「その魔族が抱いた憎悪」
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――人と魔物の混血は、人ではなく“魔族”と呼ばれる。しかし、純粋な魔物の血筋でも“魔族”と呼ばれる。例え他の血が混ざっていたとしても、魔の血が流れている地点で、それは“魔族”なのだ。
魔の血を忌み嫌う者はこの世界に大勢いる。言ってみれば魔族は、差別の対象だ。尤もアイザックのように武功をあげ国の英雄になった魔族がいれば、少なくともその国とその周辺国の中で魔族に対する差別が限りなく減る場合もある。
しかしこの国……“ザザンガルド”では、魔族に対する差別が今も根強く残っている。過去にも、魔族の男と交わった人間の女とその息子が、人々からの辛辣極まりない排撃を受けた例がある。
その息子は、その母のことをこよなく愛していた。歪な角が生えている自分を、生物として醜かった自分を愛してくれた母を。
逆に彼は、その父のことはこれ以上ないくらい憎んでいた。父さえいなければ、母はこんな酷い仕打ちを受けなかったのに……と。
その息子は、父の魔族が母の人間を陵辱し無理矢理彼女に孕ませて産ませた子であった。故に息子がその父に対し憎悪することは、自らの存在までもを否定することでもあった。
しかしその子はそれでも構わなかった。寧ろ彼は、母という尊い存在が辱められて産まれた自分という忌まれるべき存在が憎くて憎くて堪らなかったぐらいだ。
彼は、自らの中に流れる魔の血ごと、魔族共を呪った。そして、母に対する冷酷な排斥を続けた周りの人間達もまた、彼の憎しみの対象になっていた。
彼からしてみれば、魔物も人間も殺したくて仕方がなかった。母を辱めてきた魔物も。母を排してきた人間も。そして……その母が苦しみの果てに産み落としてしまった自分自身でさえも。どれもこれも彼にとっては憎き仇だった。
そして彼がある程度成長した頃であった。母はついに国によって公開処刑を執行されることとなった。魔物にその魂を穢された罪への罰として。それは非常に理不尽な人の業だった。そしてその処刑方法は、腹を空かせた魔物に食わせるという残酷極まりないもの。
しかしその場に立ち会った彼は次の瞬間、その魔物を……殺した。
そしてその次には、魔物に「殺せ殺せ」とヤジを投げていた人々までも殺した。その日を境に、以降も幾度となく人や魔物を殺し続けた。やがて彼が青年になっても、ついに大人になっても、まだ。
しかし、殺しても殺しても、殺しても殺しても、殺しても殺しても殺しても殺しても……足りない。
……足りなさすぎた。彼にとっては。
彼は成長の過程の中で数え切れない程の魔物を嬲り殺し、幾多もの人間を八つ裂きにし続けた。その生涯をかけて。そしてその全ての骸が、自分が子供の頃に亡くなった母への供物として捧げられた。
そう、足りなかったのは……その供物の量だった。
その時彼は考えたのだった。
いっそこの世界を一度無に帰せば……母の抱いた悲しみごと綺麗さっぱり消せるのではないかと。
そしてその後、新たに産まれる生命が差別の無い素晴らしい世を作ってくれればそれが一番良いのではないかと。
その者は、差別の無い未来を描いた。そして彼は、それを今まさに実現させようとしている。
――この世界を“無”に。そして新芽を吹かせる。今の世に蔓延りし人間と魔物の狂気を消し去ろうとするこの思想は、皮肉にも彼の中に渦巻いている狂気によって生まれたものであった。




