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真宮茉莉と俺様男

宝條学園保険教諭・真宮茉莉のある夜



「隣の席、良いかい?」



カウンター席でサルマと呼ばれるコーヒーのカクテルを嗜んでいた茉莉は、入店早々厄介な相手に絡まれたと思った。今日は気分転換としていつものバーではなく、違う店へ男漁りに来た矢先の出来事である。


「お兄さん、私に何か?」


見た所年齢は自分より下、これは二十代後半の茉莉が童顔過ぎるだけだ。顔立ちも整っており悪くない。

しかし服越しから見て全体の肉付きがあまり良くないのが分かる。固めの金髪を完全に染めきれていないのか、髪から漂ってくる整髪料の僅かな臭いも少し気になる。


「今なら俺、お買い得だよ? どぅ、俺と一緒に飲まない?」

「あらあら…」


言動からして目の前の男は相当遊びなれている。しかし雰囲気から遊ぶのに飽きたら即捨てるタイプに思える。服は高級ブランド物のスーツを着用しているが、そのセンスもどこかずれている感じがする。着こなし具合だけは若者受けするものの、茉莉程の年齢受けは実に微妙な評価だ。


普段ならこの場でオーケーして、お持ち帰りしても構わなかったが、相手の態度からしてどうにも気分にそぐわない。ちょっとこの男はパスしよう。

男も逃げ出す恐ろしい本心を隠し、茉莉は極上の笑顔を男に向ける。


「誘って頂いてとっても嬉しいわ。でも私、今待ち合わせをしている殿方がいるの」

「俺じゃ駄目かい? 俺なら今すぐにでも君を満足させてあげられる」


この男、なかなかしつこい。心身共に鍛え上げられ、爽やかで勇敢な逞しい男性こそが、茉莉のお眼鏡に叶うのだ。ぶっちゃけ女をリード出来ない男など、茉莉の好みではないので早々にお帰り頂こう。


「貴方ほどの素敵な殿方なら、さぞや素敵な女性が集まって」

「その男は今、君の目の前に居る…決して君の事を退屈させない」


よくもまぁ臭い台詞が次から次へと出てくるものだ。甘い(ささや)きに耐性のない女性なら、あっさり落ちてしまうだろう。残念だがコロッと男の臭い台詞に見惚れてしまう程の惚れ癖など、茉莉に持ち合わせていない。


「心配しなくて良い…俺の愛でお前を酔わせてやる」


なんなのだその口説き文句は、どこの乙女ゲームだ。暇な時は妹や従妹とテレビゲームを嗜むが、もっぱら短時間で勝敗が付くパーティーゲームメインで、生憎乙女ゲームは守備範囲外だ。


褒めて煽てながら退いて貰う手段も相手に通用せず、ボロクソに罵ってやりたい気持ちに駆られたが、いつもの店でないので流石に好き勝手出来ない。


「俺を見てくれ。俺は今、君だけを見ているんだ」

「もぅ……黙って大人しく退いてくれれば、こんな事言わずに済んだのに」


キレた。もう猫を被る必要はない、出禁覚悟で言いたい事言わせて貰おう。


「え…っ」

「あなた、さっきから整髪料の臭いが髪から駄々漏れよ。

それに何? その清潔感の無くてセンスない香水駄々もれの服装。良い女を口説きたいなら、服装くらいキッチリ整えるべきだわ」


「なっ!? な、なっ、なっ、なっ…!?」


突然の茉莉の豹変にたじろぐ男だが、茉莉は攻勢の手を緩めない。周りに客がいる手前、あくまでも笑顔で穏やかに答える。


「大体そんな安っぽい台詞で、素敵な女性が吊れると思ってるの? 低脳ホストの手口そのものじゃなくて?

