「潜入」
*
「ここだ」
マルク君に案内され辿り着いたのは、裏路地の最奥にある壁だった。壁には一ヶ所だけ木の板が立て掛けてある場所があり、彼がそれをどけると、そこに抜け穴と思しき穴があった。
元々は子供である彼らが通るために掘られたためか、穴の直径は少し小さい。それでも屈みながら進めば何とかなりそうではあるが。
「この穴は城のどこに通じているんだ?」
「牢屋だ。というか、穴を掘って道を作ってるからそこにしか出口を開けられない」
確かに、城の最下層にしか城内に出口は作れないか。あの城の地下には訓練室と監獄という二種類の部屋がある。城に忍びこむために通路を作るならば、監獄の方がいくらか勝手が良いだろう。監獄の出入り口にも警備はいるが、城門付近程ではないハズだからな。
「く、よりにもよって罪人共が蠢いている牢屋が出口とは」
「凶悪な人達が更に凶暴化していると思うと、ゾッとしますね」
もしも城内の囚人達が同様に呪術の支配下におかれているとなると、その凶暴性は更に増していることが予想される。邪悪な精神が増幅しているため、俺達が監獄に侵入した途端奴等は俺らに襲いかかってくるだろう。
「だが囚人達は牢獄から出ることはできないハズだ。普通に正面や裏口から入るよりはずっと安全だろう」
「そゆこと。じゃあ行くぜ」
囚人達が牢を破壊する程のパワーアップをしているか、あるいは敵が囚人の檻を解いているかしていない限りは、俺達が監獄を恐れることはない。俺達は意を決して、監獄へと通ずる抜け穴へと入っていった。
*
「……ふぅ、ようやく抜けられたな」
灯りもない狭い道のりを進むこと数刻、俺達はやっとの思いで抜け穴を踏破した。久しぶりに広い空間に出たお陰か、息がスッキリしたような感覚に駆られる。と言ってもここは監獄の中。地上に比べるとまだ空気は不味い。
「やっぱり囚人さん達も操られているようですね……」
「こんな化け物みたいな連中が外に出たらと考えると恐ろしくて仕方がない」
イリアとイクシスが、牢獄の中で唸っている囚人達を見て顔をひきつらせる。俺もふと見ると、囚人達は案の定術ににかかっていて、ゾンビのようなおぞましい呻き声をあげながら檻の柵を殴り付けていた。
「オ……オオォォッ!」
しかしサンメラ王国の檻は極めて頑丈らしく、屈強な体格の男達があれだけ檻を叩いてもビクともしない。あの強度なら俺達も安全に通過できそうだ。
「こんなトコさっさと出ようぜ」
「イクシス。フォード将軍がいそうな所に心当たりはあるか?」
俺はイクシスに、フォード将軍の居場所となり得る場所を聞いてみる。イクシスは顎に指を当て、少し考えた。そして、思い付いたことを俺に話す。
「ふむ……奴が本当にホルス様の命令で動いているのであれば、最上階の王室付近にいる可能性が高いだろうな」
フォード将軍の"全てはホルス様のために"という言葉を信じるならば、確かに彼女のいる王室が怪しいところだ。しかしここからそこに行くにはやはり一筋縄ではいかない。
敵の本丸を王室と仮定すると、敵はそこに近寄らせないために数多の防衛網を張っているハズだ。兵士は沢山いるだろうし、罠だって数えきれないくらいあるだろう。それら全てをこの精鋭で突破するにはかなりの根気が必要だ。
「でもどうします?言うまでもなく警備は頑丈ですよね」
「まあ、最初の内は気づかれないように慎重に進んでいくのが定石だろうな」
俺はとりあえずの方針を打ち出す。まず序盤はできる限り戦いを避けながら進んでいくのが良いだろう。問題は、見つかってしまってからのことだ。
「で、バレたら……敵を殺して進むと」
と、マルク君はバレた時の対処法として敵の殺害を提案してきた。鎖鎌をジャラリとギラつかせ、猟奇的な笑みを浮かべる。勿論、この意見にイクシスは黙っていなかった。
「貴様!我が国の兵士を殺害する気か!」
憤慨したイクシスはマルク君に凄まじい剣幕で抗議する。気絶させるのはともかく命まで奪うのは許さない、と。これには俺も同意見だ。操られているだけの彼らを殺すのは、罪なき人を殺めるのと同じ。決してあってはならない。
「じゃあどうするんだよ」
「気絶させるしかない。殺さない程度に痛めつける感じでな」
「ハッ。温いねえ」
マルク君はそう言うが、相手が心を持った人である以上、その命は尊いモノのハズ。その人には家族がいるし、愛する者だっている。人それぞれ、歩んできた確かな人生の軌跡がある。
それを俺達の手で断ち切るということは禁忌に近い所業。最も重き罪であり、最も忌まれるべき悪である。まさに極限に達した罪悪であるわけだ。
「俺達にはまだ犠牲を避ける余裕がある」
「いちいち殺してたら、逆に今度は罪に対する意識がでかくなるだけ。そうは思わないか?」
そう、俺達にはまだ"余裕"がある。まだ、殺さざるを得ない状況という訳ではない。避けられる犠牲があるなら、極力避けるべきだ。
「そんなん俺だったら思わないね。邪魔するやつは皆殺しよ」
しかしマルク君の思考は俺の意見とは正反対にあるようで、人を殺すことに何ら躊躇は無いらしい。育ってきた環境が悲惨だったとはいえ冷酷な精神だ。何とかして改心はさせられないものか。
「く、なんて奴だ……!」
「……もしかしたらマルク君にとって大人は、魔物と何ら変わらない存在なのかもしれませんね」
そんなマルク君を非難するイクシスと、逆に一定の理解をしようとするイリア。対して俺はというと、あまり彼を刺激しないような言い方で彼のその危険な思考を諌める。
「……今はまだ殺さなくとも先に進める。マルク君も手加減して戦うんだ。良いな」
「ま、雇い主様がそう言うなら従うけどよ」
マルク君は俺の言葉を軽く聞き流す。他者を容易く殺せるその精神は、戦いにおいては有利に働くこともあるだろう。しかし人として抱いてはいけない心だ。
子供ながらにその精神を胸に秘める彼をそうたらしめたのは他でもない大人なのだろう。が、俺はこの作戦を通して、そんな彼の心を救いたいと密かに思うのだった。




