「赤髪の将軍」
起床後間もなく出立した俺達の行く手を阻むものはなく、順調に馬による移動を経て、草原地帯を抜けることができた。そしてようやく、目指していたゴツガケ山脈の麓へと辿り着くことに成功する。その時には既に正午を僅かながら超えていた。
歩きながらの昼食を済ませた俺達はその後、山脈を歩く足取りをより力強いものにしていく。だがそんな中一人、早くも音を上げる者がいた。
「待ってくださいぃ〜っ……みなしゃぁぁぁ……はぁっ、はぁっ」
「イリア……っ」
ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、と、息を上がらせながらおぼつかない足取りでイリアは俺達に一時の停止を懇願する。俺達三人はそんな彼女の様子を遠い目で見ていた。
馬は今休憩中だから動かすわけにはいかないし、かといってもたついてたら大して進めないまま日が暮れてしまう。さてどうしたものか。
彼女は基本的に体力が足りていない。魔導士という職業柄と、彼女の一番の特徴である“大食い”が大いに響いてしまっているせいだ。魔導士は戦いの最中でもあまり動かないし、大食いは言うまでもなく体を重たくする重大な要因の一つだ。
「食べてばかりいるからだぞ」とイリアを戒めると、彼女は涙目になってしまった。しかしこちらとしても今ここで足止めは食らいたくないし……。
……と、そんな葛藤が俺の脳内で繰り広げられていた、その時だった。
「――ギャォォォァァァゥ!!」
突如として俺達の行く先に、魔物が雄叫びをあげながら立ちはだかった。俺達は突然の事態にかなり動揺しつつ、すぐさま鳴き声のあった方へ振り向く。
するとそこにいたのは、灰色の毛皮に身を包んだ凶暴な虎型モンスター……名を、“アッシュタイガー”。この世界には“モンスター・ライブラリー”という、魔物についてこと細かく記した謂わば魔物の図鑑が存在するのだが、このアッシュタイガーはその図鑑に載っているモンスターの中でも最上級の強さを誇っている。
アッシュタイガーの牙に噛まれた者は皆灰燼と化す。アッシュの名を冠する所以は、毛皮の色ではなくその恐ろしい性質なのだ。性格は極めて凶暴であり、目に映ったもの全てを喰らい尽くすまでは止まらないという。
俺達はすぐに生命の危機を感じ取り、そして応戦しようとした。……だが。
「――はぁッ!」
「グギャオッ……!」
……そこへ、思わぬ助け舟が目の前に舞い込んできた。優に数十メートルはあろうかという巨大なハンマーを軽々と振るう男の勇ましい姿が映ると刹那、アッシュタイガーは悲鳴をあげ吹っ飛ばされる。やがて向かいの岩場に衝突すると、そこに亀裂が入る程の衝撃がアッシュタイガーを襲った後、アッシュタイガーはそのまま地にズルズルと墜ち、絶命した。
一瞬状況を把握し切れなかった俺達であったが、何とか意識を取り戻すと、視線をハンマー使いの男性に移す。ピンチに陥っていたところを助けてくれた勇敢な彼には、感謝をしなければなるまいと、正常な思考を働かせた。
俺達の視線の先に居た彼は、まるで“血”の色を彷彿とさせるような短い赤髪を靡かせていて、眼鏡をかけており、そのレンズの奥に潜む赤き双眸で、俺達を覗きかけていた。彼の容姿は男の俺でも思わず眼を奪われてしまいそうになるくらい美しい。圧倒的な美と武を兼ね備えた絶対強者。そんなオーラが、彼にはある。
彼が纏うその形容し難い雰囲気はどことなく人並み外れたものすら感じさせる。彼に礼を言おうとした俺だったが、その直前で思わずその口を噤んでしまった。俺はこの時、彼の雄姿を目の当たりにして慄然としていたのだ。感謝よりも、何故か彼に対する恐怖の方が僅かに勝ってしまっている。
……と、俺が礼を言うか言わないかの瀬戸際で葛藤を繰り返していると。
「やあ。冒険者諸君」
「私の名は“モルド・レアビイルト”」
「ザザンガルド国の将軍の一人だ。……ところで君達、怪我は無いかい?」
――モルドと名乗った彼は、俺達が礼を言うよりも先に俺達のもとへ歩み寄ってきた。爽やかな笑顔でニッコリと笑う彼に、俺は先程までとはうってかわって好印象を受けた。俺は皆が無傷であることを彼に伝えると共に、遅ればせながら助けてくれた礼を述べた。そして俺達もまた、彼に名を名乗った。
モルドさんはなんとザザンガルド国の将軍とのことで、その証明証を俺達に見せてくれた。ザザンガルドの王が押したと思われる朱の実印があることと、そしてあのアッシュタイガーを一撃で葬った実力も鑑みて、これは本物だと俺達は断定する。そして同時に俺は、「運が良い」、と思った。
というのも、ザザンガルドの事情に最も詳しい立場である彼に聞けば、魔王の居場所についての手がかりを得られるかもしれないのだ。というわけで……。
「――モルドさん」
「我々は今、“魔王”という存在を追って、あなたがたの国……ザザンガルドに、向かっています」
「ザザンガルドに魔王の住処があるという噂を聞きつけたからです。……モルドさんは何か知っていますか?」
実際、この質問をするにあたっては中々に勇気を要していた。ザザンガルドという国を守る立場である将軍殿に、「おたくの国になんか魔王ってのがいるみたいなんだけど何か知らない?」という意味合いの質問をするのは相当抵抗があった。だが、しかし。
「――驚いた」
その心配は、杞憂に過ぎなかった。
何故なら彼もまた、知っていたからだ。
「“魔王”という存在を知る人間が、私以外にも居たとはな」
――“魔王”を。




