。


 ――――そんな風に見られているかもしれない俺。


 勝手に変なストーリーが頭の中で形成されたけれど、今の俺を見たら誰でも似たようなことを想像するのではないだろうか。

 歌見にそう思われていると考えると、死にたくなってくる。

 俺もそんな奴を見たらキモイと思うし、パンツを嗅いでいた俺を目撃した歌見もあまりの衝撃に硬直している。

 悲鳴を上げられる何秒前か。


 ……いや、諦めたらそこで試合終了だ。


 ちんけな脳味噌をフルに使ってこの状況を打破する方法を必死に考える。

 社会的に殺されず俺がこれからも高校生活を送るには、まず歌見の口からこのことを広まるのを防ぐしかない。

 知られてしまったなら、それ以上の情報の拡散を阻止するしかない。


 どうやって歌見の口を封じるか。とにかく今は大きな声でも上げられて人を呼ばれないようにするべきだろう。そして、逃げられれないようにする。逃げ道は開いた前の扉だけだ。窓も後ろの扉も鍵がかかっていてそちらからはすぐに外へ出られない。

 それに俺と歌見の体格差なら一度捕まえてしまえば簡単には逃げられないだろう。


 あとはどう口止めするかだが……まあ、色々と手段はある。


 様々な方法を模索し、決断するまで要したのは僅かな時間。入試の時ですらこれほど脳を酷使させることはなかった。


 まずは先手必勝。相手が動き出す前に、決める。


 動き始めた俺に歌見はびくりと体を震わすが、恐怖と混乱から足が動かないのか目の前まで接近を許してしまう。

 逃げ道を塞ぐように入り口に俺は立ちふさがり、半開きだった扉を後ろ手に閉める。これで外に声も漏れにくくなった。

 歌見は動くことは疎か、声を出すことすらできないようだった。


 逃げ場のない教室。他には誰もいない状況。変態行為を見られ焦っている男と二人きり。


 ああ、これから自分が何をされるのか想像するだけで大抵の女子なら怖くなるだろう。

 何が起こってもおかしくないし、誰かがやってくる保証もない。


 目の前には瞳を潤ませ、体を震わせるか弱い女の子が一人。


 そして俺は――――――







 ――――――土下座した。




「……ど、どうか、お見逃し、いただけないでしょうかっ…………」


 カラカラの喉から擦れ声を絞り出す。極度の緊張から上手く声が出せない。

 声は震え、真冬になったかのように体は寒いのに、次から次へと汗が溢れだし滴り落ちていく。


 心臓はバクバクと鳴りっぱなしで、頭には何か突き刺さったような痛みが止まらない。耳鳴りもうるさい。

 平身低頭を晒した俺に歌見からの反応はない。

 頭を下げたまま身じろぎ一つすることなく俺は待つ。


 ……歌見の口を封じるなら、弱みを握って脅迫するというのも一つの手だろう。

 実際に、俺は彼女の趣味という弱みを一つ知っている。

 周りに知られることを恐れていて、性格も気の強い方でない彼女なら脅せば黙らせることは出来るはずだ。


 浮かんだ案の中には確実だけどもっと非道なものもあった。


 でも、俺が選んだのはこれだった。

 土下座して、許しを請う。話を聞いてもらい、誤解を解く。

 至極真っ当で、けれど上手くいくかどうかも怪しい不確かな方法。


 歌見が周囲に話せば俺の学校での居場所はなくなる。社会的に死ぬ一歩手前だ。

 そんな崖っぷちに立たされればなりふり構わず行動してもおかしくない。

 俺だってそうしようかと一瞬でも考えた。


 でも、無理だった。歌見にそんなことできない。

 だって、好きな女の子に酷いことなんてできるわけないじゃないか。


 ここで嫌われて、軽蔑されて、絶交されるほうがまだマシだ。

 内臓がねじ切れそうになるくらい嫌だけど。

 でも、歌見を傷つけるよりずっといい。


 断頭台に首を差し出した気分で歌見の反応を待つ。

 頭上で歌見が動く気配がした。土下座して額を床に擦り付けているため彼女が何をしようとしているのかわからない。


 罵倒か、それとも何も言わずに立ち去るか。

 間違いなく軽蔑されてはいるだろう。パンツを嗅いでいる姿を見られたのだから。

 嫌われ、罵られることになったとしても、せめて話し合いに持ち込んで誤解を解きたい。

 俺は下着泥棒ではないし、変態ではないと。


 ……ちょっと難しいかもしれない。泣きたくなってきた。


「草津君」


 どうやら歌見は立ち去るのではなく、対話を選んだらしい。変態と二人きりなんて逃げ出したい状況だろうに。俺なら一目散に逃げる。


 それでも話を聞こうとしてくれるのは、人の良さというか歌見の人間性なのだろう。

 気持ち悪い、とか、変態、とか罵倒が続く可能性もあるけれど、声を掛けてくれたのであればこちらの主張を届ける機会もある。無言で立ち去られてはそれもできなかった。

 事態が最悪に進むことがなかったことへの安堵と、歌見がどんな言葉を続けるのかという緊張を同時に感じながら、俺は続く言葉に身構えた。


 そして、




「――――そのパンツ、私のなんだ」







 ……………………………………ん?




「は?」


「草津君の机にパンツを入れたのは……私なの」


 ……………………。

 ………………?

 …………??

 ……???


「はぁ?」




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