「馳せる想い」
俺は、枯れ果てるまで声を張り上げた。そして、力の限りに走り抜けた。
この戦場には幾千という数の屍が既にあったが、この瞬間にて俺の目に写っていたのはただ一つ。この国の未来を背負うはずだったただ一人の王女、その姿だけ。
「そんな……バカなッ」
彼女のもとへかけつけた俺はまずエリス様に触れ、抱き上げる。
「がはっ……けほっ」
どうやらエリス様は、まだ何とか息があったようだ。かなり苦しげに咳をしているが、虫の息と呼べる程度には呼吸を感じ取れる。
「エリス様……!」
よくぞご無事で、と言いたいところではあったが、如何せんファランクスがすぐそこにいる状況ではもはやエリス様をここから退避させる術はない。
「……くっ」
万事休す。
「そんな……エリス様……」
周りの兵士たちの絶望の色も、エリス様の致命的なダメージによって一層濃くなってしまった。当然だろう。エリス様は戦場において、皆の士気の源のような役割を果たしていた御方だ。
しかしその源泉が絶たれてしまっては、この国の屈強な兵共も陸に打ち上げられた稚魚が如し。士気とは、実に儚いものである。
そんな敗色濃厚の雰囲気が漂っているが、この時の俺にはもう、悔いなんてものはあまりなかったのかもしれない。なぜなら、どの道後がないこの崖っぷちの状況……俺に唯一残された行動といえば、エリス様を庇い、従僕としての使命を全うして果てることだけだったからだ。
元々魔族で、ロクな生き方しか許されなかったはずの俺の糞みたいな人生を変えてくれたのは他でもない、エリス様。こんなことを言ってしまうとゴライアス様や王妃様にひどく叱られるだろうが……俺にとって一番大事な人は、やはりエリス様だった。
その人と共に骸を埋められるのであれば、いっそ全てを諦め華々しく散った方が良い……そう思っていた。
だが、≪今≫、だからこそ分かる。
その考えは自分勝手なもので、寧ろ自らの名誉しか思慮していない、騎士として恥ずべき愚考だと。そのことに気付かせてくれたのは、彼女が死ぬ間際に俺に残した最後の言葉だった。
「ア……アイザック……」
「剣を、取るんだ……」
「剣を取って……立ち上がれ……っ」
――≪立ち上がれ≫。
そう。彼女は……エリス様は、俺にまだ諦めるなと言っている。
この一言だった。俺の、真の騎士としての魂を奮い立たせたのは。
「……」
その直後、エリス様はついにこと切れて何も仰らなくなってしまう。
「ぐっ……ううぅ……」
許されるならば、ずっとこのまま彼女の為に泣き続けていたい。目の前の敵も、魔物共も、全て放り出して現実逃避してしまいたい。大切な者を守ることができず、あまつさえ死なせてしまった俺が生き抜く理由など、本来は無いのだから。
だがそれでもエリス様は、死ぬ間際にまで俺に言葉を与えてくれた。そう、初めて出逢ったあの日から、今日という終わりの日まで。
いつだって彼女は、俺に……≪生きる希望≫をくれていた。それに報いないで、何が騎士だ。何が将軍だ。まだ、残されている者がいるというのに。
エリス様の死を受けて悲しみに暮れる仲間たちや。一足先に逃げおおせ、俺たちの勝利を信じてくださっているゴライアス様。そして……≪アイツ≫も。
そうだ。今この瞬間は、闘うべき時。エリス様を悼んでいる時間はもう無い。
では、俺は誰が為に闘うのか。答えは、そう……決まっている。無論――この国の為だ。
「……承知、しました」
俺は、ここに改めて忠誠を誓う。エリス様の亡骸を静かに下ろし、祈りを送った今、俺が最後にこの身を捧げるべきは、かつて彼女がいたこのバレアの国。
ゴライアス様を、そして国民を――。
「うおぉぉーーーッ!!」
――この化け物から、何としてでも守り抜くのだ。




