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彼女は見た

ブックマークありがとうございます。

拙作にもう少々お付き合いください。

 午後の授業は何の問題もなく乗り越えることができた。

 緊張状態が続いていることや昼を食べなかったせいか眠気が襲ってくることなく、周りのように舟をこぐことなく先生の話を聞いていた。隣で居眠りしていた大地に比べれば模範的な生徒だっただろう。


 一度だけ、ポケットからなんか出てる、と指摘を受けた時は心臓が止まるかと思ったが。

 ハンカチだったのでパンツのことが露見することはなかったけれど、全身から冷や汗が溢れ一瞬だけ意識が遠のきかけた。

 社会的にだけじゃなくて、肉体的にも危ないなんて……パンツ恐るべし。


 しかし、ひやりとしたのもその時だけ。

 先ほど、今日の授業はすべて終了した。


 HRで担任が「今日、女子生徒の下着が盗まれました」と重々しく告げることもなく、クラスメイトたちは次々と教室を後にしていく。


「草津君は先に帰ってもいいよ?」


「いや、もう大丈夫。それに歌見に仕事を任せてばっかりじゃ悪いし」


 俺の体調を気にして残りの日直の仕事を引き受けてくれようとしてくれる歌見はやはり良い奴だと思う。

 しかし、それに甘える気はない。体調が優れないといっても、今すぐぶっ倒れる状態でもなく、精々が気だるさと軽い頭痛があるくらいだ。

 今朝より症状が悪化しているのは間違いないが、安静にしていなければいけないほど重いものでもない。悩みの種であるパンツの処理も家に帰ればなんとかなる。元凶さえ取り除けばすぐに調子も戻るはずだ。


 歌見に日誌を任せて、俺は黒板を綺麗にしたり、窓の戸締りの確認を行う。

 分担して行えば日直の仕事などあっと言う間に終わってしまう。

 電気を消して、俺と歌見が最後に教室を出る。


 学校の方針で放課後に教室には留まらず、HRが終わり次第速やかに部活に向かうなり下校するように言われている。

 一昔前に虐めやら盗難などの問題があって今の状態に移行したと聞いたことがあるけれど、職員室の出入り口に近いところに鍵の置き場があり、鍵の管理については結構ザルだ。

 あまり厳重にし過ぎると、忘れ物を取りに来た生徒が困るなどの理由があるそうだが、それでは本末転倒な気がしてならない。

 まあ、教室に入るために一度職員室を経由しないといけないというワンクッションにそれなりの意味と効果があるのだと思っておこう。


「鍵と日誌は私が置いてくるね」


「俺が持っていくよ?」


「もう、病人なんだから早く帰りなよ。これくらいやっておくから」


「……うん、じゃあ頼むよ」


 職員室に行って置いてくるだけの仕事に二人もいらない。歌見の方は譲るつもりはないようで、ここまで言われては食い下がるよりも素直に厚意を受け取るべきだろう。

 俺は歌見に礼を言って途中で別れ……すぐに引き返した。


「ごめん、忘れ物した! 鍵貸して!」


「え、はい」


「ありがとう、じゃ!」


 せっかく気を遣ってもらったというのに、それを無碍にしてしまったことに後悔しつつ速足で教室へと向かった。

 こういう時にタイムリープ能力とかが欲しくなる。

 数分前の自分に戻らないかな、と馬鹿なことを考えているとあっと言う間に教室へとたどり着く。鍵を開け、俺は教室の後ろに置かれた個人ロッカーへと一目散に駆ける。


 ロッカーの中には音楽や書道の授業で使う道具や何気に使用頻度の高い分厚い資料集などが仕舞われていて、今日は使われることのなかった水泳バッグの下に目的のものはあった。


「危ねぇ。この季節に一晩放置した弁当なんて凶器だろ」


 帰る前に気づけたのは幸いだった。

 普段は中身が偏らないように朝来たらロッカーに置いておき、空になったら鞄へと仕舞うことにしているが、今日は昼食を取らなかったため存在をすっかり失念していた。水泳バッグはこのまま置いておいてもいいけれど、食べ物を一晩も放置したら俺のロッカーから異臭が放たれていただろう。


 危ないところだった。

 パンツなど他のことに気を取られていたせいだろうか。


「くそっ、やはりこいつのせいか……」


 忌々しく思いポケットの上から握りしめる。

 そこでふと疑問が浮かぶ。

 結局のところ犯人の目的は何だったのだろうか?


 ずっと身構えていたけれど、何事もなくあっさりと放課後を迎えてしまった。

 拍子抜けも良いところだ。


 何もなかったのは俺にとっては都合がいいが、そうなると犯人の目的がさっぱりわからない。

 俺を貶めるつもりだったのなら、俺が女子のパンツを盗んだだの嘘の告発するなりしたはずだ。悪戯だと判断され教師陣に相手にされなかったとしても生徒間なら噂を流すくらいはできるだろう。

 けど、そういった悪感情を向けられた覚えはなく、むしろ皆ちょっと心配してくれていたくらいだ。


 そうなると……俺の手にパンツを渡らせること自体が目的だった?


「いやいや」


 それはない、と首を振る。

 ポケットの奥底にあるそれを引っ張り出してみる。今朝発見してからずっと仕舞いっぱなしだったけど……やはりまごうことなきパンツ。

 女子のパンツを誰も見ていないタイミングで机の中に仕込むなど、なかなか手の込んだ悪戯だ。


 そこまでのことをしておいて、以降は何もしてこなかったのが逆に気になる。

 身バレするのを恐れて慎重になったと考えるべきか?


 縞柄のパンツをしげしげと眺めながら、犯人の考察を続けているとふと柔らかないい香りが鼻腔をくすぐる。

 洗剤の香りだ。


 …………洗剤?


 すんすん、と香りの元をたどればどうもパンツから漂ってきているらしい。鼻に押し当てると柔らかなコットンの感触が肌を包む。直接嗅いでみると、やはりそうだ。


 このパンツから洗剤の香りがする。


 全身に雷に打たれたような衝撃が走った。


 洗剤の香りがするということは、このパンツは洗濯に出されていたということ。

 これの所有者が男子だった場合、そんなことはまずありえない。洗濯なんてすれば親の目に触れる。悪戯目的に購入したとはいえ、見覚えのない女子の下着の存在を親に知られるなんてあってはならないことだ。家族会議が始まってしまう。


 それに洗う必要なんてない。

 わざわざそんなことをしなくても、購入してすぐの状態のものを利用すればいい。そして新品の下着というのはあの独特の繊維の匂いがするもので、決して洗濯用洗剤の香りがついているはずなどない。


 つまり、これは。

 このパンツは。

 女子が履いたパンツである可能性が極めて高いっ。


 すでに九割九分、男子の悪戯だろうと決めにかかっていただけあって衝撃は大きい。

 女子の犯行だった?

 いや、男子の可能性だってまだ残っている。

 姉や妹の下着だったり、男子本人が使ったという線も……考えられるけど、考えたくないなぁ。流石に悪戯に家族の下着を使う奴がいるとも考え辛い。

 何となく、女子っぽい匂いがする気もするし……。


「あ……」


「……え」


 自分以外の声がして、反射的に振り返る。

 そこには強張った表情でこちらを凝視する歌見がいた。


 何で歌見がここにいるのか、彼女も忘れ物でもしたのだろうか?


 そんな疑問は今の自分の状態を振り返って消し飛んだ。


 放課後、誰もいないはずの教室で。

 女子生徒の下着の匂いを嗅いでいる男子生徒。


 ――――それを見たら、どう思うだろう?




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