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魔族を蝕む聖剣の光  作者: うさぎボーイ
第五章 「地獄にも勝る悪夢に終止符を」
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「闇を超える光」

 その言葉はグラファにどういった形で届いただろうか。聞くに足らない虚言としてか、それとも己の深層心理を鋭く突く真実としてか。ただ一つ言えるのは、この時奴の剣は僅かに震えていたということ。


 と、一連の攻防を見ている内に、イリアが俺に回復の魔法を施してくれていた。俺はそれに気づかない程、イクシスの快進撃に目を奪われていたようだ。イリアに名を強く呼ばれたことで今更気づく。俺は慌ててイリアに礼を言った。


 奴に刻み込まれていた傷が完治したことによって、体が弾んでしまいそうになるくらい軽くなる。イクシスの攻撃がグラファの猛攻を止めたこともあって、俺は思わず口角をあげてしまう。


 そして次の瞬間、イクシスの斧はグラファの剣を完全に弾いた。グラファは衝撃を受け、両腕を上げ体勢を崩す。ホルス様の端麗な容姿を持ちながら、奴の形相は憎悪によって歪み、穢れきっていた。


 対するイクシスは、これまでの戦いで傷を受けているにも関わらず、笑みを浮かべていた。しかし俺の目には、それは余裕によるものでは無いように見えた。なぜなら、口元は笑っていても、彼女の眼差しは真剣そのものだったからだ。彼女の吊り上がった眉の下で、あの鋭い瞳がしっかりと宿敵グラファを捉えている。


