「天帝剣」
「俺は、アイザック……お前への復讐のため、この力を支配した」
ホルス様に憑依せしグラファは、今回の一連の悪事を働いた理由について語る。どうやら奴は、俺に報復をするためだけにここまで手の込んだことをしたらしい。
「そんなことのために、サンメラの人々を巻き込んだというのか」
実にくだらない理由だ。それなら俺だけを狙えば良いだけの話なのに、これだけ多くの人々を苦しめるなど、到底許されることではない。
呆れと怒りが込み上げてくる。こんな愚かな復讐鬼の勝手で、無関係の人々の精神が奴の傀儡と化していると考えると。
「ふん……お前はつくづく人間臭い魔族だな」
「自分となんら関わりのない、有象無象の人間達のことなどどうだって良いだろうに」
奴は俺に問う。他者を気遣うことの意味を。所詮は赤の他人ではないか、と。
「俺だって、別に彼らに対して特別に関心があるというわけではない」
俺は答える。確かに彼らはあくまでも赤の他人だ。俺にとっては、それ以上でもそれ以下でもない。
「だが、彼らには彼らの人生がある」
「そのかけがえのない人生を俺如きのために無作為に潰したお前の所業は、断じて許しておけない」
それを踏まえたうえで、俺は人それぞれの人生の重みというものを奴に語った。人間にとっては、それは至極当たり前の話だ。人それぞれ、自分だけの人生を持っており、そこには、大切な人との思い出であったり、これからの人生でやりたいことや、楽しみにしていること。色々ある。
そしてその全てが、その人にとっては何物にも変えられない大切なモノだ。何人にも、それを侵害する権利はない。だが奴は……グラファは、それを自らの勝手で踏み荒らした。
他人だからどうこうという話ではない。そもそも奴のしてきた行いが許されるモノではない以上、俺には戦う理由がある。俺はこの悲しみの連鎖を断ち切るため、奴に勝たなければならないのだ。
「半端な魔族が……俺に説教とはなぁ!!」
「説教なんてしてたか。それはとても無意味なことをしたな。すまない」
「減らず口をッ!」
激昂したグラファはついに、鞘から武器である剣を取り出し、凄まじい形相で俺に襲いかかってきた。奴が今手に持っているあの剣は、ホルス様が愛用する、≪天帝剣≫の異名を持つあの伝説の武器。
鍔に古代の紋様が刻まれており、その刻印から魔力が滲み出ている。どす黒い闇の魔力だ。そしてその黒色の魔力はやがて鍔から剣身へと伝い、刃先に宿っていく。漆黒に染まった天帝剣が俺に向かって振られた。
「ぐっ……ぐぁぁっ!!」
俺は咄嗟に聖剣を引き抜き、それを前方に突き出すようにして構えることによってその奴の攻撃をガードする。天帝剣は、聖剣の刀身に直撃した。お陰で、肉体の損傷はなし。だが、相変わらず聖剣の魔力は俺を苦しめる。
「アイザック様!」
気づいたイリアが早速俺に回復の魔法を唱えてくれた。その効果によって俺は精神の安定を得る。また、ここで魔石、もといデスタメタルを握ることによって、俺は更に聖剣の痛みを弱めた。
「ホルス様の≪天帝剣≫を……貴様が使うなぁっ!」
と、ここでイクシスもついに動き出す。斧に変形させたオーブで、彼女はグラファに斬りかかった。しかし、精神は奴とはいえ、肉体は紛れもなくホルス様のもの。だからイクシスは攻撃を躊躇うと思ったのだが、そのような様子は意外にも見せなかった。
「ほう、俺に刃を向けるか……この体がどうなっても良いのかな?」
「……ッ!!」
……いや、違う。彼女は単に怒りによって失念していただけだった。今ここで下手に奴を傷つけようとすれば、それがそのままホルス様の傷となることを。奴にそのことを指摘されようやく気づいたのか、イクシスは斧を振り下ろす直前でその腕にブレーキをかけた。
「隙を見せたなァ!!」
そのイクシスの迷える心につけこむグラファ。動きを止めたイクシスに奴は天帝剣を容赦なく振るった。
「ぐぁぁぁっ!!」
イクシスの腹が血飛沫を散らす。軍服を赤色に染まらせて彼女は床に倒れこんだ。あの強力無比の実力を誇るイクシスでさえも、天帝剣の一撃をまともに食らっては立ち上がることができない。
「お前をも凌駕する女王の魔力……実に気分が良い!」
「ぐはっ……!」
昂るグラファと、未だなお吐血の止まらないイクシス。二人の実力の差が歴然であることが示された場面であった。ただでさえイクシスより力が劣っている俺は、目の前のこの光景に戦慄を覚える。
「そんな、イクシス将軍まで……!」
「ハハハ!!俺は無敵だ!お前らゴミ共が何匹集まろうとも――」
ホルス様の声で高らかに笑いをあげるグラファ。だが、そんな奴の愉悦を、次の瞬間奪う者がいた。それは――
「ふっ!」
「――ガハッ!?」
――路地裏の影の英雄、マルク君だった。マルク君は鎖鎌で奴の背中を、何の躊躇いもなく、いや寧ろ進んで斬り裂いた。
ホルス様の肉体に、見るも深く惨い傷が刻まれる。溢れ出る血と奴の悲鳴は、その傷が致命傷である証。マルク君の不意打ちは、戦闘力の差とは無関係に、グラファに多大なるダメージを与えたのだった。
「油断したな女王様……いや、今は魔物が乗り移ってるんだったか」
「ま、俺にはそんなことどうだっていい」
「アンタをこの手で殺せる日を……ずっと待ってたぜ」
マルク君は言った。ホルス様を殺せる日を、ずっと待ちわびていたのだと。だからマルク君は、イクシスとは対照的に何の迷いもなくホルス様の肉体を斬れたのだ。
俺の思った通りだった。マルク君は王族に対して孤児ならではの強い恨みの感情を抱いている。だからこそ、今回の敵が王政側の人間であることを伝えれば裏切らないと思って彼を仲間に引き入れたのだが、まさかこんなにもあっさりホルス様を殺しにいくとは思わなかった。そこは俺の想定を越えていた。
だがこの瞬間になって俺は彼の行動について納得する。と言うのも、今ならマルク君は"合法的に"ホルス様の肉体をあの世に葬れるのだ。グラファの傀儡となった今のホルス様なら、殺したところで世間的には許されると踏んだのだろう。寧ろ女王の尊厳を守った英雄として人々からは扱われるかもしれない。
マルク君は、自分達の恨みを正当化しつつ、ここで晴らす気なのだ。




