「圧政の実態」
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――しかし、ザザンガルドにいざ来てみれば、アルハート王が敷いているという圧政など影も形もないではないか。俺は今、イリアとイクシス、マルク君、そしてモルドと共に真夜中の街に繰り出しているが、その圧政とやらに苦しんでいそうな人は誰一人としていない。
視界に入る人全員が、明るい表情を浮かべている。「来れば分かる」などと言うからにはどれ程の惨状が広がっているのかと息を飲んだものだが……これは一体、どういうことなのだろうか。
俺はモルドに聞いた。一体どこに、アルハート王が敷いているという圧政による悪影響があるのかと。無論、モルドを信じていない訳ではないが、こう清々しいまでに怪しい影のなさそうな感じだと、疑ってかかるなと言う方が無理がある。
「……ふむ。ところでアイザック。今の時刻は何時だか分かるか?」
「時刻?」
俺の質問に対しモルドは、その話と何の関係もなさげな質問で返してきた。時刻……俺は確認しようとしたが、街に時計は無い。その為明確な時刻は分からないが……恐らく、深夜と言っても差し支えない程度には時針は進んでいるのではないのだろうか。
「――なのに、街の連中は未だに働き続けているな?」
……言われて、見れば。右側の露店街を見れば、そこには店の主人達が道行く人達に当たり前のようにひたすら物を売り続けている姿があり、左側の通路を見れば、重たそうな木箱を何重にも重ねて持ち運ぶ屈強な男達が何人も行き交っている。
もしや、彼らがこんな夜遅くまで仕事をし続けているのは、アルハート王の作った法律の強制力があるせいなのだろうか?……いや、それならば、交代で営業し続けていると考えた方が断然自然だろう。
「そう思うのならば、明日の朝から作戦決行の夜までこの露店街を観察してみると良い。見事なまでに同じ顔しか見ないからな」
……そんな。それでは過労働ではないか。長時間に及ぶ労働は体に強烈な負荷がかかるため、殆どの国が商人達がその従業員に過労働をさせることを禁止している。また、過労働の温床になりやすい奴隷制度なんかも今となっては忌避されていて、そんなものを未だに容認し続けている国は他国から非難の対象にされる。
それが昨今のこの世界の情勢というヤツだ。なのにこのご時世で長時間労働を強いるなんて、アルハート王は国際関係的に孤立したいのか?
「他には、税の徴収率も半端ではないな。他国の数倍はある。尤も、搾取されている側の大半はアルハート王の口車に乗せられて何も口出ししようとしないがな」
「あと、自国のメンツがあるため奴隷制度自体は禁止してはいるが、人身売買まがいの非人道的な商売もアルハート王は裏で黙認している」
「直接的に表現すれば、娼婦だ。観光客は勿論、日頃働き詰めの男達にとってもその需要は極めて高い」
――要は、国の若い娘……娼婦達を餌にして、高い税を毟り取り、過労死寸前の過労働まで迫っているということか。にわかに信じられない……いや、信じたくない話だが。
悪しきアルハート王を討とうと考えた人々があれだけ集まったという事実を鑑みれば、モルドの告発を嘘と断じてしまう方が寧ろ愚の骨頂と言えるだろう。
アルハート王……自国の民を困窮させるとは、例え本当に魔王じゃないとしても許しがたい王である。王の風上にも置けない。女性の人権を軽んじ、国民に高い税を強いるなど言語道断。
アルハート王が真の魔王にしろそうでないにしろ、この国の民を救うためにも、アルハート王の圧政は止めなければならない。彼を斬り捨てるのは最後の手段にしても、彼の勝手を何としてでも止めることを俺は固く誓った。
「――おい、アイザック。あれ……」
と、イクシスがここで突然、神妙な面持ちで街の外にある丘の方を指差す。「ん?」とやや緩慢な反応で俺はその方角を見た。他の仲間達もまた同様。するとそこには――
