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魔族を蝕む聖剣の光  作者: うさぎボーイ
第六章 「赤髪の将軍と魔王との邂逅」
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「稽古」


その日の夜、アイザック一行は昨日と同じようにキャンプで宵を過ごしていた。皆が夕飯を食べ終え、各々の時間を思い思いに過ごす中、この少年……マルク・リオンは一人、仕送りを受け取りに来たスラム街の仲間に、本日アイザックから受け取った給料を渡した。


その仲間はマルクに目一杯礼を言った後、空間転移の呪文を使ってもといたスラム街へと帰っていった。その様子を笑顔で見送るマルク。彼は、アイザック達に対しては……特にイクシスには、粗暴に接している。だが、スラム街の仲間達に対してはうってかわってとても優しい態度で接する。


マルクが今よりもまだ幼かった頃、彼は生みの親に捨てられ、今の仲間達と共にスラム街で育ってきた。その悲壮な生い立ちからか、大人にはひどく嫌悪感を抱くようになってしまったが、逆に、共に生き抜いてきた友は絶対に守ろうとする。そんな仲間想いの少年に成長した。


しかし、そんな大人嫌いの彼が最近信頼を寄せ始めている大人がいる。その人物は、彼の雇い主でもある男……そう、アイザックだ。マルクはアイザックにだけは、他の大人達に向けるような攻撃的な眼を向けていない。


マルクとアイザックの邂逅は、スラム街での交戦だった。当時、グラファの呪術にかかっていたマルク達は、アイザックを抹殺するように刷り込まれていて、アイザックの敵として立ちはだかる。しかしアイザックによってマルク達は倒された。しかしアイザックは彼らを殺そうとはしなかった。


それからだ。マルクがアイザックのことを、「他の大人達とは違う」と思い始めたのは。マルクがサンメラの国で出会ってきた大人は皆、利己的で、欲張りで、知らん顔をしていた。親に捨てられた自分達を排撃していた。マルクにとって大人とは、同じ人間という同胞ではなく、もはや敵だったのだ。


しかしアイザックだけは、自分達に手を差し伸べた。それも憐れみの手ではなく、共に背中を預け合おうという誘いによって。その時マルクは僅かに嬉しかったのかもしれない。自分を必要としてくれたことが、とても。


そしてその時取った手は今も繋がれている。マルクはこのアイザックとの関係を悪くないものだと無意識の内に思っていた。馴れ合いはゴメンだが、この距離感は維持したいと。


やがてそろそろ寝ようかと、マルクが思ったその時。


「やあ、マルク君」


「良かったら、今から俺とちょっと稽古でもしないか?」


「寝る前の運動に、どうだろう」


アイザックから、稽古のお誘いがマルクに来た。マルクが仲間に加わってからというもの、アイザックはどこかマルクの兄貴分のような雰囲気を漂わせている。事実、アイザックはマルクを気にはかけていた。


一方で、誘われたマルクは少し面倒だなとは思いつつも、あまり間を置かずこれを承諾する。「付き合ってやるか」と、上から目線な口ぶりをしてはいたが、彼自身もた稽古自体は悪くないと考えていた。


稽古を通して腕を上げれば、スラム街の仲間達を守る力もまた付けることができる。マルクにとっても、強さとは求めて然るべきの重要なステータスなのだ。



「……うぉぉぉッ!」


「甘いッ!」


「くっ……!?」


鎖鎌を構え、猛進するマルクを聖剣を使っていなすアイザック。紫紺の魔玉ではなく聖剣を使っているのには、紫紺の魔玉の使いやすさに甘えていたくいないという彼なりの奇妙なプライドがあった。


「ぐはっ……ぁぁっ!」


掠れた声をあげながら聖剣の痛みに耐えつつ、アイザックはマルクの仕掛けてくる攻撃を全て弾き返していった。


バレア王国将軍の名はやはりダテではなく、聖剣というハンデを背負っていても、これまでの生涯で彼が培ってきた騎士の勘が冴え渡っているおかげで、スラム街一の実力者であるマルクが相手でも互角を優に超えた戦いができる。


しかし、マルクとて一矢も報いていない訳ではない。


「……そこ、だぁぁぁッ!!」


「ぐおっ……!?」


時折アイザックが見せる僅かな隙を、マルクは全て見切って撃ち抜いている。どれも、常人の目で見れば一瞬過ぎて全く捉えることのできないであろう隙だ。


アイザックは聖剣を日々使っている内に、その際に伴う激痛の中でも常に戦い続けられる程の精神力を徐々に身に着け始めている。冒険を始めた頃に比べれば、かなり動きに成長が見られる訳で、聖剣を使用することによって発生する隙を非常に減らすことができている。


しかしそれでも、マルクの鷹のように優れた観察眼を欺くにはまだ足りなさすぎるようだ。そして、マルクはアイザックが見せる間隙を突いていく内に試合のペースまでも奪い取っていく。やがて、マルクが優勢に立つまでに至った。


マルクはアイザックの聖剣を弾いて弾いて、弾きまくった。もはやこの剣戟は稽古の域を越え、戦闘の様相を呈してきている。今、マルクが鎖鎌に込めている想いには並々ならぬものがあった。


(俺は誰にも負けたくねぇ……)


(俺が負けるってことはよ……。スラム街の仲間達を守る壁が無くなるって――)


(――こ と だ か ら な ぁ!!)


例えこれが訓練であっても、絶対に負けられない。自分に敗北は許されない。あの日アイザックに負けてからマルクはずっと考えていた。もしあの時自分を倒したのが、アイザックじゃない他の誰かだったら……と。


それこそ、クソッタレな世間というヤツからしてみれば基本的に必要とされることのない自分達が敵として立ちはだかったなら、アイザックのように不殺を貫く人間の方がきっと珍しい。もしも容赦のない人間が相手だった場合、自分の仲間は恐らく殺されていただろう。そう、まさに皆殺しだ。


だからこそマルクはアイザックに対しては感謝の意を抱いていると共に、己が絶対に超えなければならない人物だと捉えている。この人に勝てなければ自分は、何も守れない弱虫のままだと。が、しかし……。


「――そこだッ!」


「なッ……」


「うぉぉぉッ!」


それまで攻勢のまま攻めたて続けていたマルクの鎖鎌が、ここにきて突然、アイザックの聖剣に弾き返されてしまった。そして――


「……ッ!!」


――とうとうマルクは、得物から手を離してしまった。くるくると回転して飛ばされた鎌はそのまま地面にサクッと刺さってしまう。


それは刹那の衝突だった。劣勢に追い込まれていたはずのアイザックの聖剣はそれまで攻撃を紙一重で受け流すだけの苦肉の盾にまで成り下がっていたのだが、アイザックの掛け声と同時に元の勢いを取り戻すと瞬間、白き鋼の刃が紅蓮の炎を踊らせながらマルクの鎖鎌に鋭い一閃を叩き込んだのだ。


マルクの「バカな」、という心の声はこの時、彼の表情にてだだ漏れであった。まるで追いつけなかった。一瞬の逡巡すら許されることのない、アイザックが作り出した絶対的な時間はこの試合の決定打となり、やがてマルクは眼前に聖剣の刃を突き立てられる。……この勝負、マルクは敗北を喫した。

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