「激情に燃えた闇」
突然の問いだった。
奴のその質問の直後、無意識に放心状態にあった俺はすぐにそれに答えることができなかったが。奴は確かに、俺の金髪に埋もれている魔族の象徴である双角を見てそう言った。
しかし。
「……だったら、何だというのだ」
「貴様には関係なかろう」
その問いに答える義務はない。俺は、朦朧となりつつある意識の赴くままに奴にそう吐き捨て、突き放す。それを聞いてファランクスは少々苦い顔を浮かべたようだが、次の瞬間。
「我と同じ魔族の身でありながら、魔王様に仇なす存在である勇者の犬に成り下がるとは……と、思ってな」
「同族として本当に情けない限りだ……魔族としての誇りを失ったか」
魔族の血を引いているにも関わらずエリス様の僕に就いている俺を情けないとしたうえ、誇りなき者と見下し、罵倒してきた。
「――ッ!!」
……ふざけるな。奴の言う魔王とやらがどれほど立派な存在なのかは知らないが、俺が主として従うのはバレアの王族のみ。
確かに俺はあくまで魔族であり、人ならざる者。本来、人間とこのような関係を築くのは間違っているのかもしれない。
だが、俺からしてみればそんな種族上の常識などどうだっていいのだ。俺がこの身をエリス様達に捧げると誓った日から、既に俺には魔族としての在り方などないからな。あるのは、彼女達に対する忠誠だけだ。
そしてその想いには、俺の騎士としての誇りが全て詰まっている。だが奴は……ファランクスは、たった今その誇りを踏みにじる発言をした。断じて、許しておくわけにはいかない。
貶された俺の誇りに賭けて、全身全霊を以て奴に死をくれてやる。
「ウォォォォォォァァァァァッ!!」
激高した俺は、内に秘める闇の力を最大限に解放。感情が昂ぶれば昂ぶる程発揮する闇で、ファランクスに戦いを挑む。
「先ほどから見かけるその闇……フン、貴様も一応は魔族の端くれという訳か」
「だが……闇の質は我の方が段違いに高いのだよッ!」
そう豪語したファランクスもまた、俺と同様に激情を燃やし闇のオーラを纏って対抗する。それは、魔族と魔族が繰り広げる異例の激闘だった。
俺とファランクスは剣を交え、せめぎ合いを始める。押しては返され、押されては返すという力比べの応酬。時に弾き、時に弾かれ、刃と刃がぶつかり合う度に火花が噴出する。
「我が大剣の錆となるが良いッ!」
「ぐぅっ……!?」
だが、ダメだ。やはり、力ではコイツに敵わないと知る。剣を衝突させるごとに、奴との天と地ほどの力の差を感じざるを得ない。俺の攻撃が、俺一人では全く通らないのだ。
あの大剣が行く手を阻むせいでつけ入る隙がまるでない。アレはまさに、殺傷力を併せ持った巨大な盾だ。そしてそれを軽々と巧みに操る奴の馬鹿力と剣術が、より状況を絶望的にさせる。
「アイザック!」
俺の苦戦ぶりを見かねたエリス様は、ここで再び加勢に入ってくださった。だが、闇を纏った後のファランクスの動きは、それ以上に俊敏で……。
「甘いッ」
エリス様の斬撃が命中する直前、またもやファランクスは濃厚な黒煙を撒き散らして瞬間移動。再度姿を消し、この場をやり過ごす。
「クソッ……またか」
「本当にうざったいなぁ、この技!」
いつしか、俺たちの放つ技は全てが空振り、または防がれてしまうようになってしまった。徐々に、俺たちと奴との間にある次元の違いが明確になってくる。しかし、この時の俺たちは奴の翻弄する動きにイラつくばかりで、そのことに全く気付けなかった。
そう。ここで俺たちは気付き、認めるべきだった。今の俺たちでは奴には到底敵わないという、屈辱的だが的を射た事実を。
