篠崎勇羅の昼休み
宝條学園一年C組・篠崎勇羅のある日常
宝條学園ある日の昼休み。
勇羅は麗二、瑠奈、琳、芽衣子と食堂のテーブル席に座り昼食を取っていた。それぞれ食事を食べながら、ある話題について話し合っている。
「感想文のレポートって…小学生じゃあるまいし」
「課題の内容も内容だな…」
勇羅のクラスで国語担当の教諭から出されたレポートの課題は『恋愛小説』。
恋愛小説ならウェブ小説でもなんでも良いので、感想を原稿用紙十枚までにまとめ、月末までに担当教諭に提出する事。同じクラスの瑠奈は既にレポートを書き終えたものの、勇羅の方はまだ出来ていなかった。
「砂織さんに借りたら?」
「うーん。姉ちゃん漫画の方が好きだから、小説はあんまり持ってない」
三つ上の姉・砂織は自分のオタク趣味をおおっぴらにしているが、どちらかと言うと恋愛物よりは、特撮物やヒーロー物が好きな自分と似たような趣向。ただ砂織は自分が興味があれば、何にでも興味を持つので、ぶっちゃけ多趣味の傾向が強い。
逆に一つの趣味へ特化している勇羅は、自分の趣味を人前で滅多に晒さない。好みも偏りがちな為に、知っている相手も僅かに限られる。
「ダメ元で三間坂。恋愛物いっぱい持ってる一年筆頭」
「えぇ~あいつに頼むの~?」
瑠奈と翠恋の仲の悪さは、もはやクラス全員が知っている。
いい加減止せば良いのに、二人共こいつにだけは負けたくないと言わんばかりに、顔を合わせれば毎回いがみ合う。特にお互い泪の事となれば尚殺気立つ。
実際真面目な癖に怒りの沸点が低すぎる翠恋にも問題がある。何でもかんでも、勇羅含め周りに対して張り合おうとしなければ、瑠奈の方も積極的に翠恋に関わろうとしないのだが。
「そういや恋愛小説の男キャラって、どんなタイプのキャラがいる?」
「えっとー…具体的には、学園一の俺様御曹司イケメンに、可愛くて腹黒な癒し系美少年、何時でもヒロインを守ってくれるツンデレ幼なじみイケメンに、クールで一匹狼な不良イケメンに……みーんな天使な健気なヒロインにメロメロだって」
「ありえね~。そんな都合の良いイケメンいるわけないよ」
「金髪男子なら私達の目の前にいるじゃん」
嘲笑しながらイケメンを馬鹿にするかの様に語る勇羅を、麗二が利き手に箸を持ちつつ無言で睨みつけている。
「……毎回クラスの女子撒くのに難航してる俺に喧嘩売ってんのか」
「うっ」
麗二から放たれる殺気染みた視線に、勇羅は思わず顔を引きつらせる。
中学時代だけでなく宝條に入学してからも、長身かつ金髪碧眼の人目を牽く容姿故に、女子に追い掛け回される麗二の惨状は痛い程耳にしている。
成績も良く運動神経も抜群。一年で剣道部の主力部員に抜擢されている事から、モテない筈がない。
しゅんと頭を下げ、黙々とテーブルに乗っかっている、自分の定食に手をつける勇羅を見て、麗二は軽く溜め息を吐く。
「まぁ、ユウの言う事も一理あるけどな。
今の少女漫画や恋愛小説とか、男に自分の理想を闇鍋見たいに、ごちゃごちゃ詰め込み過ぎなんだよ。現実見ろっての、現実」
麗二の辛口な意見に反応したのか、勇羅は息を吹き返したかのように再び口を開く。
「そうそう、ヒロインの設定だって無理ありすぎー。
根暗で陰キャで暴力的なヒロインなんて、現実じゃ見向きもされないじゃん。所詮劣等感むき出し女子の自己投影って奴?」
「大企業のお金持ち様が、庶民のガリガリDQN陰キャ女に振り向くかってーの!!
