「遺灰」
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アイザックが気絶し、イリアがすぐに彼のもとへ駆けつける中、イクシスは一人、灰燼と化したホルスの墓標へと足を運んでいた。
彼女は何とも言えない表情で跪き、その灰に手を触れる。さらさらとした手触り。手のひらの上で灰を流動させ、その感触を脳に焼き付ける。
ふとイクシスが思い出したのは、ホルスとの邂逅、彼女と共に過ごした日々。主君との数え切れない思い出は、今、この灰のように儚く崩れ去ってしまった。
……いや。
それでも彼女は――イクシスは――忘れることはないだろう。
ホルスという、偉大だったサンメラの女王の存在を。
「ホルス様……」
「ホルス様の最期は、結局、忌々しい闇によって黒く塗り潰されてしまった」
「せめて彼の……アイザックの放った光が、貴女をかの国へと導いてくれることをお祈り申し上げます」
そして彼女は一滴の涙を生み落とす。感情によって溢れてしまった水滴は、ホルスの遺灰にじわりと染み渡っていった。
主君と下僕の絆は、イクシスが生きている限りこれから先も消えることは無いだろう。しかし、現世と冥界とを隔てる壁はあまりに分厚い。イクシスは拭い切れない悲しみに深く項垂れた。
やがて止むことのない涙が洪水のように溢れ出す。その涙を咎める者は誰一人としていない。彼女は激情のままに、思う存分、泣き尽くすのであった……。
※
後日。
ホルス様が死去したという報は、やがて正気を取り戻したサンメラの民全員に伝わった。敬愛する女王の死に誰もが慟哭にも似た嘆きをあげたが、反面、その女王を殺めた俺を裁こうとする者は居なかった。
何故なら、ホルス様の次に国民から敬われていたイクシスが、国民達に事の経緯を理路整然と説明してくれたからだ。そして極めつけに、アイザックを罰するなら自身の首をまず切れと、彼女が気迫のこもった発言をしたことによって、我々を咎めようとする者は誰一人として居なくなった。
そして、女王の死によって繁栄を失ったサンメラは、それでも復興のために再び歩み始める。しかしホルス様は生前王配を迎えていなかったため、王の跡を継ぐに相応しい者は現状としては居なかった。
そんな中、イクシスはその王の後継者としての器がある人物に心当たりがあるらしく、その者のもとへ赴くべく、サンメラ王宮の回廊を歩んでいた。俺とイリアも同行している。ちなみにマルク君とはあの後、国民の目につかないようこっそりと別れた。彼はあくまでスラム街の貧しい少年。下手に脚光を浴びてもマルク君達にとっては不利益なのだ。
グラファ戦で負った傷は癒えているため、俺の体は今非常に軽い。久しくこの弾むような感覚を忘れていたためか、その感動もひとしおである。心もどこか清々しかった。勿論、ホルス様を殺めたという罪悪感も心の片隅にはあったが……イリアやイクシス、マルク君の励ましによってそれも徐々に忘れることが出来つつある。
特にマルク君はその時、「憎い女王を殺してくれてありがとよ」とまで言ったことから逆にイクシスに半殺しにされかけていたが。
なんてことを思い出して少し半笑いしてしまいながらも、俺達は目的の部屋へと辿り着いた。そこは医務室へと繋がる扉だった。イクシスが先陣を切ってその扉を開ける。するとそこに居たのは……。
「……イクシス」
「そして確かイリア殿に……アイザック殿だったか」
……金髪で褐色肌の、筋骨隆々の大男。サンメラ王国の双璧を成す将軍が一人――“フォード”将軍だった。