しかし俺たちは、それを認めることができなかった。なまじ二人がかりではそこそこ善戦できていたために感覚が鈍り、いつの間にか驕りが生まれてしまったのだろう。二人なら奴に勝てる、と。
だが……そんなものは所詮幻想に過ぎなかったと、次の瞬間に思い知らされることとなる。
「――愚かな猿共だ」
「我に勝てると思ったか」
「我は拮抗する戦いが好きでな……貴様らのような活きの良い獲物を見ると、つい舞い上がって≪手加減≫してしまうのだよ」
どこからともなく聞こえてきた、ファランクスの俺たちを嘲笑うかのような声。その発言の中で最も俺たちの精神に響いたのは――≪手加減≫、という言葉だった。
「なんだと……?」
バカな。ここまでの、奴の俺たちを圧倒する戦いぶり……その全てが、手加減だったというのか。
そんなのハッタリに決まっている。そう思い込もうとした俺だったが……。
「ウソをつけ……貴様は今そう思ったな?魔族の若造よ」
その心を見透かしているが如く、ファランクスは俺一人にそう笑いながら語りかける。
「能天気なことだ……貴様如き、下等な人間共の戦ではお山の大将ができたとしても――」
「――我が絶対の剣の前では、大切な者すら守れないのだよ」
――大切な者。奴にそう言われて、真っ先に思い浮かべた人物がいた。その人は、俺が子供の時からずっと俺の隣にいて。共に遊び、共に学んで、時には喧嘩もして。成長するにしたがって徐々に戦にも身を投じることになるが、それでも二人で力を合わせて生き延びて。酒が飲める年齢になると、その人は一番最初に俺と乾杯してくれた。
俺とその人は主従の関係だったが……もしかしたら、対等にも限りなく近かったのかもしれない。
そう……エリス様だ。
「大切な者……か」
俺はふと、彼女の方に目を向ける。なんとなく、顔を見たくなったからだ。するとエリス様は照れ臭そうに頬を染めて、若干困ったように眉を曲げつつも、ニッコリと笑ってくださった。
それは、戦いの中での束の間の幸せ。俺の守るべき御方が、俺だけに見せてくださった素顔。
しかし――。
「そう」
「貴様にこの娘は――守れない」
――残酷にも、その尊い笑顔を奪う者がいた。
「なぜなら……貴様の敵が、この我だからだ」
その者は、人ならざる異形の存在。魔王という謎の勢力から送り込まれてきた、別次元の実力を持つ大剣の使い手。
名は、ファランクス。
瞬間移動の妙技を駆使して俺たちを翻弄する、厄介極まりない強敵だ。奴は、エリス様を勇者の血族と称して、エリス様の命を狙う。俺はその目論見を阻止するため、奴に戦いを挑んだが――。
「……ッ!!」
――奴の、言うとおりだった。
俺は守れなかったのだ。守らなければならなかった……大切な命を。
「――死ね」
「忌まわしき……勇者の血統よッ!」
奴は……ファランクスはそう言い放った次の瞬間、ようやくその禍々しい姿を現した。今度は……エリス様の≪目の前≫に。
「えっ」
それは、エリス様の意表を一周回って突いた真正面からの突進だった。黒い煙と共に推参し、漆黒の大剣を突き立て、ファランクスは鬼神の如く気迫で襲いかかる。奴の、本来の標的の命を掻っ攫うために。
「――がっ」
短い悲鳴。この奇襲に対応しきれず、一人の女性が魔物将軍の手によって斬られる。その女性は、俺がこの世で最も慕った女性――エリス様。
エリス様は、胸部から下腹部に亘って手深くやられた。一撃必殺の刃は彼女に大きな抉り跡を残し、刹那に鮮血を噴出させる。エリス様は一気に力を失い、持っていたアポロも手放して、そのまま重力に逆らうことなく仰向けになって倒れてしまった。
「エ――」
「エリス様ァーーーッ!!」




