「路地裏を進む」
「……それにしても、ふと思ったんだがな。イクシス」
「何だ?」
「俺達がこうしてこのサンメラに戻ってきたこと……もしかしたら連中にとっては思う壺だったのかもな」
……魔物の討伐に赴き、討伐に成功した矢先、フォード将軍の襲撃に遭い、イクシス将軍を操られ、襲われてしまう。
これら一連の出来事、その全てが今回の元凶の仕組んだシナリオだったとすれば、俺達がここまで戻ってきたこともまた元凶が描いたシナリオ通りなのだろうか。
俺は不意にそう感じてしまい、少し不安になって、イクシスに聞いてみる。
「……確かにな。特にグラファがこの一件の真犯人で、奴がお前達を殺そうとしているならば、私達は間違いなくまんまと奴の仕掛けた罠に嵌められている真っ只中だろうな」
「だが、それがどうした?」
イクシスの答弁は至って平静だった。そして堂々とした態度だった。仮に全てが台本の上であったとしても、彼女の中で揺らぐものは何一つないらしい。
俺は彼女のその言葉で、ほんの少しの勇気を貰った。そうだ。だからどうしたのだと。俺達のやるべきことは変わらないではないかと。
「……いや、何でもないさ」
「罠と分かっていても、敢えて進まなくちゃいけない時はある」
「今がその時なんだろうな」
俺は再度気を引き締める。例えこの先にいかなる策略が待ち受けていようとも、俺達は元凶を必ず見つけ出し、そして裁く。
「当然だ。さあ行くぞ」
「ああ」
先行するイクシスに続いて、俺達は歩みを再開した。やはり彼女は頼りになる仲間だ。いついかなる時でも全く何者も怖れない不動の精神。騎士として俺が彼女を見習わなければならない点は山のようにあるだろう。
俺はふと思う。もしもエリス様とイクシスが出会っていたならば、二人はどういう関係になっていたのだろうかと。互いに励まし合う親友か、あるいは互いに高めあう好敵手か……エリス様の性格なら前者がありえそうだが、イクシスの性格を考慮すれば後者もまた十分ありえる。
……なんて、今はそんな妄想を膨らませている場合ではないな。俺は余計な考えを止め、目の前の景色に意識を集中させる。目指すはサンメラ城、ただそこだけだ。
*
「……なんてことだ」
「街の人達も皆、魔術によって操られています……!」
夕暮れのサンメラ国内、その玄関とも言える繁雑だが賑やかだった繁華街は一転、黒き煙の巣窟と化していた。
「全ては、ホルス様のために……」
「全てはホルス様のためにィ……!」
あの商魂逞しかった親父さんも、綺麗な服を纏って道を優雅に歩いていた貴婦人も、皆、ホルス様を崇めながら人形のような挙動で街をさ迷っている。
見るに堪えない光景だ。操られた人々の極めて哀れな姿は操られる前の姿を連想させ、より一層悲壮感を際立たせる。君主に対する純粋な尊敬を歪んだものにねじ曲げられた彼らの悲しみはいかほどのモノだろうか。想像するだけで元凶への怒りが込み上げてくる。
「皆、黒い煙を体内から吐き出しながら傀儡のように徘徊しているな……」
「クソッ!グラファめ……罪の無い民衆にまで危害をッ!」
「怒る気持ちは分かる。だが今は堪えろ。ここは彼らの視界に入らないように隠れながら城へと向かっていくんだ」
拳をこれでもかというくらい強く握り締めるイクシス。普段は冷静沈着な彼女でさえ、明らかに激昂する姿を見せてしまうほどにそれは凄惨な景色なのだ。俺だって、今すぐにでも元凶をこの手で抹殺したいという思いに駆られている。
だが、今はまだそうする時ではない。それができる時ではない。怒りだけで救えるモノは何も無い。
「……分かっている。分かってはいるが、やはり見ていて辛いのだ」
「一国の将軍として、民が魔物風情に良いように弄ばれる光景というのはな……!」
将軍にとって民とは守るべき者であり、宝だ。どんな場合であっても、汚されていいハズがない。勿論、守ることのできなかった自分にも非はあるのだろう。だがそれでも、危害を及ぼした者に対する憎悪が消えることはない。
俺達は改めて固く決める。必ずや元凶の正体を暴き、そして……殺すと。
*
人々の目から遠ざかるために俺達は、彼らが俺達を認識する前に街の端……路地裏へと逃げ込んだ。石造りの民家が並んで建っているその影である。
日が当たることのない、薄暗く狭い道だ。いや、これは道とも呼べない、単なる余白のような空間である。とても通りづらいルートだが、人の目から隠れるには持ってこいだ。これならば、ある程度安全に城まで行けるハズ。
「それにしても路地裏って、何だか不気味な所ですよね……」
「ああ。何か出そうだな」
「ちょっ、アイザック様っ。変なこと言わないでくださいよぉ」
閉塞感が漂うこの路地裏という空間。俺達は会話をして気分を誤魔化しつつ進んでいく。面に出ればどうせまた操られた人々による地獄絵図が広がっているんだ。今この時ぐらいは和やかに過ごしたい。
「二人とも、あまり音を立てるな」
「ここは人目のつかない場所とは言っても、敵地の中であることには代わりはない。寧ろここを私達が通ることを向こうが推測していれば、この辺りに罠が仕掛けられていることも十分考えられる」
と、俺達とは対称的に、寧ろこういう時だからこそより一層気を張っているべきだと主張するイクシス。いや勿論、俺達だって全く警戒していないわけではない。いつでも武器を引き抜けるような心構えは持っているつもりだ。
だが、こうして雑談でもしなければ、とてもじゃないが精神的に持たない。そんなに気を張っているなよと俺はイクシスに言おうとした。……だが、次の瞬間。
イクシスの意見が正しかったと、俺は思い知らされることとなる。




