「不可能を可能に」
「どうやら別れの挨拶は済んだようだな」
「勇者の血族の抹殺に成功した今、もはや我らがこの城にとどまる理由は無いが――」
「――もう少し貴様と遊ぶのも、悪くはないか」
「ほざけぇッ!」
奴の戯言を、俺は剣で振り払う。エリス様を殺されて生じたこの恨み、俺如きの一生をかけても晴らせる自信はないが。俺がグランに宿している激高の闇は、言葉無く俺に話しかける。奴を……ファランクスを殺せと。そうすれば、ひとまず道は拓けると。
俺の闇は、俺の怒りに応じて力を発揮する。エリス様の死を乗り越え、更なる臨界点に達した今の俺ならば、最大限にその闇を膨張させることができるだろう。故に、俺が放つ斬撃は今、一つ一つが鋭さの極みにある。
「ぐぅ……!?」
まずは一太刀浴びせた。大地の名を冠する鋭利なる刃は奴の腹に食い込み、そのままギチギチという音を立てて肉を断っていく。そして剣が奴の内部を抜けた瞬間。
「ぐわぁぁぁぁぁぁーーーッ!」
あまりの激痛に堪えかねたファランクスはかつてない絶叫をあげ、悶え苦しみ、地団太を踏みだした。度重なる腹部への集中攻撃……奴の腹はもはや壊死状態。
ぐちゃぐちゃにされて原型を留めておらず、やっておいて言うのも何だが見ていて吐き気がしてくる程にエグい傷口である。奴は手加減していたと言っていたが、ここまで俺たちが奴に与えてきたダメージまでは偽りではなかったらしい。
「おのれ……あの小娘が殺されたことで、秘めたる真の力を発揮したというのかァッ!」
「……だが、底が知れたな小僧!」
そう言うとファランクスは自身の能力で発煙させた後、またしても俺の前から姿を消す。
「またこの技か……ッ!」
しかし、いつまでも同じ手に引っ掛かり続ける程俺も学習能力がないわけではない。確かに、消えたり現れたりのメカニズムこそ未だ解明できてはいないが、それでもある程度の予見は可能だ。
ヒントは、あの煙。あの黒煙が出現する時、それはまさに奴の瞬間移動の前触れ。消えるにしろ現れるにしろ、あの煙さえ確認することができれば……。
「――そこかッ!」
……奴を叩くのは容易い。
俺は、煙が現れた座標にグランを一閃。
「ごはぁッ!?」
ビンゴだ。攻撃は見事に命中し、ファランクスを衝撃で後方に吹っ飛ばす。この好機を見逃さない。
俺はすぐに走って、飛ばされていった奴を追う。奴がまだ体勢を立て直せていない今がチャンスだ。
「≪大地の剣よ 岩を纏え≫!」
追いながら呪文を詠唱する。グランが≪大地の剣≫と呼ばれる理由は、この剣に宿っている魔力にある。
この剣は、草木や岩石といった≪大地≫にまつわる魔法を行使できるのだ。例えば今俺が唱えた呪文なら、グランは次の瞬間――
「うぉぉぉぉッ!」
――紡いだ言葉の通り、堅牢なる岩石を纏う。
その硬さは少なくとも人の手では壊せないレベル。これを思いっきりブン回し、奴の頭にぶつけることができれば、期待できるダメージは計り知れないものとなるだろう。その代わり、岩を纏っている間はこの剣の重量が一時的にとんでもなく増える。
どうやっても攻撃が大振りになってしまうので、使う側もまたリスクを背負うのだ。果たしてこれが通るか。
「甘いッ!」
――やはり効かない。ファランクスはこの岩の一撃を咄嗟に構えた大剣でいとも容易く防いでしまう。
いくら体勢を崩しているといえども、流石はこの悪魔……これをかわさないほど甘い戦いはしないか。
「くっ」
追撃に失敗した俺はここで急停止。逆に弾かれ飛ばされそうになるところを、床に剣を突き刺すことで摩擦を利用し、回避する。
一方ファランクスは、癒えることのない腹の痛みに耐えつつ床を強く踏みしめ、大剣を構えなおして俺の方へと体を向ける。
対峙。この状況でも、相変わらず俺には奴に罵言の一つも浴びせてやれる程の余裕はなかったが。
「ククク……小僧、一つ良いことを教えてやろう」
対照的にファランクスは、全く構うことなく俺に話しかけてくる。
「我が行使せし瞬間移動の術――」
「――あれの正体は、あの勇者の血族の小娘が言った通り……≪魔法≫だ」
「……!!」
ここまで奴が幾度となく使ってきた瞬間移動。その正体は、エリス様の推測通り≪魔法≫だという。
ファランクスはまるで、回答者にクイズの答えを教える出題者のような笑みを浮かべてそう言った。そして次に奴は、こう続ける。
「我ら魔族の魔法は、≪不可能を可能にする≫のだ」
「例えそれが現実的には到底ありえない効果だったとしても、魔族は自らの魔力、意志、想像力次第でさまざまな魔法を顕現させることができる」
「なぜ我がこんなことを貴様に話すかって?ククク……それはな」
「――我が貴様に期待しているからだよ、小僧」
――≪期待≫。
何をふざけたことを抜かしているんだコイツは、と思ったが。そういえば言っていたな……奴は≪拮抗する戦いが好き≫だと。なるほど……つまり、曲がりなりにも魔族である俺にもその不可能をも可能にするという魔族の大魔法を期待している、ということか。
どこまでも糞みたいな奴だ……そんな理由で俺はコイツに生かされてるのかと思うと心底虫唾が走る。第一、俺には不可能を可能にする力なんて持ち合わせていない。そんなもの持っていたら、とっくにコイツをエリス様が死ぬ前に殺っている。
「さぁ、見せてみよ小僧!」
「貴様とて魔族の端くれ……不可能を可能にしてみせよッ!」




