「絆」
……マルク君は俺に、自分自身の再雇用を提案してきた。俺とイリアは思わず振り向き、驚きのあまり少しの間瞠目してしまう。やがて現状を把握した俺は、しかしそのいきなりの提案に未だ驚きを消せなかった。
俺は彼に尋ねた。何故いきなり、自分を傭兵として俺達に売り出したのかと。今このタイミングで提案するということはつまり、俺達の旅に今後ともついていくということだとも付け加えて。マルク君の横にいるテッコ君もまた驚く中、彼は自らの考えをこのように述べた。
「アンタといれば、まだまだ金が稼げそうなんでな」
「このままスラムでウジウジしてちゃ、いくらこの国で盗みを働いててもちっとも潤いやしない」
「それだとこのスラムの仲間達をいつまでたっても養えない……だから俺はアンタの傭兵として働いて、稼ぎたいんだ」
マルク君はどうやら、現在のスラムでの生活をどうにかして変えたいようだ。その為に俺に彼の雇い手になって貰いたいらしい。全ては仲間達を養うため。
その殊勝な心がけは感心できる。そういうことなら喜んで雇おう……と言いたいところではあるが、俺は彼にそうするにあたっての問題点を告げた。仮に俺から金を受け取ったとして、どのような手段でこのスラムに仕送りをするのかと。すると彼は、それについては解決策があると言った。
「俺の仲間に、空間転移の呪文を使える奴がいる」
「多分ここに来る途中、本を読み漁っていた奴がいただろう?そいつさ」
「そいつの力を借りれば、金の仕送りは簡単なことだ」
本を読み漁っていた……あの子か。空間転移の呪文を使えるということは、子供にしては相当の賢者である。となれば、あの子が読んでいた本は全て魔導書なのだろうか。
なるほど、確かにそれならば仕送り方法についての問題は無い。ならば、俺が彼の仲間への加入を断る理由も無い。俺は彼の説明に納得し、彼を歓迎した。共に戦おう、という言葉をかけて。イリアもまたマルク君に歓迎の言葉をかける。
新たな仲間を迎えた俺とイリアは、ここで一旦彼とは別れた。一応、マルク君にも戴冠式には誘ってみたが、「あの鬼軍曹に殺されるから良い」と一蹴されてしまった。だが確かに、マルク君を目の敵にしているイクシスならそうしかねない。そうなると折角の戴冠式も台無しだ。
俺は彼が来ないことを残念に思いながらも、このスラム街を後にした。暗い路地裏を抜け、すっかり夕暮れになっている空の下で活発に賑わっている繁華街に出る。そこで俺は今一度、路地裏への入り口に振り返った。
この街の裏に潜む貧しい子供達、しかしその心は他の子供達となんら変わりなく暖かい。俺は願うのだった。彼らが心より望んでいるであろう、彼ら自身にとっての最上の幸せが訪れることを。グッドラックと、心の中で彼らを激励して。
※
戴冠式は盛大に執り行われた。新たな王としてフォード将軍……いや、フォード様を迎えたサンメラ王国は、彼と共に再び歩み始める。その祝いとして豪勢な料理と愉快な余興が振る舞われ、人々の熱狂はかつて無いほどに高まった。国を挙げての祭りごとに、俺もこの日ばかりは酒に酔ったのだった。ちなみにイリアとイクシスはまだ未成年のため、イリアはオレンジジュースで、イクシスはグレープジュースで俺と乾杯した。
そして、誰もが無礼講で騒ぎまくった祭りも月の巡りと共に終わりへと近づいていき、やがて閉式した。式場で酔っ払ってだらし無く寝る者が多い中、俺とイリアはきちんと宿屋に戻って就寝した。そして……夜が明けた。
酒を程々に留めておいたため、良い具合に昨晩は眠れた。イリアと共に良き朝を迎え、心地良い気分で宿屋の扉を開け、街に繰り出す。いよいよ出立の時。と、そこへ彼も合流する。
「おはようさん、二人共」
白髪の少年、マルク君。彼もまた今日から俺達と共に旅をする仲間となった。共にグラファを討った仲だ。戦闘中における連携は問題あるまい。雇い手と傭兵として、良い関係が築けるはずだ。
改めて俺とイリアは彼を歓迎し、早速出発しようとした。だが……その時だった。俺達一行の足は、とある一人の少女の声によって止まった。
「ほう?まさか貴様もいたとはな……マルク」
彼女の声がした時、“げっ”というマルク君の声が聞こえた。俺達が振り返るとそこには、青髪のポニーテールを可憐に揺らす軍服の少女……イクシスがいた。
「イクシス……!どうしてお前がここに?」
「おや?もしかして忘れていたのかな?元々私が、アイザック達の旅の同行者としてホルス様から任命されていたことを」
イクシスのその台詞を聞いた時、俺はハッとなった。そうだ、思い出した。元々イクシスは、魔王討伐の為にザザンガルドに向かって旅をする俺達の仲間になる予定だったのだ。先の戦を経てすっかり忘れてしまっていた。
ということはつまりイクシスはその使命を全うするために……ひいては俺達の旅に同行するためにここに来てくれたのだろうか。俺は今一度彼女に確認した。すると彼女はこう言った。
「アイザック達には借りがある」
「どういうわけかそのクソガ……失礼、小童も一緒なのが正直なところ死ぬほど嫌だが、それとこれとは話が別だ」
「改めて、アイザック。私はお前の剣となろう」
「いや、と言うよりは……ならせてくれないか。私はお前の為に戦い抜くと誓ったのだから」
イクシスは俺の為だけにその誓いの言葉を紡いでくれた。“誰がクソガキだコラ”とマルク君がヤジを飛ばす中、俺はその彼女の言葉を真摯に受け止める。
イクシスがこれまでその人生を捧げてきた主君を殺してしまったのは、紛れもなくこの俺だ。やむを得なかったとはいえ、それは揺るぎようのない事実だ。にも関わらず彼女は、俺の為だけに戦う剣になると誓ってくれた。
俺からは彼女に対し感謝の言葉しか送れなかったが、勿論俺は、彼女の加入を快諾した。マルク君は未だにヤジを飛ばしていたが、イクシスはそれを気にする様子を見せず、寧ろ彼の行いを鼻で笑った。相変わらず二人の仲が悪いことが懸念されるところだが、俺達はこうしてこのサンメラの国で二人もの信じられる友と巡り会えた。
エリス様の死から始まった悲壮な旅ではあるものの、その中でこうしたかけがえの無い出逢いができたことは素直に心から喜べる。俺は二人を宥めつつ、改めて出立のため踵を返す。その一歩に俺は、魔王の待つザザンガルドへと進む決意を込めた。その一歩一歩の足音を噛み締めながら、俺、イリア、イクシス、マルク君は歩む方向を同じくして前進するのだった。




