宝條学園一年生の放課後
宝條学園一年生達のある放課後
放課後、今日は部活もバイトもないので篠崎家を訪れた麗二。さっそくお邪魔して上がると、勇羅はリビングのパソコンでネットサーフィンをしていた。
「ユウ。また動画見てたのか…ってお前が見るもんは、大体特撮かゲームか」
「うん」
勇羅が特撮番組大好きなのは知っている。
毎週毎朝欠かさず番組を見て、録画もきちんと録っているそうだ。以前篠崎家のリビングで勇羅が変身ポーズを取りながら、はしゃいでる所を目撃した。とんでもない所を見られた本人は、すぐに顔を真っ赤にして大人しくなったが。
「でもたまには違う動画見たくて」
「今流行りの歌い手動画は」
「何度か聴いたけど、あんまり興味ないな。人気ある二大歌い手コロロンとぱふっこだっけ? 何か歌ってるって言うよりキーキー叫んでるだけで、あんな歌声のどこが良いのか理解出来ない」
宝條学園は高等部になると、普通科の他に音楽科も学部として存在する。音楽を専攻して宝條を選んだ生徒も居る程だ。
「分かる。真宮や鈴原も微妙な顔してたな」
部室へ行く途中軽音楽部の生演奏を耳にしたが、歌が上手かったので度肝を抜かれてしまった。一度軽音楽部の部員と話す機会が会ったので、聞いてみたら歌ってた部員は音楽科を希望して宝條へ入り、更に市外の有名声楽教室でトレーニングを積んでるらしい。
勇羅はマウスを操作してある画面を表示する。それはある歌い手のツイッターの画面。
「歌い手ツイッターのフォロワーいっぱいあるけどさ、何か見てるだけでうへっ、ってなる」
「そのコロロンって歌い手。大手芸能雑誌じゃ素顔はアラフィフの男だって噂流れてたぞ。最もコロロンのファンが怒り狂って、今だネットでコロロン批判した芸能雑誌の出版社のサイトを攻撃して、騒ぎ起こしてるとか」
「マジ?」
コロロンの画像は雑誌でも見た事がある。女性が喜ぶ美形の男性キャラクターをメインに、コロロンには沢山のイメージ画像が動画に流れている。美形男性の画像に反して、中身がアラフィフのオッサン。これはイメージが崩される。
「んじゃ、ぱふっこは。歌い手の中じゃ顔出ししてるし」
「女人気高いみたいだけど、男から滅茶苦茶嫌われてるらしいな」
「雪彦先輩と茉莉先生はぱふっこ大嫌いだって。女に好かれるなら誰にでも媚びる態度が気持ち悪いからだってさ。凄い嫌そうな顔で語ってた」
いかにも二人が嫌うタイプだ。好みの女性には積極的にアプローチを掛ける雪彦の方は、半分同族嫌悪も混じって居るのではと思う。
男に嫌われまくる歌い手に如何せん興味が湧いたのか、二人は試しにぱふっこの動画を見る事にした。
【ぱふくんかっこいい~!!】【ぱふくうううう~~ん】【ぱふくんぱふくんぱふくんぱふくんぱふくううううん】
【ぱふくんかっこいいよおおおお////】【世界はぱふくんで動いてるんだね】【ぱふくんの中できゅんきゅんするよぉ/////】
【ぱふくんは何歌ってもぱふくんだから完璧だね】【ぱふくんは世界アーティスト!】【芸能界の正義はぱふくんにあり!!】
【ぱふくんがいれば日本は安泰!!】【ぱふくんは世界のぱふくん!!】【ぱふくんは絶対正義!!】
「「………」」
勇羅と麗二は引いていた。
何らかのソフトで加工されまくり、最早叫び声にしか聴こえない歌。気味悪いコメントで埋め尽くされる動画。これは何の宗教なんだ、と思いたくなる。
「………気色悪」
「…こいつ関連の掲示板も凄いぞ。ファンとアンチが内外問わず殴り合って毎日炎上してるから」
雪彦から聞いた話だと、匿名掲示板やまとめサイトではこのぱふっこと言う歌い手、物凄く叩かれている。
アンチの意見は『プロ気取りのクソ男』『キモいぶりっ子』『整形サイボーグ』やら、『自分の人気出す為にはアイドルにも媚びるゲス』『ぱふっこ信者は喪女とデブスの集まり』男尊女卑レベルの批判がぶちまけられる。
ファンもファンでまたお構い無しに『今はぱふくんの時代だから』『アイドルとかバーチャルロイドなんてオワコンだしw』『ぱふくん好きにならない奴はみんな○ね』『お前らはぱふくん以下のブサイク』『キモオタ共の嫉妬乙』など、凄まじい殴り合いが行われていた。
醜い争い見せつけられたら、国民的アイドルのファンの方がましに思えてくる。
「…ぱふっこもぱふっこで、ファンとアンチ両方煽ってるからファン同士の争いにまるでキリが無いとか」
「見てられないなぁ」
本人も問題あるならファンもヤバい。一体ぱふっこと言う歌い手は、どれだけネット上で騒ぎを起こすのだろうか。
―同時刻・神在駅前。
「ぱふくん、やっぱり、かっこいい…」
寧々は一人、駅前のベンチで端末を弄っていた。寧々もまた人気動画歌い手ぱふっこファンの一人だ。殺伐とした自宅に寧々の居場所はない。
宝條に入った後、そんな自宅が嫌でバイトをしながら一人暮らしをしているが、実際其処にもあまり帰らない。歌い手ぱふっこはそんな居場所のない寧々を癒してくれる数少ない存在。
「『僕はきゅん///…っと胸が高鳴ってくる。ぱふくんの甘い声が僕の身体を刺激して…』」
端末に打ち込んでいるのは自作の名前変換小説。お相手は勿論大好きなぱふっこ、当然鍵は掛けていない。自分のぱふくんへの純粋な思いをみんなに見て貰いたいから。
もし機会があれば、いつだって僕に優しいあの人との小説も―。
「うっわ!! 千本妓、キモっ!」
「やだ~陰気臭~い」
寧々に罵声を浴びせて来たのは、かつての中学時代の同級生。宝條で寧々に積極的に話しかける生徒は現在ほとんどいない。誰もが孤独な寧々を忌み嫌うからだ。
「相変わらず自分の事『僕』とか言ってんの? カッコ悪ぅ~」
「自分で格好良いって思ってんのよ。宝條の制服改造して着てんのこいつ位だし」
うるさい。うるさい。うるさい。聞きたくない。僕に話しかけるな。
頭が悪くてぎゃんぎゃん騒ぐだけで、腐った大人に従うしか能の無い嫌みで化粧が濃く香水の臭い馬鹿女達。僕はお前たちとは違う。
「宝條規律厳しいって有名な学校なのに、自分は他の奴と違うんだって思ってんのよ」
「そうだ! 友達から聞いたけど、こいつ二回留年して今だ一年やってんだって? 自分は他と違うってほざいて置いて、結局留年してる馬鹿じゃないの?」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
僕はお前達とは違うんだ。僕はお前達見たいな腐った奴らとは違うんだ。
僕は強い。僕は強い。僕は強い。僕は…強いんだから。
「僕は……お前達何かと違うっ!! 何だよ!! もう俺にかまうなよっ!!」
寧々は持っていた端末を乱暴にパーカーのポケットに突っ込み、裏通りへ向かって走り出した。
「…僕はお前達何かと違う、だって? やっぱあいつ気持ち悪っ」
「ねぇ、さっき俺とか言ってなかった? 痛々しくて見てられないわ」