 イクシスには迷いが無いように思える。対してグラファは怒りや憎しみに囚われていることによって本来の力を発揮できていないように感じられる。


 イクシスの言っていた魔力の質とはつまり、そうした感情によって上下する力のことを意味しているのだろうか。


 魔力の量こそ奴の方が勝っているのは確実だろうが、それを先程のように“質”が覆せるのだとすれば、傷が癒えた今、俺にも勝機は十分あるに違いない。


 俺はイクシスに加勢するべく、魔力の質を上げるための精神統一を開始した。アポロを両腕に構え、目を閉じ、一切の雑念を捨てる。


 しかしこの時、聖剣の炎が俺の魔の血に引火した。俺の腕が硝煙を纏っていく。陽炎が漂っているのが肌で感じられる。


 ……なるほどと思った。道理で俺は奴に歯が立たないハズだと。俺は量はおろか、質でさえ奴の魔力に劣っていたのだ。


 と言うのも、聖剣の炎によって嫌でも悲痛がこみ上げてくる中、まともな精神状態を保つのは困難を極める。故に俺は、魔力の質を満足に高めることができないのだ。


 そして激情に身を任せてしまうがために魔力の暴発に頼るしか手が無くなる。しかしその暴発までもがグラファに対して全く効果を発揮しないともなれば、到底戦えるわけない。


 しかし、だからといって諦めるわけでもない。俺はイリアを一瞥し、更なる回復を促した。頷いたイリアが俺に魔法をかける。


 すると、黒く染まりつつあった俺の腕が再生を始めた。また、それに伴って痛みも緩和される。今なら十分に精神を研ぎ澄ますことが可能だ。


 息を吸う。そして……吐く。


 ――魔力を感じる。


 ――磨かれていく。


 ――仕上がっていく。


 俺の中の闇の力が、聖剣の光を呼び覚ます。俺は意識を無に保ったまま目を閉じて、力を引き出すことそれだけに集中力を注ぎ込んでいった。


「フザケルナ!!」


「我ハァ! アノ 魔王 ヲモ 凌グ チカラ ヲ 得タノダ!!」


「目障りナ 魔王 モ ムシケラノヨウナ 人間 共 モ!!」


「我ニ 勝ツ コト ハ デキナァァイッ!!」


 耳を塞ぎたくなるような、魔族の遠吠え。


 瞬間、奴の魔力が急激に膨大していくのが精神統一の最中でも察知できた。


 そしてその魔力が一気に近づいていくのも分かる。俺は今、奴の攻撃の対象になっているのだろう。


 俺は防ぐべく剣を振るおうとした。だが……そうしようと思った直前で、魔力の接近は止まったのを察知した。


 すると、微かにマルク君の声が聞こえてくる。


「させっかよ……ッ!」


 彼の発言から察するに、マルク君は今、鎖鎌でグラファの動きを止めてくれているのだろうか。今は目を閉じている為、周りの状況はあまり分からないが……。


「コザカシイ!!小僧メガァァッ!!」


「ぐわぁぁぁっ!!」


 しかしその拘束も、まさに刹那の時で終わりを告げてしまったようだ。だが何にしても、その一瞬という時間のお陰で、精神統一が完全に極まった。


 今なら――奴を完全に殺せる。


 恐らくホルス様の肉体ごと消し炭にしてしまうだろう。だが……容赦はしない。例え今から果てしなく重き罪を犯すことになろうとも。


「……グラファ」


「どうやら貴様は、主君である魔王にすら、微塵も信頼を寄せていなかったようだな」


 自らがかつて仕えた者の為。


「それどころか、見下しさえしていた」


 自らが信じる仲間達の為。


「また、人々のことも虫ケラと罵った」


 自らの勝利によって救われる民の為。


 俺が貫くは信念という名の剣。


 それはどんな剣よりも……それこそ、暗黒剣や天帝剣にも勝って、鋭く、斬る。


「貴様は自分以外の何者も信じていない」


「暗黒剣と天帝剣という二つの至高の剣を携えていながら、結局最終的には自分の魔力のみを怒りのままに増大させた」


「結果、貴様は最大限に剣を使いこなすことが出来ず、これから俺に敗北する」


 次の瞬間、俺は剣を突き立て、グラファに向かって一気に突進した。


「剣も主君も信じない貴様が超えることのできる壁など、この世には存在しない」


「己を過信し、傲り続けた貴様を――」


「――俺はこの刃に誇りを宿らせ、貫く!!」


 俺は力の限り猛り、感情の限り吠えた。俺の全身全霊を込めた一閃が、ついにグラファの……いや、奴が依代にしているホルス様の露出している腹に突き刺さった。


 鎧も何も無い、肌が曝け出している部分に剣を通したことによって、聖剣の炎が直に、そして一瞬にしてホルス様の肉体に染み渡る。


 すると彼女の肉体に取り憑いているグラファの精神が、奴の絶大な悲鳴を伴って崩壊を始めた。


「グワァァァァァァッ!!」


 奴の歪な慟哭が虚空を割る。光を最も嫌うグラファにとってこの一撃はまさに致命的だったようだ。鋼は聖火を滾らせながら奴を容赦無く燃やしていく。


 対する俺は、イリアの回復呪文のお陰で、聖剣の代償である激痛が大幅に緩和されている。それによって、本来の力をフルに発揮できる。


 イクシスの言った魔力の質を意識しながら精神を集中させることで、俺の中に眠る潜在的な魔力が引き出されているようだ。


 俺は悟った。その洗練された魔力こそが、果てしなく増大した邪悪を討てる唯一の武器なのだと。それは如何なる巨大な憎悪をも上回るのだと。


 そう確信した時、俺の中で一つの意が決される。多くの者達を救おうとする心が、俺の体を突き動かした。


 俺はグラファに刺した剣を横に払い、横腹を思い切り引き千切った。瞬間、奴の悲愴の雄叫びが再び轟く。閃光の炎によって飛び散った鮮血が瞬時に焦がされる中で俺は更なる追撃を加えた。


 返り血を浴びてなおも銀色を保ち続ける鋼の刀身に、俺は引き出されし魔力を注ぎ込む。橙の灼炎が煌めいている。これが、この戦いの決着の兆しとなりし光であった。


 そして俺は聖剣アポロをグラファのいる方角に向けて突き出す。この時俺が強くイメージしたのは、“魔杖”だった。


 魔法使い達が杖を用いて魔法を発射するように、俺も聖剣を杖に見立て、自身の魔力をありったけ込めた。


「≪聖剣の炎よ≫」


「≪我が不浄の魂に抗い――」


「――共鳴し、不朽の輝きとなりて魔を滅せよ≫!!」


 気づけば唱えられていた呪文。初めて詠唱する言の葉のハズなのに、自然と、まるで元から刷り込まれていたかのように紡ぐことができる。


 次々と浮かぶ言葉をひたすら口にしていき、呪文はやがて魔法陣へと形を成していく。不浄の魂――つまり俺の中に流れし魔の血を燃料にして、不朽の光は熱く滾っていく。


 そして、俺の叫びと同時に、光は――放たれた。


 完成した光の呪文は光線と化して、ホルス様の体をグラファの歪んだ魂ごと見事に――貫いてみせた。


「ウォォォォォァァァ…………」


 光粒と奴の悲鳴が勢いよく宙へと昇っていく。禍々しく轟いた奴の声だったが、それも数秒の内に聖なる炎の音によってあっさりとかき消されていった。


 やがて炎の柱が消え去る。その軌道上だった場所には既にグラファの姿は無かった。代わりに床に灰らしき粉がほんの少しだけ溜まっているのが見えた。あれは間違いなくホルス様の体だったモノだろう。


 そして全ての力を出し切った俺は地面に倒れ込み、身動きが全く出来なくなってしまう。聖剣を握っていた手も黒く焼け焦げていた。火傷と疲労によって俺の体は鉛でも乗せられているかのように果てしなく重くなっている。


 段々と薄く閉じていく瞳。朦朧とする意識の中、俺は急激に襲い来る眠気に堪えることができず、そのまま――気絶してしまった。

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