「見え隠れする悪魔」
俺たちを挑発するかのような発言と共に、奴は徐々に体に黒い≪煙≫を纏わせ始める。しかし俺たちはそれを意に介することなく、振るった剣を最後まで通そうとした。
だが次の瞬間、グランとアポロが裂くハズだった奴の肉は……。
「……何!?」
……突如として、消えていた。二つの刃が斬ったのは、奴が消える直前まで漂わせていた謎の黒煙のみ。
「えっ!?」
俺もエリス様も、この摩訶不思議な現象に驚かざるを得なかった。あれほどの巨体が一瞬の間にどこかへ消えて無くなるなど、物理的にまずありえない。とすると、奴の消失の秘密はこの黒煙にあるのだろうか。
もくもくと立ち込める漆黒の気体を、俺たちはしばらく眺める。
――すると。
「ぬぅん!」
――エリス様の後ろから、急襲。
先ほどまで行方を晦ませていたファランクスがどこからともなく再びあの煙と共に出現し、俺たちがそれに気づいた時には既に奴はエリス様の背後を取って大剣をふりかざしていた。
「な……いつの間に背後を!?」
「バカな!」
その手口は、まさに道化の手品のようだった。ある地点から、また別のある地点まで一瞬で移動するトリック……≪瞬間移動≫。
だが、ああいったものには実は地下通路があるなどのタネや仕掛けが必ずあるものだ。しかし奴はそんな小細工を一切使うことなく、瞬間移動という超常的な業をやってのけたのである。
「く、くそぉっ!」
標的にされたエリス様はその不意打ちにかなり面喰ったようではあったが、すぐに意識を戦いに戻してファランクスの大剣による一撃をひらりとかわす。
「ククク……」
するとファランクスはまた、不気味な笑いの刹那に黒き煙を撒き散らして姿を消した。どうやらあの煙は、奴の消失時と出現時に発生するらしい。
「またかよう……もしかしてこれは、アイツの≪魔法≫なのかな」
≪魔法≫。それは、ある程度の知能を持った生物が唱えることができるいわば呪文のこと。
魔法を使えば、炎やら氷やらを一瞬で作り出したり、あるいは一人の人間の身体能力を飛躍的に上昇させることだってできる。その種類は数百に及ぶとされており、実際、俺たちがまだ見ぬ未知の魔法もある。
とはいえ、これ程瞬間的な移動を可能にする呪文など聞いたことがない。実際、魔法の中には"異次元の扉を開ける"などという不思議なモノもあるが、一つの物質をそういった別の次元を介することなく消してまた出現させるなんて、現実味が無さすぎる。
「フハハ!今度はココだッ!」
奴は再びこの戦場に顕現し、今度はエリス様の頭上から来襲してきた。
「くっ……≪氷の壁よ 我が身を守りたまえ≫!」
対するエリス様はこれを防ぐためにここで呪文を唱える。彼女の透き通るような美しい声色から紡がれたその呪文はやがて魔法となり、現実のものと化す。そして出現したのは――分厚い氷の壁だった。
氷壁は傘の様にエリス様の頭上に現れ、大剣を突き立てるファランクスの前に立ちはだかる。
「ふん……こんなモノッ!」
ファランクスの大剣が氷と接触した。刹那、衝突――ファランクスの進撃もそこで一旦止まったが。
「はぁぁぁぁッ!!」
ファランクスは負けじと、剣を握る両腕に自らが有する怪力を注ぎ込む。すると、魔法で創造された氷の壁に徐々にヒビが入り始めた。
「な、なんて力だ……このっ」
魔法で作った物を支えるには、その術者がそれに更に魔力を注入しなければならない。エリス様は今にも崩れ落ちそうな氷の下で、何とかファランクスをはねのけようと自身の魔力を費やし奮闘する。
だが、ファランクスの力はそれよりも圧倒的だった。みるみる内にファランクスとエリス様の攻防に差が開き始める。ダメだ……これ以上は防ぎきれない。
そう判断した俺は、ここで駆け出して……。
「エリス様ーッ!!」
地を強く蹴って、跳躍し、ファランクスに刃を向ける。そしてグランを思い切り振り抜き、奴に一矢報いるべく渾身の斬撃を仕掛けた。
「ぐはっ……貴様ァッ!」
その攻撃は見事、ファランクスの腕に命中。怯んだファランクスは氷の破壊に注いでいた力を失い、滞空状態から転落して床に膝をついた。狙い通り、俺は奴の猛襲からエリス様を守ることに成功する。
と同時に、エリス様も安心なされたのか、氷の壁の維持を解いて胸を撫で下ろした。
「ふぅ……助かったよアイザック」
「この程度……礼には及びません」
俺とエリス様はここで、戦いに小休止を置くかのように剣を下して言葉を交わし、一旦互いの心を休める。今のところ、戦況は五分五分といったところか。
しかしながら、奴には俺たちの力が及ばない超常的なな技――瞬間移動がある。あれを多用されると非常に厄介だ。何とかあれを使わせる隙を奴に与えることなく一気に勝負を決めたいところだが、度重なる疲弊もあって中々攻撃のペースを上げられない。
……と、
「……たった今気付いたが」
徐に立ち上がったファランクスがここで口を開く。
「貴様……その角を見るに、もしや魔族か?」