あぁ。吊れるとしたら貴方のような、奇特な男に虐められたい奇特な女性位かしら」


周りの女性客はクスクス笑い、女性達の笑いに吊られたのか何故か店のマスターまで、肩を震わせて笑いを堪えていた。


「ぐ、ぐぐぐ…っ!!」

「私を口説きたかったら、その貧弱で枯れ木見たいなガリガリの身体鍛えてから、もう一度来なさい」


茉莉は顔立ちに似合わぬ妖艶な笑みを浮かべ、男の細い手首をゆっくり取る。

近くで見れば見る程細い手首をしている。そんな貧相な身体では夜の相手として見ても、ちっとも満足出来ない。



「……っ!」



男は何も言わず、あらかさまに不機嫌な顔で店から出ていった。最低あ○ずれ呼びは覚悟していたが、押し留める理性はあったようだ。

先程まで笑いを堪えていたマスターが茉莉に声を掛ける。


「あんた良い性格してるよ。その話っぷりだと大分遊んでるだろ?」

「んもう! おじさまったら、分かってる癖にぃ~」

「あいつも結構良い線いってたのに、艶のあるイケメンも百戦錬磨の遊び人には敵わねえか」


マスターの言い回しからしてあの男、かなりの手練れだった様だ。


「あんた、ガタイ良い男が好みかい?」

「もちろん。それでもって、気立てが良くてアレも上手ければ最高~」

「やっだ~、お姉さん大胆~」


女性客も久しぶりの騒ぎにきゃいきゃいとはしゃぐ。男を話術だけで店から退散させた茉莉を色物を見る目で眺めているので、無意識に苦笑いを浮かべる。


「でも彼、今日は何もしないで帰っちゃいましたねぇ」

「そりゃ、あれだけダメだし受けちゃったらー」

「いつもの彼女。今日は来るって言ってたもんねー」


帰らせてしまった男には悪い事をしてしまったが、何やら話が面白そうな事になって来た。


「彼女って?」

「凄くたまにしか来ないのよ、こう言う所苦手何ですって。自分には相応しくないって言ってた」

「何度か見たけど、この場に入り浸る雰囲気って娘じゃないわ。地味目の黒髪だったし、どちらかと言うと、一人で本を読んでそうな感じ」


女性達の話を聞くところ、相当真面目な娘の様だ。


「彼ってば、その娘を落とすのに必死なんですよぉ。『俺を本気にさせた女』だって」


恋は盲目と良く言ったものだが、その男にとって黒髪の彼女こそが本命らしい。彼女が本命なのに何故自分達に声を掛ける。


「でも懲りないわよ彼。私達には毎回フランクに声かけてる癖に、彼女にはあらかさまに避けられてるんだもの」

「そうそう。大体何度もしつこく声かけて、ようやく来てくれると自分から逃げちゃうんだし」

「それに話すと思ったら、毎回つっけんどんな態度取っちゃって、結局好きな娘には素直になれないんですよぉ」


女性達と茉莉は男と彼女の恋愛話に持ち切り。その後数十分程、酒を嗜みながら男と彼女の恋愛談義に盛り上がった。



「今日は退散するわ~。色々騒いじゃったし」

「また遊びに来て下さいよぉ。今度はお姉さんの武勇伝聞かせて下さいねぇ」



店を出た茉莉は角で見覚えのある姿を見つけた。見かけたのは先ほどの金髪男と一人の女性。周りの華やかな雰囲気にそぐわない格好から、彼女が店で噂になっていた黒髪の女性か。


「結局……来てくれなかったんですね…」

「何言ってる!? お前はいちいちくどすぎなんだよ!…お前には俺が」

「嘘…! 私にはあんな優しい言葉、一言だってかけてもくれない癖に」

「それは……俺はお前が心配なんだよ! 俺は…!!」

「……」


自分に声を掛けた時とは違い、あらかさまに居丈高な態度だ。しかもあの様子だと相当揉めている。

男の様子から彼女のような大人しいタイプを口説くのは、全く慣れていないらしい。相手次第だが下手すれば振られるな、と茉莉は遠目で眺めていて思った。


正直あれは男と彼女との問題だ、自分が介入する必要などない。



「恋愛って、色々複雑よねぇ~…」



茉莉は軽く溜め息を吐くと、タクシーを呼ぶ為端末を取った。



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