僕は鳥籠の少女
宝條学園一年・千本妓寧々(せんぼんぎ ねね)の心情。
「真宮さん。昼休みに申し訳ないんだけど、この書類を委員長と一緒に科学準備室へ届けてもらえる。先生急用で準備室へ行けなくなっちゃたの」
午前の授業が終わり昼食を食べる為、瑠奈や芽衣子らと合流しようと教室を出ようとした矢先。琳は運悪く担任に捕まってしまい、準備室への書類配達を頼まれ、同じく担任に捕獲されたA組委員長と一緒に準備室へ向かう。
「今日の日替わり定食メンチカツカレーなのに~」
「まぁまぁ」
困ったような膨れっ面になる琳を宥める委員長だが、彼女も琳同様苦い顔をしている。
早足で準備室へ向かう途中、水色のパーカー下の青い制服を着た女子生徒には見覚えがあった。
「あの人…」
「確かE組の千本妓寧々さん」
墨を塗ったような艶のある黒い髪を、膝下まで伸ばした女生徒は千本妓寧々。自分達より年上の同級生で、周りの生徒達の噂ではもう後がないらしい。
「……何? 僕になにか用?」
琳達のクラスでも彼女に関しては良い噂を聞かない為、出来れば接触を避けたかったのだが、どうやら寧々の方から話しかけて来た。
「僕に…構わないでくれる? 僕は」
「か、構わないでって…そもそも話しかけて来たのは、千本妓さんの方ですが」
「キミ何してるかわかってんの? 僕、キミ達なんてどうでもいいんだけど」
「どうでもいいって…。千本妓さんは自分が今まで先生達に、何を言ってるのか分かって言ってるんですか!?」
「い、委員長落ち着いて」
寧々の慇懃無礼な発言に対し、徐々に興奮気味になっていく委員長を宥める琳。そんな委員長の激高すら、何とも思っていないかのように寧々は言葉を続ける。
「バカらしい……バカだよ…君たち。君たちは…やっぱりバカだ……。あんな腐った大人達に…従って、さ」
ブツブツと呟く寧々に不気味なものを感じとる琳。
自分の異能力を使えば多少は何か分かるのかも知れないが、生憎彼女から念を感じないので非異能力者であるのは明らか。異能力をどう思っているのか、こちらからは分からない。
「ちょっと千本妓さん」
「みんな…バカみたいだ。こんなくだらない事にヤケになって…結局キミたちも腐った大人に尻尾振るだけの頭の悪い犬だ。
僕は腐った大人に従わないんだ。僕は……」
「!!?」
寧々の言葉に顔を真っ赤にした委員長は走り出し、いきなり走り出した委員長の後を追うように、琳も走り出した。
「………バカみたい」
―…。
「わ、私千本妓さん嫌いっ…! どうしてあんな平気で人を傷付ける言葉かけられるの!?」
すすり泣く委員長を慰めながら、二人は準備室へ続く廊下を歩く。
「先生達も千本妓さんの事、どう対処していいのか分からないから苦労してるって」
職員室を通りかかった際に、何人かの教諭が彼女の話をしているのを耳にしたが、家庭の方も訳ありらしい。
「なにも、あそこまで言わなくても…っ」
茉莉や瑠奈の力なら干渉出来るだろうが、二人の性格上彼女の様なタイプを相手にするのを確実に嫌がる。
「ま、真宮さん…書類は?」
「大丈夫、持ってる。書類、先生に届けたら一緒にお昼食べよう」
「ありがとう…」
―…。
「みんな……バカみたい」
校舎の裏庭は寧々の大好きな場所。
何もかも忘れられて一人になれる。家に帰るといつも親に怒られては殴られ、文武両道で優秀な兄と比べられ、留年生だけと言う理由で周りからは侮蔑の視線で見られ続ける。
いつも惨めで孤独な毎日を送る寧々にとって裏庭は大好きな場所だった。
ふと誰かの足音が近付いてくる。
青い制服と薄紅色の鮮やかな長い髪を、一つに纏めた男子生徒は三年の赤石泪だった。
「貴方…一年の千本妓、さん」
「……ぁ」
泪とは一年の時に同じクラスだった。色々あって寧々は留年してしまい、今ではすっかり同い年の先輩後輩と言ったみっともない関係。
「どうして…僕が、ここにいる事を」
「休み時間、この場所によくいるの覚えてます」
泪は何でも出来る。
成績も常に学年上位で運動も出来、傲慢な大学生の兄とは違い周りへの気配りも完璧で、教師からの信頼も厚い。そしていつも日溜まりみたいな暖かい笑顔を浮かべる泪。底下の暗い世界に居る自分などとは、まるで別世界の人間だった。
自分とは住む世界が全然違うのに、そんな彼に対し何故か惹かれるものがある。以前教師から立ち聞きしたのだが、泪は中学以前の経歴が分からない。
「う、う…っ……ふぇ…っ」
「あ、あの。僕、何かしましたか?」
泪は目を丸くしつつも、無意識に泣きはじめる寧々を軽蔑する事なく、穏やかに何があったのかと言う感じで話しかける。
「ふぇ…っ。ち、違うっ……違う、よ……僕は…強く……ない」
「千本妓さん。三年の間でも良くない噂経ってますが、それでもここまで耐えるのは普通の感性を持ってる人では出来ません」
「で、も…僕っ……僕、っ…」
涙を流し続ける寧々を見て泪は色々察したのか、笑みをうかべる。
「いいえ。今までも、今もずっと耐えてるんでしょう。貴方は強いです」
「ふぇ……僕っ…僕は……弱いよ…弱いんだよ。僕は……僕は、駄目だなぁ」
寧々自身が弱いのは本当だ。それを単につまらなくて下らない、周りの人間の前では表に出したくないだけ。
こんな無価値な自分を認めてくれる人がいないのは分かってるから。
「僕が保障します」
「ホント? 僕…僕…っ」
やっぱり泪は優しい。こんな惨めな自分にも優しくしてくれる。
「野暮な事聞いて申し訳ないんですが、一年の篠崎君と二年の皇君見ませんでしたか?」
「ごめん…僕、知らない」
彼は誰にでも優しい。そんな彼の優しさにつけ込んで、迷惑をかける奴らが後を経たないのは知っている。優しい泪を縛り付けるなんて許せない。
「僕…優しい?」
惨めな寧々を優しいと言ってくれる泪。他者の気持ちを察する事の出来る泪だからこそ出来る気遣いだ。
「優しい? 僕は…優しいんだ…よかった」
泪の期待に答えたい。どうすれば泪は喜んでくれる。
いや、やっぱりみっともない自分では駄目かもしれない。それでも泪が惨めな自分を認めてくれるならなんでもしてあげたい。
「もうすぐ次の授業始まりますが。此処に残るなら黙っておきます」
「ううん…僕…もう戻る」
泪の期待に答えたい。
それが下らない大人達を笑わせる事になっても、泪の励まし優しい笑顔があるから自分は頑張れる。
普段から憂鬱な寧々の心が今日は少しだけ軽くなった。