「……あ、あれはッ!?」
――思わず目を疑う程のおぞましい光景があった。あの丘を、なんと大量の魔物共がまるで行軍のように登っている。現在進行形でだ。午後のまだ明るい内は、あの丘は魔物一匹居ないのどかな草原地帯だったのに、一体どうして。
……と、俺はここで“とある事実”を今一度思い出す。そうだ、ここは……“魔物の出処”なんだ。あまりにあの丘が穏やかな地だったものでそのことをすっかり忘れていたが。あの丘は夜になると魔物共の大規模なパレードが始まるのか。
それが、ザザンガルドが魔物の出処である所以ということか。今からあの数の魔物がゴツガケ山脈に侵入すると考えると恐ろしくてたまらない。止まらぬ戦慄に汗が絶え間なく湧いて出てくる。
「……しかし何故、あの魔物達はこの街には侵入してこないのですか?」
イリアはその浮かび上がった疑問を口にする。確かに、あの連中がどこから出現してるかは分からないが、何故皆一様にゴツガケ山脈に向かい、この街には見向きもしないのだろうか。
「……私は、魔王自身が自分の生み出した魔物達にゴツガケ山脈方面へ向かうよう刷り込んでいるからだと推測している」
モルドが言う。なる程、それなら確かに辻褄が合うか。アルハート王が国の人々を欺きながら魔王としての執務に取り組んでいるとすれば、あの不自然な地獄絵図の謎も解明される。
これでいよいよ、モルドの告発が真実であることが確実になってきたな。圧政が敷かれているのも事実だったし、魔物の発生源がザザンガルドである証拠もあった。この二つの手がかりを重ね合わせれば、アルハート王が魔王である可能性は絶大と言っても良い。
「……明日、か」
明日の夜には、いよいよアルハート王との交戦が始まる。一国の将軍として他国の王と戦うことは、本来は絶対にあってはならないことだ。特に今回は、サンメラの時のように王が魔物に取り憑かれているわけではないハズ。正気の王と戦うからには、勝たなければ今度は俺とイリアのいるバレア王国やイクシスとマルク君のいるサンメラ王国が危険に晒されることとなる。
また、仮にアルハート王を倒したとしても、下手したら戦犯扱いされて帰国後に最悪処刑されかねん。……俺だけが裁きを受けるならともかく、俺に手を貸す仲間達にまで裁きの手が伸びたらと思うと恐ろしくてたまらない。
……と、俺が不安に思っていると、モルドはそんな俺の心の声が聞こえたのか、こんな言葉をかけてきた。
「……安心するが良い、アイザック」
「この戦闘で君達が罪に問われるようなことは絶対にありえない」
「というかさせない。……ザザンガルド国の将軍の名に賭けてな」
……曲がりなりにも国家反逆者が自信を持って言えることとは到底思えんがな。その言葉に思わず俺は苦笑いしてしまう。
どの道、やると決めたからにはもう後戻りはできない。処刑される場合、最悪、仲間達だけはどうにかして亡命させる。とりあえずその時になったらそのことをまた考えれば良い。
そうだ。俺の目的はあくまでも“魔王の討伐”……疑わしきは罰する、ではないが、アルハート王が魔王である可能性が決して無視できぬ程高くなっているのは揺るぎようのない事実だ。
明日、俺達はアルハート王……いや、“魔王アルハート”を討つ。
「さて、私はここで一旦城に戻らせてもらうよ」
「いい加減帰らないと、王を心配させるからね」
……“怪しまれる”ではなく“心配される”と言えるあたり、モルドはアルハート王からの信頼を得られている自信を持っているのだろう。彼が王にこれまで誓ってきた忠誠も、明日という日の為だけに装ってきた偽りのものだと考えると中々恐ろしい。
城に戻るモルドを見送って、俺達も今晩の宿を探す為に街歩きに戻った。ふと気づいたらイリアとイクシスが屋台の料理をたらふく食べ歩きしていたが、二人が大食いなのはいつもの事なので俺は気にしなかった……。




