「独裁者」
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夜。
今宵の月は雲に隠れていて、雲海の向こう側で月光が淡く漏れている。そんな恥ずかしげな夜空にどこか心の安らぎを感じつつ、夕食の山菜のソテーに舌鼓を打つ。焚き火を囲って皆で食べるご飯は最高だ。
「ふむ。美味い。実に美味いなぁ、この料理は」
「えへへ、ありがとうございますっ」
このパーティの専属料理人のイリアシェフは、モルドからお褒めの言葉を頂いてとても嬉しげにしている。どうやらザザンガルドの人の舌にとっても、イリアの作る料理は絶品らしい。
旅の疲れも、彼女の料理一皿で帳消しになるような気がするのだからなんとも不思議だ。そして、食事の後は決まって途方もなく眠たくなる。一足先に完食した俺は、睡魔に襲われながらもまだ、他の仲間との会話に加わっていた。
「……それで、モルド殿」
「何だい?イクシス将軍」
「現ザザンガルド国王……いや、魔王アルハート・ザザンガルドとは、一体どんな人物なんだ?」
モルドの告発により正体が判明した魔王……アルハート・ザザンガルドは、魔王であると同時に、現ザザンガルド国王である。最もそれは、モルドの話が本当だったら、だが。
モルド曰く“ザザンガルドに来れば分かる”とのことだったが、それでも前もって彼の人格くらいは知っておきたいところだ。イクシスの問いにモルドは、少し訝しげな顔をしながらこう答えた。
「――“独裁者”さ。一言で言えばね」
「彼は自分本位な法律をいくつも制定している。そしてそのことを巧みな話術で国民に容認させているのさ」
「言葉が厳しくなるが、ハッキリ言って我が国の民衆は愚かだ。そう、愚民なのだ。彼の敷いてる圧政にまるで気づけていない」
「嘘のようだがこれは事実だ。……彼はその人格もまた魔物の王らしく、狡猾で、傲慢だ」
――王に仕える将軍でさえもが、その王のことを語るには苦渋の表情を禁じ得ないようだ。アルハート・ザザンガルドの圧政は余程酷いらしい。モルドの話が真実ならば、アルハート・ザザンガルドは世紀の悪人だ。このことが明るみになれば、他国からの避難の声が殺到することだろう。
あまりに衝撃的な内容な為に、俺達一同は言葉を失ってしまう。……と、俺はここでふとあることを思ったので、モルドに聞いてみることにした。
「……モルドはなんで、アルハート王に仕えているんだ?」
……モルドが将軍に就任した後でアルハートの正体が魔王だということに気づいたとしたら、何故モルドは今もアルハートに仕え続けているのだろうか。いや、それとも、無理矢理仕えさせられているのだろうか。彼はアルハートに対しだいぶ批判的であるが、モルド自身が身を置いてる立場が彼のその思想に矛盾を生んでいる。
「私は彼の前ではあくまでも忠実な部下として働いている」
「無論、アルハート王の素行に思わず虫唾が走る時もあるが、私はそれに日々耐えながら、彼の捨て駒を演じているのだよ」
「何故そうするかって?それはアルハート王に出来る限り接近するためさ」
「アルハート王から一定の信頼を得れば、暗殺の難易度は格段に易しくなるからね」
……なるほど。確かにそれなら筋は通る。
「そしてその暗殺の期は、君達との出会いを以てついに満ちた」
「今こそ決行する時だ。彼を倒し、暗黒の時代を終わりにするのだ」
モルドはまるで、自分自身を扇動しているが如くであった。自らの心を焚き付け、殺意という名の炎を存分に燃え滾らせる。そう、まさにこの目の前の焚き火のように。陽炎の向こうでモルドは、俺を見据えていた。まるで、俺に期待しているかのような眼差しで……。




