「交渉」
……そして、数分後。ルスワールちゃんによる治療の作業が終わった。身体的傷の治療は勿論、精神面でも異物を排除してもらった。今の彼らはもとの人格に戻っているハズだ。俺はルスワールちゃんに礼を言い代金を払って、彼女が帰るのを見送った。異次元の扉に入りながら手を振る彼女に俺達は微笑みで返す。
「う……ここは……?」
「あれ……僕達、なんで倒れて……」
「……っ」
と、そのタイミングで子供達も続々と目を覚まし始めた。その中にはマルク君の姿もある。傷はすっかり癒えたようで、術が解けた証拠というべきか、記憶もさっぱり消えてしまったようだ。
皆、長い夢から覚めたような、寝惚けた感じの表情を浮かべている。重たそうな瞼を懸命にこすって、周りの状況の確認を始めた。俺は彼らに話しかけてみる。
「目が覚めたか」
「ッ!?な、なんだお前達!?」
「あれ、どうしてイクシス将軍が……!?」
……まあ案の定、警戒されてしまった。それはそうだ。目が覚めたら突然目の前に知らない人間がいるのだから。特に彼らのような孤児の場合、"大人"は敵に近い存在だろう。俺達を敵視するのは当然のことだ。
「……まぁ、警戒するのも無理はない。また絡まれる前に私達も先を急ぐとしよう」
イクシスは、彼らと話をすることを既に諦めている様子だ。先に進むよう俺に促す。しかし俺にはまだ、やりたいことが残っている。それだけさせてもらいたいところだ。
「いや、少しだけ待っていてくれないか?イクシス」
「何?」
イクシスにそう願い、困惑ぎみの彼女を一瞥した後、俺は子供達に改めて語りかけた。警戒して武器を構える彼らと心を通わせるべく、出来るだけ優しい感じに。
「……俺達は、先程操られていた君達に襲われた者だ」
「え……操られていた?」
「少しだけ耳を貸してくれ。これから事の顛末を君達に伝える」
彼らに伝えるのは真実。恩を着せるわけではないが、俺達が彼らを助けたことを知らせることによって、少しでも彼らの警戒心を解きたい。
更に、俺にはあわよくば成功させたい"交渉"が一つあった。それは、あの白髪の実力派鎖鎌使い……"マルク"君に対する交渉だった。
「そして同時に、君達に……いや」
「"マルク"君だったか。君に一つ頼みがある」
「……俺に……?」
マルク君は名を呼ばれ、ピクリと目線を俺に移した。その目には俺に対する不信感がまだある。
*
「そうか。俺はアンタらに迷惑をかけてたってワケだな」
先程起こったことの全てを一通り彼らに伝え切った。それを聞いた子供達は皆、何とも言えないといった表情を浮かべている。ただ一人……マルク君を除いて。
「君達は操られていたから仕方がない。それについては俺達の方から君達に言うことは何も無い」
「じゃあ何だってんだよ。俺に頼みってのは」
彼だけは全く悪びれる様子を見せなかった。それどころか、俺達を牽制しようとさえしているように見える。マルク君は話を聞いても顔色一つ変えずに、堂々とした態度で俺の言葉に呼応した。
「てっきりこいつら全員の責任を負って首でも差し出せとか言うのかと思ったぜ」
その言葉は挑発のようにも聞こえる。どうやら彼は俺達のことを心の底から信用していないようだ。彼の目がそう言っている。口だけはニヒルに笑みを浮かべているが、彼の眼は、嫌悪感を訴えるような雰囲気に覆われていた。
「そんなこと頼んだところで俺達には何のメリットもない」
「…………」
だが俺はそれに臆すことなく、ただただ俺のしたい話に話題を持っていく。腹の探り合いなど、彼にさせるまでもない。俺がやりたいのは交渉だけだ。それ以外この場で特筆してやりたいことなんかない。
「俺が君に頼みたいのは一つだ」
「俺達と一時的に同行し、俺達の手助けをしてほしい」
俺が彼にどうしても持ちかけたかった交渉。それは……俺達の仲間にならないか、というものだった。俺は、彼を味方につけたかった。
「……ああ?」
「アイザック様……?」
俺のその発言に、マルク君は勿論、イリアやイクシスも困惑する。あまりに突然の誘いだったから仕方がない。しかし俺はそれに構わず話を進める。
「操られていた君達と戦った時、俺はマルク君、君の実力にかなり衝撃を受けた」
「君の力があれば、俺達の目的は更に達成に近づく」
「望むならば報酬も出来る限り努力させてもらおう」
彼の力を欲する理由を、報酬の話も添えて彼に伝えた。するとマルク君は俺の話に耳を傾けてくれたのか、返事を返した。
「へえ……俺の実力を買うってわけね」
「だが、"努力"ってのは曖昧だな……もっと具体的な数字は出せないわけ?」
しかし決定はまだしない。さすが、孤児達を取り仕切っているだけはある。そう簡単には乗らないのだ。勿論俺だって、彼がこの地点で乗ってくるとは更々思っていない。彼はそういう人間だと確信していたからだ。
だからこそ俺は彼に譲歩する。そして譲歩してまで、彼の力を得ようとする、なぜかといえば。……様々な想定を見据えての判断といえば、しっくりくるだろうか。敵の力が思っていたよりも大きかったら……仲間の数は多い方が良いだろう。
マルク君を加えての精鋭部隊なら敗北の確率は格段に減る。負けられない戦いゆえ、できる交渉ならなんだってやりたい。俺は彼の心を掴むべく、大きな賭けに出た。
「ふっ。どうせなら数字と言わず実物を先にくれてやるさ。受けとれ」
俺は、金貨のどっさりと入った布の袋を、投げて彼に譲った。