今の少女漫画や学生向け恋愛小説のヒロインは自意識過剰過ぎじゃね? もっと自分の身の程弁えろよな」
「…えげつない」
「二人ともキッツいな~…」
恋愛物に対し不服そうな顔でボロクソ言い放つ男子二人に、女子三人は苦笑いを浮かべる。
勇羅達と同じ中学出身の瑠奈は二人の罵詈雑言を聞き慣れているのか、またかと言った顔をしていたが、別の中学だった琳と芽衣子は若干…いや。かなり引いている。
「後、壁ドンで甘々胸キュンとかも訳分かんない。普通あんな事されたら気の弱い相手は恐がるだけだよ。それとも、いじめられて楽しいのかな」
「そうだ。茉莉姉から聞いたけど、その手の趣味の人もいるらしいんだって。好きな人にいじめられるのが好きな人」
「何それ!? 全然訳が分からないよ」
「後、暴走族とか不良との恋愛物語も意味わからねー。そいつらとラブラブな恋したいって、夢見てる女子は暴走族の迷惑っぷりを知らなさすぎる。
あいつら人様が真夜中寝てる真っ只中、パラリラパラリラ街中爆走してるだけの迷惑集団じゃないか」
「俺読んだ事ないけど、それ『孤高の暴走王と孤独な舞姫』って、女子の間で有名な携帯小説だっけ? 普通暴走族が恋愛とか下らない理由で女囲ったりすんの?
ありえない。まんま『オタサーの姫』とか『サークルクラッシャー』じゃん!!」
「ぶっちゃけ俺は嫌だな。自分が好きになった人を傷つけるなんて事したくない」
「榊原君貞操観念固いね~」
「毎回、女子の告白木っ端微塵にしてんのにね」
「いちいち一言多い」
麗二は日本人離れの長身を持ち年齢以上に大人びている。
基本的に人付き合いが苦手で普段からそっけないが、真面目で周りへの気遣いや気配りもしっかり出来る。見た目もそうだが、そう言ったギャップが女子に好かれるのだろう。
しかし麗二本人は女子よりも男子とつるんでいる方が好きらしく、更に仲の良い友人の前では、言いたい事をズケズケと言いまくるので、そこの所は年頃の男子と変わらない。
「麗二の本性知ったら卒倒するよ」
「あいつらは俺を美化させ過ぎだし、恋愛のイメージを漫画や小説へ逃避し過ぎなんだ。今すぐにでも本性さらけ出したい位だよ」
「篠崎君も女子の間で噂になってるよね。…悪い意味で」
「悪い意味?」
「何か篠崎君、一部女子の間で狂犬って言われてる」
どんな噂が立ってると思いきや、女子から自分の評価はまさかの狂犬。
「き、狂犬…俺が」
「でも三間坂達のグループが言ってたから信憑性は低いかも」
「あいつはどこまでトラブル引き起こすんだよ…」
悔しいが狂犬と言うのは半分当たっている。中学の頃も幼い見た目の割に短気だとか、喧嘩っ早いとかよく言われていた。乱闘一歩手前の騒ぎを起こすのも日常茶飯事だったのは言うまでもない。
おっちょこちょいかつテンションの高い姉の面倒を見ているしっかり者の弟、と思いきや騒ぎを起こしまくっているのは実際自分の方だったりする。
「てか、ユウは狂犬って言うより俺的には野良猫の方が当てはまってる」
「なんで?!」
勇羅はこめかみをピクピク引きつらせる。麗二も麗二で腐れ縁を目の前にして失礼な事をかます。
「警戒心剥き出しの猫見たいに、常に髪の毛立たせまくってる所とか」
「あははっ。なんか可愛いー」
「俺はデコ出してないっ!」
ふしゃーっ!と言わんばかりに興奮した猫の如く、麗二に噛みつこうとする勇羅をまぁまぁと女子三人が宥める。
「やっぱり、『普通』の恋愛小説ならやっぱ図書室しかないでしょ」
「そうだね」
皆で幾つかの提案を出した後、やっぱり課題の本は図書室で探す事に決めた。
別にネットで探さずとも図書室で小説を捜せば手っ取り早いのが正論だろう。
「…書くからにはまともな感想書いた方が良いよね」
「どんな感想書く気だったの…」
「まさかさっきの言った事、まるまる感想文にする気だった?」
「絶対単位引かれるよ…」
感想文の内容に真顔で答える勇羅に対し、女子達からは鋭いツッコミが入った。